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主題:『カジュアル』に遊ぶために「禁止にされたら泣く」金額のカードを買っていたのか? 副題:『カジュアル』という言葉を辞めないか?

1:『序文』


 皆さんこんにちは。今回は三段論法回です。
 三段論法とは、前提をいくつか置いて、そこから導き出されるのだから正解である、とする手法ですね。
 ネッシーは目撃されているが死体が見つかっていない、すなわち、ネッシーは生存している!
 ……ん?
 あとコレ、ブラケット周りが発表前に仕上げた記事なので、その辺りがちょい古いです。


 まあ、国語能力は人並ですが、英語能力は終っている男として有名な84gです。
 到達のReachをラッチと読んでいたり、ウィズダムギルドさんをウィズダムガイドと読んだりと、誤読には枚挙にいとまがありません。

 で。じゃあもう「カジュアル」とはどういう意味でしょうか。
 もう無理。カタカナ英語とか無理。
 大体ですが、下記のような意味じゃないかなー、と。

  • 気楽でリラックス。

  • 何気なく、集中を要さない。

  • 気軽で手軽。

 ……みたいな意味かと思います。
 で、それはそれとして、《魔力の墓所》はじめ高額カードが禁止化されましたね。


 これで、SNSやら情報サイトの掲示板で色々な意見が出て、その中で気になったのが、
 「遊ぶために頑張って買ったのに!」ていう趣旨のヤツ。
 これが勝利を至上とするC・EDHで使うつもりだったなら理解できるんですよ。
 勝利体験のために最適解となるカードを購入し、それが禁止になった。なるほど。ご愁傷様です。
 メタゲームが激変すると思うので、次なる環境でも頑張ってください。

 ……なんだけど、なんだけどね?
 「そもそも、日本ってそんなにC・EDHのプレイヤーばっかりだったか?」っていう。
 まあ、具体的な統計とか聞き取りとかは面倒なので本題とは異なるので割愛しますが、この手の発言をしたユーザーが全員、C・EDH選任というのもありえないでしょう。

 ……。
 ………。
 ……いや、おかしくねぇか?

 「C・EDHではない」……つまり、気楽で気軽な“カジュアル”なEDHに“頑張って購入した”《魔力の墓所》やら《宝石の睡蓮》を使っていた、と?
 いや、例えばですが、“月収1億!”とかいう人同士で笑って済ませられる金額だからと高額カード飛び交うのはカジュアルだよ。その場ではカジュアル。
 けど、“頑張ってカジュアルEDHで遊ぶために購入したので禁止されたらツライ”ていうのは、もう破綻してない?

2:『正義ってなんなんだ、愛ってなんだ、カジュアルってなんだ』


 「カジュアル」の話、ですよね?
 更に、今回の禁止は《ナドゥ》以外は、速度で追いつくためにひとりが買うと、他のメンバーも買わないと釣り合わなくなるパワカ。
 《魔力の墓所》に対して除去や打消しを吐くようでは勝てない。
 再現性や諸々を考慮すれば、最良の回答は常に『自分も使う』以上のものはないでしょう。
 《波止場の恐喝者》なんかは顕著ですね。
 《波止場》で無限マナ(無限宝物)状態になったあと、手っ取り早い対策は『あ、じゃあ俺も《波止場》出すから同じ数の宝物出していい?』です。
 (実際には宝物を生け贄にして減らしたりしますが)
 つまるところ、誰かひとりが買うと他のメンバーも買わないといけなくなるし、そうじゃないなら買った人間だけ有利になるていう構造のカード。

 買った人間が『✕✕万円とか安いっしょ』って気分で買ってるなら原義としてカジュアルで良い。
 そういう人は禁止にされても笑って済ませてるわけだから。
 じゃあ禁止で良いね。はい。他のカードで遊ぼう。以上。

 つまりさ。
 「禁止になって笑って済ませられる値段じゃないものをカジュアルと称した空間で使っていた」層が一定数存在していたというのは、状況証拠的に間違いないと思う。
 そもそも、大人が無理してオモチャを買って後悔するのが健全なわけないよ
 これ、そういうコミュニティだから買わないわけにもいかない、とかだったら、もう、なんつうの?
 ……うーん、こう、さあ……?
 理性的でも理想的でもないかなー、って僕は思うんだけど。

3:『三段論法のターン』


 ここからは更に三段論法トバしてくぜ!
 恐らくなんだけど、『頑張って買った』を言ってるのって、適正レベルが『レベル7~8』帯の人なんじゃないかな、って思った。


上記サイトより引用。

 さて皆さん、『《魔力の墓所》が入ったらカジュアルじゃない』という発言をすると炎上するという都市伝説をご存じでしょうか?
 「《魔力の墓所》1枚でレベルが変わるわけねえだろ!」とか「いやカジュアルに入るわけねえだろ!」と、両軍入り乱れて乱戦となるわけですね。
 かつて何回も『5~6のカジュアル卓で《魔力の墓所》が出てきた!』という話で炎上してきたMTGのSNS風物詩です。
 今回の案件って、コレの回答になってない?

 つまり、『財布的に無理をしてでも勝利体験が欲しかった=《魔力の墓所》禁止で経済的損失でキレた人』は、適正レベルが7~8以上の人
 なぜなら、カジュアルの中でも『勝利体験のために財布に無理をさせられる』人だから。
 ってことは、気楽に気軽に遊ぼう、という狭い意味でのカジュアルである5~6以下は元から水が合ってないていう疑惑。
 9~10ほどではないが、勝利を追求する基本姿勢があるってことだから。
 大概、レベルズレで問題になるのが、この7~8帯の人。
 1~4は最初からデッキパワーが低い前提でやっているし、9~10は最初から勝つ前提の人しかいないので、思考が統一される。
 最速と最遅で、F1とゴーカートが勝負したらダメってのは、さすがにすぐわかる。

 なのでトラブルのタネは大概、

  •  A:『7~8の卓に9以上が来ちゃった(9が勝ちすぎ)』

  •  B:『5~6の卓に7以上が着ちゃった(7が勝ちすぎ)』

 ……のケース。
 今回、『無理して買ったわけじゃない層』の大半は、クジやパックで偶然当てた人とか、経済的余裕があって適当に買って適当に入れた組。
 そう、『《魔力の墓所》が入ってるけどカジュアル』の大勢と思われるメンツなのです。
 三段論法なんだけど『普通に強いデッキに《クリプト》積んじゃったけど5~6卓に座った』のケースに該当するBパターンになりやすいんじゃないかな、って思った。


 もちろん例外はある。
 勝利体験欲しい人もクジやパックは引くし、経済的余裕の有無とか思想に関係ないし。
 マジで三段論法なので『ハチヨンさんはスゴイことを考えるなぁ』って素直に受け取りすぎる方がヤバイ案件。
 コレ、詐欺師の言い回しだからね。三段論法自体に罪はないけど、使っている人間に誘導の節がある。

 ただ、もし、これを読んでいて該当する人。
 『禁止になってもサラっと流せない金額のカードを購入しないといけない』状況にある人は、ちょっと考えてみて欲しい。
 これからも禁止のリスクはもちろんある。
 そして今までも禁止リスクは有ったが、大多数が麻痺しながら遊んでいた。

 それを買ったら『禁止になったらどうしよう』と不安になりながら遊ぶのは、本当に“あなたの中で”カジュアルですか?
 他の誰でもない、あなたが気楽に、気軽に遊べていますか?
 既存のお馴染みパワーカードなり、新規の汎用カードなり。
 そんな中、『仲間とパワーレベルを合わせるために自分も高額カードを買わないといけない』ということになっているコミュニティ。
 それは本当に、そのコミュニティの理想の姿か?

 今回の禁止で、一番イヤだった話が『みんなが《魔力の墓所》を使っているから無理して買ったらすぐに禁止になった』みたいな体験談。
 これ、本人の嗜好は5~6以下だったのかもしれないけど、コミュニティが7~8以上だった場合、そっちに合わせないといけない。
 自分ばっかり負けると、仲間も楽しくないからね。

 コミュニティ内で勝ちすぎちゃう人、勝率25%(4回に1回)で満足できない人は、ちょっと考えてみて欲しい。
 個人的には、『コミュニティ内の全員が無理をしないで買える金額』が原義でのカジュアルだと思う。
 もちろん元祖デュアラン、《ボルカ》や《トロピ》みたいなカードは高額だけど、それでゲームはぶっ壊さない。
 なんなら諜報ランドの方が強いまであるからね。そういうのは別。
 ここで混同する人が多くて毎回炎上するんだけど、別ね。

4:『カジュアルという言葉を辞めないか?』

 カジュアル、という言葉は哲学みたいなところがある。
 個々人で全然違う風景を見ているわけだし。
 んじゃあさ。最初からカジュアルっていう言葉を使わなければいいんじゃないの?
 それぞれが『僕は5~6!』『私は7~8!』って自己申告すれば良いよねっていう。

 これねー。
 別種の問題が付随してて、それはEDHプレイヤーは自分のレベルを正確に認識するのを苦手にしている。
 まず、トレカユーザーの常として『デッキは強化したいが、強化すると強い敵と戦って勝利体験が減るジレンマ』と直面したくない。
 多くのプレイヤーは適度に勝利体験を積めることを求めており、そこにも罠がある。
 EDHは、本来は勝率25%(4人卓だから4回に1回)である。
 だが、それでひとりが高パワーのデッキを握っていて、勝率30~40%になっても、『勝ちすぎている』とはあまり思えない。
 その陰で勝率10%以下の人が発生したりしていても気付きにくいし、自己責任でデッキを強化すればいい、っていう話になりやすい。
 それも別に間違ってない。自分のデッキなんだから自分が強化すればいい。
 
けど、その理論を認めると、勝率10%とかで負けてた人が急にレべル10クラスのデッキを持ち込んで勝率60%とかを叩き出しても文句を言えなくなるっていう。
 ……これってカジュアルなの?

 レベル帯の調整っていうのは、勝利体験を欲しい人間からするとデメリットだし、そもそもの話、作業が複雑化するのはストレスだ。
 さらに、経験者間でもレベル調整の認識ズレは起こるし、そもそも初心者がレベル認識なんてできるわけがない。
 初心者の参入障壁を作らないために『カジュアルなのでなんでもOK』の方が良い。
 ただ、『なんでもOK!』だと、デッキを強化し続けるのがユーザーの常で、不毛な軍拡競争が起きていき、前の話に戻る。
 『カジュアルな場で遊ぶために《魔力の墓所》が必要』っていう。それを防ぐために公式が禁止、うん、良い決断だね。
 お気づきだろうか、また三段論法である

 各レベルごとに禁止カードの指定とかでも良い。
 妥当性がある。防げる部分は多くあるが、それまた別種の問題があり、『誰が禁止を制定するか』である。
 まず、使いたい人間を排斥しかねない話だし、このアカウントでは複数回言っている話ではあるが、大多数の人間は議論を得意としていない。
 
感情を言語化して発信、そして相手の言語化した感情を解読することはエネルギーを使う。
 それを趣味の一環でやっているゲームでやるのは、かなり負担が大きく現実的ではない。
 じゃあ、例えばそのコミュニティのリーダー、カドショなら店員が決める?
 その決定者に絶対的信頼があればそれも良いんだけど、それだけやって決めても、MTGユーザーはその穴をかいくぐってオーバーパワーのデッキを組む。
 結局、使っちゃいけないカードが増えた場合、どんなシチュエーションでも圧倒的有利なのは経験者側になっていく。
 ローカルルールではネットの知見などを調べることができず、新規勢は勝ちにくくなるし、そもそもガラパゴス的に進化した競技フォーマットとなり、結局、原義的なカジュアルさとは程遠くなっている。

 マジで『全員が自分のレベル申告をちゃんとする、できる』なら禁止指定なんて要らないと思う。
 けど、繰り返しだけど、コレはデッキを組むこと以上に難易度が高いし、コレからも解決する目途は立っていない

 結局のところ、魔法のような解決策はないまま走り続けてきたのがEDHであり、ユーザーたちも解決できないまま、『《魔力の墓所》はカジュアルかどうか』という議論を不定期連載していた。

 様々な問題の渦中にあったカードが禁止になった。
 今、過渡期にいる。



 


当記事はファンコンテンツ・ポリシーに沿った非公式のファンコンテンツです。
画像はMTG日本公式より引用しています。
ウィザーズ社の認可/許諾は得ていません。
題材の一部に、ウィザーズ・オブ・ザ・コースト社の財産を含んでいます。
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