編集卓の騎士団 —Premiere Proをめぐるサードパーティーな開発者の物語(のはじまり)
この物語はフィクションかもしれないし、フィクションではないかもしれない。
Starting the call.
Skypeの画面に現れた彼はヨレのある薄いTシャツ姿で、背景にはハンガーで吊るされた服が雑然としている。彼の自室だろうか。はるばる日本からの得体の知れない客に対して、その無防備な姿は、彼なりの距離の縮め方なのだろうか。ロシアは寒くないのだろうか。
Twitterのダイレクトメールが来たのは1ヶ月前。二言目に彼はSkypeで会うことを提案した。とても驚いた私は突然の提案に、とりあえずもうちょっと待ってほしいと返信してしまった。そうこうする間、彼はPremiereプラグイン「Anchor」をリリースした。「Anchor」の発表に世界一の衝撃を受けたのは私であると言っておこう。その3日後、私は「MARIONETTE」をリリースした。
Skypeには話した言葉が翻訳されて画面に表示する機能があるが、これが非常にデタラメであった。私は外国の人と英語で会話したことは数回しかない。海外旅行も韓国に一度行っただけ。ここに書き記すことは、映像編集ソフトのサードパーティーなプラグインを開発する両人が交えたカタコトの会話の記録である。私はちゃんと英語を理解していない。だから勘違いしていることがありそうだ。しかし熱狂をもって書きたい。もしなにか間違っていたらすまない!イワン。
自己紹介から始まった。
「Knights of the Editing Table」Ivan Stepanov
Premiere Pro を少し深く知ったものにはお馴染みだろう。彼の作った「Watchtower」や「Excalibur」は、ガチで映像編集をするプロに愛用者が多いプラグインの名品である。イワンは最初 AfterEffects のプラグインを作っていたようだ。Premiere Pro にはあまり便利なプラグインがないため開発に乗り出した。
私は映像編集者で(イワンも映像編集の仕事をしていた)4年くらい前から Premiere Pro を使うようになった。プログラミングが好きだったので、Premiere Pro でも何か出来ないかチャレンジしているうちにハマってしまった。そんなことを話した。
そして私はイワンに聞いた。
884:開発はチームでやってるの?
Ivan:いいや、いつも一人だ。
884:プラグインのアイデアが素晴らしいし、いつも名前がカッコイイね。それも自分で考えているの?
Ivan:奥さんといろんなアイデアを出しあうんだ。名前もそうやって決める。
wifeという言葉が聞き取れた。おそらくイワンの奥さんも映像編集者でいろんなアイデアを持った人なのだろう。そんなことを思った。
Ivan:「Knights of the Editing Table」ってクールな名前だろ?市場では短い名前が好まれる。だから自分の製品はしかたなく短い名前にするが。長い名前ってカッコイイんだ。
私は笑った。クールかどうか?それが彼にとって大事なんだ。884という短い名前の自分が恥ずかしかった。
884:いつもプラグインとそれを紹介するムービーが素晴らしいね。私はそれも楽しみにしている。ちなみにあのナレーションの声はイワンなの?
Ivan:あれは俳優を雇っている。
884:そうなんだ。私はあの声からイワンのことを想像していたよ。I'm here to dig. I'm here to rob. Call me Grave Robber.(ちょっとモノマネをしながら言った)「Grave Robber」のムービーは最高だね!
ひとつの機能に物語を込める。彼はプログラムコードを書きながら、そこから生まれてくる物語に思いを馳せる。私の憧れるエンジニア像だ。
彼は実写映画を撮りたいとも言っていた。もしかすると中世の騎士のコスチュームプレイでプラグインの紹介をしてくれる日が来るかもしれない。
そして彼の口から不意に、
Ivan:日本には「テロップ」というものがあるだろ?
と聞いてきた。わざわざ丁寧に「ティー、イー、エル、オー、ピー」と繰り返したので、それが一般的ではなく、日本独特なものだと伝わった。
884:Oh, よく知ってるね!じゃあ今日は特別にちょっと見せよう。
私は話しのネタにと思い、パソコンで Premiere Pro の画面を見せた。タイムラインにはテロップがたくさんのっている。
884:ほら、これがテロップだ。こんなにいっぱいある。映像のクリップ数よりも多いだろ?クレイジーだ。
そして私はテロップ作成ソフトも見せた。
884:Photoshopでも作るけど、こういうテロップを作るための専用ソフトがあるんだ。すごいだろ?ほらこんな感じで動くだろ?
私は画面の四方八方にテロップがぴょんぴょん動く操作をしてみせた。
884:実は「MARIONETTE」のアイデアはここから来てるんだ。
上手く英語で説明できなかったが、彼は興味深そうに見ていた。
話をもとに戻すと、イワンはプラグインの開発を一人でやっている。Knights of the Editing Table として、一番最初の仕事は「Watchtower」。その後、数多く生み出した。いっぱい作ったけど、それをサポートしていくのが大変だと言っていた。そして彼にはまだまだアイデアがある。
私の未熟な開発力からでも想像できるが、彼のプラグインは私のものに比べるといろんなことをやっている。私のものは Premiere Pro の上っ面を操作しているにすぎないが、「Exculiber」でショートカットを制御しているのを見ると、それはパソコンのOSレベルでプログラムを組んでいる。パソコンにはセキュリティの壁があり、私の知識ではハックすることはできない。パソコンもOSも毎年変わるし、MacもWindowsもある。いろいろ大変だ。
Ivan:いつか一緒に仕事をすることに興味はありますか?言葉の壁はありますが、きっと何かよい方法はあるでしょう。
彼は仲間を必要としている。しかし Premiere Pro でなにかやろうと企む人は少ない。私にコンタクトをとったのもそういう理由だろう。一緒にやらないか?みたいな話しにもなったが、自分は感激しすぎたし、こんな夢のある特別な会話を続ける英語力がなかった。だから言葉が出てこない。
Skype の同時翻訳が機能しなかったため、彼はチャットの方で文字を打ってくれた。それは上手く翻訳されて表示された。私が困った表情を浮かべるたびに、彼は丁寧に文字を打った。とても親切なんだ。タイピングしている姿を見ただけで私の胸はいっぱいになったのだが、その手つきは、いわゆるプログラマーのそれとは違っていた。言葉を一つ一つ追いかけるようにして打っている。何かをちゃんと伝えようとしている。私も英語で言えないことがあると文字を打った。
884:あなたに協力できるなんて、こんな素晴らしいことはない。でも私ができることは少ない。
私はそっと返事をした。
Ivan:私は新しい拡張機能を探している。あなたの「Game Changer」も素晴らしいアイデアです。編集していた経験から、それが良いかどうかはわかる。
彼は私の作った別のエクステンションも知っていた。
Ivan:こんなジョークを知っていますか?ある時点でユーザーが、Premiere Pro のインターフェイス全体を置き換えてしまうというジョークを。
すこしの間、時が止まった。
信じられなかった。彼は笑いながら喋ったが、それがジョークではないことを悟った。
操作画面の全てをエクステンションパネルで奪い取る。そこにはもう Premiere Pro はバックグラウンドで処理をしているにすぎない。私は彼の壮大な秘密計画を知ってしまったようだ。
イワンの真の目的はこれだったのだ。彼が作った「Watchtower」はプロジェクトパネルの代わりになるかもしれない。その可能性は十分にある。「Excalibur」は Premiere Pro の操作のほとんどを奪いつつある。そして、私は「MARIONETTE」を作った。「MARIONETTE Pro」はエフェクトコントロールパネルの代わりになるものを目指している。
Skypeの通話が終わった後も、しばらく私は動けなかった。心臓が震えている。英語を理解していない人間が何を知ったというのだろう。でも私には理解できた。彼が Premiere Pro の画面を、操作を、奪い取る日が来る。
そこに私もいるだろうか。
884
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