【上海掌編】温珈琲
その日は車で往復する日帰り出張の予定だった。
メンバー(中国人)の一人は既に取引先に前乗りしていたので、行きは一人で車で行き、帰りはメンバーと一緒に帰って来る予定だった。
いつもなら車中でドライバーさんに中国語で話しかけ冗談を言いながらの道中になるのだが、その日の私はどうやら体調が良くないらしく、珍しく車酔いしたようだった。
日本に戻った時に買いだめしているミンティアをポケットから取り出し、一粒ずつ口に放り込みながら、酔いを誤魔化していた。
お取引先に着いておいしいコーヒーをいただくと、幾分スッキリとして、商談を始めた。
商談の冒頭に私の異動をお伝えした上で、3年弱の期間お世話になったことへのお礼を伝えた。メンバーには帰りは電車で帰りたい旨を伝え、返りの電車をアプリから予約した。車は彼女に乗って帰ってもらうことにした。
昼食をおよばれした際には先方の経営者の娘さんがロンドンの大学でアートを学ばれている事をうかがい、ちょうど私の次男もまもなくロンドンにある大学院に通うので、お互いを繋げようという話で盛り上がった。
駅まではお取引先様の車で送って頂いた。朝から降っていた雨はますます冷たい雨になり降り続いていた。
中国の高速鉄道の駅は暖房がなく冬はほとんど外気と同じような温度で芯から冷える。椅子も冷え切っているので座る気にはならない。
私は当然コーヒー・スタンドを探した。この駅にない事は知っていたけれど探してみた。やはりなかったのでコンビニをのぞいてみた。
地方なので大手コンビニはなく、どこもコーヒーを淹れる設備はなかった。
大きな冷蔵庫とは別に、レジ横に小さ目の冷蔵庫のようなものが目に入った。
「そうだ、たしか日本のコンビニではこのようなケースの中にホット飲料があったな」
「是热的吗?(これ熱いの?)」
と私はスターバックス・ブランドのラテを指さして、祈るように尋ねた。
「是温的。(温かいの)」
とにかく買った。
風の入って来ない、あったかそうな場所を探して、そこに立って、生温いラテを一気に飲んだ。飲むスピードを上げれば温度が上がるような気がして。
その時私は寒い寒い駅の中で、風邪をひくか引かないかのボーダーラインに立っていた。
温かいラテを飲み干した瞬間にひく方にわずかに傾いたのがわかった。
その5日後、ひどい咳が出だした。
それはニューヨーク出張出発の3日前だった。