饒舌な表情
『PERFECT DAYS』
何気ないルーティーンが刺さり過ぎて真綿で緩やかに締め殺される快楽。君の無駄と僕の特別は同じ。過小評価も過大評価も無いたった一つの世界。ありふれたを見逃さず大切に、細やかな日常を丁寧に慈しむ姿に幸せの極意を感じる。人生を比べてしまった時の漢方薬と言える白湯みたいな映画。
役所広司が演じる主人公の平山は基本的に無口。表情や眼差しで感情を読み取るしかないからこそ稀に発する言葉が鮮烈で興味深い。伏線かなと思わせる、気になる描写は各所に散りばめられているが、回収は全て観た人のみに委ねる手法。想像力が必要以上に掻き立てられてまんまと自分だけの作品になった。
私がもし20歳前後でこの映画を観た場合、「なんて退屈なんだ」と思っただろう。
「結局、旅館の朝食みたいなんが1番いいよね」的、36歳の思考や私生活と共鳴する場面が多く、質素の深みが味わえる年齢になった喜びも踏まえて最高に良かった。小説も音楽も映画も、タイミング及び、出会い方が最も重要かもしれない。
ほとんど躁鬱病みたいなハウルが、おばあちゃんに勝手に部屋を片付けられて、頭沸いてドヨーンてなっちゃうシーンに共感しかない人にお薦め。他愛もない事に思われかるもしれないが、一つ抜いたら全てが崩れるジェンガみたく、ルーティーンに縛られ過ぎるのは良くないが、誰にも触れられたくない部分こそ真髄。
仕事は楽しくないからこそ、どこかに僅かでも遊びの部分を作る工夫。18年近くコンビニで働いてる私で言う所の、「絶対シーチキンマヨの右隣は梅!」というこだわり。祖父がいつも通り万代へ行き、いつもの紅鮭弁当が無かった時にパニックを起こしてから認知症が加速した事を考えると、いかにイレギュラーを面白がれるかが宿題。
私は幾つかのくだらないエンディングのパターンを想像して生きている。
1、夢が叶い好きな事やりたい放題。
2、結婚して好きな子とヤリたい放題。
3、夢破れ仕事もチンポも役立たず鳩さえ嫌う河川敷(凍死)
PERFECT DAYSは新たにパターン4というまだ見ぬ素晴らしい可能性と言う名の保険を示してくれた。
一つだけ意味不明で理解不能なのは、監督がドイツ人。東京のとある寂れた街で淡々と暮らすトイレ清掃員(初老日本人)の、決して華やかではない、精密が過ぎる慎ましさを表現したのはドイツ人ですか!?そうですか。恐れ入りました。ベッケンバウアーを超える逸材の来襲。GKがハットトリック。ご馳走様でした。
伏線回収の鬼ことワンピースからヨサクとジョニーの名言をお借りして、「か…か…紙一重か…」と強がりたい所ですが、勝手に中島らもさんをお師匠と仰いでいるだけの身分としては、このPERFECT DAYSという最高傑作にキャッチコピーを添えさせて頂く事で抗わさせて頂きたい所存で…
『賑やかな静寂』でした。