相対性理論に異議を唱えるに異議を唱える隙がない

早速考察します。
曲もMVもめちゃ良かったですね。岡本がセンターだろうと予想して、それならやっぱりバレエが見たいと思ったので、一人で踊るところがあって嬉しい。
上から撮ってるのも衣装の美しさが見えて良いですよね。

じゃあここから歌詞初見読み。ドロピザ目指します。
お手元に歌詞を準備して一緒に読んでいきましょう。

1番サビまで。
いつもの街の商店街から大通りへの道を歩いている「僕」
「君」と出会い、駅までの距離が短く感じる。
これはまさに相対性理論。時間の流れは一定ではなく、状況に応じて変わる、みたいなことです。間違えているかも知れません。
「僕」は5期生として、「君」は誰なのかってことになるんですが、流石に乃木坂ですよねこれは。
根拠として、その後の歌詞に「風」「光」が出てくる上に、「太陽の存在の君」まで出てきてます。
この記事の前に僕の考察をYouTubeで見たり、他の記事を読んだりしてくれた方には今更ですが、太陽=乃木坂なんです。

次に注目すべきは今回のMV公開までの一連の流れ。
24時からプレミアム公開、それに合わせて23時から24時まで、5期生曲の振り返り。
その中で、改めてメンバーにMVの思い出を聞いていました。
ここで17分間のMVについての解説があったんです。それぞれが歯車を持っていて、それらが合わさって時計が動き出し、制服からアイドルの姿になる。
「歯車みたいな生き方だったのに」
これはまだ制服を着ていた頃の5期生ということかと思います。
乃木坂と出会って、バラバラの歯車だった11人はアイドルになり、「少しずつ仲間になっていく」
その後の「時間がもったいない」というのは、5期生が抱いている焦り。
僕は「いつの日にか、あの歌を…」の「あの歌」は「君の名は希望」だと確信しています。(別記事にあります)
希望に対し、自分たちと同じくらい、むしろより短い活動期間なのに「どうしてこんなに苦しいリアルな話を歌えたのでしょう?」と焦りを感じつつ、いつかそこまで追いついてみせるという決意の歌。だから5期生の1曲目は希望の逆、絶望って単語を使ったんじゃないですかね。

ここからはサビについて。
いきなり「光」と出てきます。これは見事ですよね。勝手な想像でしかないですが、光を入れたいがためにこのタイトルにしたんじゃあないかと。
光が出るから、その前に風も入れておこう、ということなのかも知れません。
「光より速いもの存在しないなんて」
これは相対性理論に触れつつ、5期生にとっての先輩である4期生に追いつく術がないという考えにもなるんです。これも焦りですね。
じゃあサビから少し戻って、その前に出てきた「風」はなんなのか。「心が風を知ってしまったせいなのか」の部分。
実は5期生と3期生は似ている部分があるんです。5期生も3期生も、4期生を待っている存在なんですよ。
三番目の風では、「遠い願いを邪魔する雲」を吹き飛ばし、「光を作ること」が使命。
絶望の一秒前では、「来ることのない夜明けを待っても」とあります。
願い、光、夜明け。「4番目の光になれますように」「夜明けまで強がらなくてもいい」など、全て4期生に関わってくる単語なんです。
新たな乃木坂が始まることを待ち望んでいるのが3期生であり、5期生。
ちなみに三番目の風では邪魔する雲も鬱蒼とした森も吹き飛ばすという強さを持っていたのに対して、絶望の一秒前ではかなり弱気なのは、乃木坂をよく知らずに入ってきた大園桃子という天才がいたかどうかという分岐ということにします。
「光」より速いものがない以上、追いつけない。
でもそんな理屈は聞かない、「今すぐに君に会いに行きたいだけ」
乃木坂になりたいという強い意志です。

2番に行きます。
ここで先に書いちゃいますけど、この曲、最後まで「君」に会えていません。
1番、井の頭線に乗るために走ってます。
ただ2番では「物理的な距離だけが前に立ち塞がる」とあったり、「時空が突然捻れてしまえばいい」とか、会えないからこそ出てくるフレーズが出てくる。
その後もラスサビは1番と同じなので、結局最後まで会えない。
なぜ会えないのかっていうと、「物理的な距離だけが前に立ち塞がる」からなんですが、ここに秋元康はとんでもない仕掛けを用意していた。
2番サビで「愛しさが届くには何億光年?」と出てきます。
何億光年って距離なんですよ。でもこの文法、まるで時間のことを言っているように見えます。
つまりどういうことか。
時間と距離を勘違いしているんです。
じゃあなぜ君に会えないのか、もう一度考えましょう。
物理的な距離「だけ」が前に立ちふさがっていると言っていました。ただ、物理的な距離だけなら、「君」に会えると思いませんか。待ち合わせまでしているのに。
もう一度言います。時間と距離を勘違いしているんです。
立ちふさがっているのは、物理的な距離ではなく、時間。
「太陽の存在の君は地球上じゃ過去なんだ」というのも丁寧な前振りに思える。
過去の「君」に会いたいけれど会えない。
スマホの時刻を追い抜きたいのもそういうことなのかも知れない。
そして会えたとしても、地球から見える太陽の光が8分前の光であるように、過去の存在でしかない。
でもそんな「大人の常識」に異議を唱えるのがこの歌。

ところで、井の頭線に乗ってどこに行ったんでしょう。
僕は渋谷やと思ってます。
熱狂の捌け口のMVが渋谷で撮影されているんですが、歌詞の中で今回の歌詞と似通った部分がありました。

この商店街、場所同じ説ありません?
熱狂の捌け口と相対性理論に異議を唱えるって、実はどっちも焦りの歌で、かつての乃木坂を目指しているとかは考えすぎですかね。
捌け口のサビはそこまで具体的な単語こそ出ていないんですが、センターの一ノ瀬、岡本がそれぞれ憧れているメンバーが活動時期の被っていない松村沙友理と堀未央奈ってのも関わってくるんじゃあないかとちょっと思いました。
じゃあMV冒頭で岡本が交信をしたいと思っていた相手は堀未央奈で、高速を超えて「I LOVE YOU」を届けたい相手も堀未央奈ってことでしょうか。

3期生は乃木坂らしさに囚われ、悩み苦しむ日もありました。
そこには「先輩のようには絶対になれない」という思い込みがあったから。
対して、今の5期生は「いつの日にかあの歌を」という決意がある。
だからこそ、あの頃の先輩に追いつく(=君に会う)という目標を立てられるし、先輩のようになれない(=光より速いもの存在しない)という「常識」に対して、「絶対間違ってる」と言い切れるのだと思います。

今回、この曲の歌詞考察をしたことで、5期生曲が全て綺麗に繋がるんではないかという考えが浮かびました。
それについてもまた考えたいと思います。

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