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【旅掌編】私の仕事。

私の仕事は壁塗り。

言われれば、どこでも、どんな壁でもきれいに塗る。

今回請け負ったのは超大型案件、なんと統一会堂周りの壁塗りの仕事。

全長3キロにも及ぶ壁をきれいに塗り直す仕事で、何人もの壁塗り職人が集まった。

私は腕まくりして臨んだ。


この統一会堂の周りは、海外からの観光客も多いし、地元の人の散歩やジョギングのコースにもなっている。

これだけたくさんの人が通って行くのに、私が壁を塗っていることに、誰も気づかない。

私の存在すら気にする人はいない。

「何をしてるのですか?」
と、聞かれたら、

「この国が誇る統一会堂の壁を、世界一きれいに塗り直しているんです」
と、誰かが教えてくれたとおりに答える準備をしているというのに。


日が沈む前、少し涼しくなったころ、Tシャツ・短パンにサングラス姿の外国人が通りかかり、

「何をしているのですか?」
と尋ねてきた。

いざ尋ねられると、ドギマギしながらも、
「この国が誇る統一会堂の壁を、世界一きれいに塗り直しているんです」
と胸を張って答えた。

男は塗り直された壁をぐるりと見渡し、
「いや、あなたは“あなたの目の前の壁”を塗り直しているんじゃないですか?」
と言った。

「あなたの塗り直したところが、他の人が塗り直した所に比べて、異常にきれいですよ」

仕事を終え、道路の向かい側にある路上レストランの、暗すぎて何を食べているかさえよく見えないプラスチックのテーブルの上で、いつも通りのフーティエを食べた。

ふと、路上に落ちていた雑誌の表紙に目が行った。
そこにはさっき声をかけてきた男の顔写真があった。

「ロケットを飛ばす大資本家」らしい。

ロケットは知ってるけれど、資本家ってなんだ?

道路の向こうに目をやると、今日自分の塗った壁が暗がりの中で白く光ってた。

自分の塗ったところが周りより白く光っていて、「まずいな」と思い、苦笑いした。

確かに、
私の仕事は、
“私の目の前の壁”を塗ることだった。

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Eito
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