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「真夏のお遍路」が教えてくれたこと
2021年7月、東京オリンピック開幕直前に会社から休暇をもらったので、私は四国へ5日間の歩き遍路に出かけました。その体験談は別途投稿していますが、1日目に歩いた距離は47キロ。5日間で130キロ。毎日、足は痛いし、身体中が疲労する。リュックの重みで肩も痛むし日焼けがした腕もヒリヒリして気分も悪い。真夏のお遍路はそれはそれは厳しい修行でした。でも、そんなの想像すればわかること、歩かなくてもわかること。でも体験してわかることが私には必要でした。このリアルな痛みと疲れが。
■なぜ四国お遍路なのか
私の日焼けがあまりにひどく、職場の人たちが心配してそう聞いてくるが、その答えが簡単に説明できない。いつか歩き遍路をしてみたかった。そう思ったのは3年程前、詩人の黛まどかさんが歩き遍路を体験しまとめた「奇跡のお遍路」を読んだのがきっかけ。歩くことでふだん眠っている感性を呼び覚ますのが詩人としての彼女の歩く目的だった。彼女はスペインサンティアゴ巡礼も経験済みだ。
真夏のこの時期を選んだ理由は簡単で、自分の休みと妻の休みがあわなかった。子供たちがすでに親の休日につきあう年齢でなくなっていたから。そして、1人でどう過ごそうかと考えたとき、ふと浮かんだのがお遍路だった。歩いた明確な理由は今でも説明できないが、お遍路によって得たものは確実にあり、その1つがリアルな痛みや疲れだった。
■想像では分からないこと
最近、自分の中でオヤジ化が加速していると感じていた。特に私はふだんから野菜作りやウォーキング、水彩画と、日々の行動様式が高齢化しているのでその症状がひどいのかもしれない。オヤジ化が進むと、すべて分かった気になって想像で理解しようとする。しかし、実際には何も分かっていない。このオヤジ化を食い止めるためには新しい体験が必要だ。そう考え、お遍路の旅に出た。ということにしておこう。もちろん理由は後付けだ。そして、得られたのが、経験したことのない身体の痛みや疲労、登山の苦しさやのどの渇き。リアルな体験だった。
■目に見えない世界との対話
私は記者という仕事をしてきた人間で知らない世界を知りたい欲求は人より強く、今回歩きながらどうしても知りたいことがあった。なぜ四国お路はこれほどまで多くの人を惹きつけるのか。最終日に泊まった「鮒の里」は四国へんろ協会の会長さんが運営していると聞き、どうしても会って話を聞きたかった。以下は、その話をまとめた。
四国お遍路が庶民の間で広まったのは江戸時代に遡る。当初は、布教活動が目的だったそうだ。そして、道すがらに案内の石碑が至る所に置かれるようになる。その後、88か所で御朱印を集めるスタンプラリーが定着し、いつしか88か所巡りとして完成した。しかし、明治、大正と時代が進むにつれ、旅行以外の目的で訪れる人も増えてきた。病気や障害を抱える人たちだ。彼らは托鉢をしながらいわば物乞いをして歩いていた。。病気や障害を理由に、家から追い出され、村を追われた人たちだった。松本清張の「砂の器」を思い出す。詳しい歴史は専門書に任せるが、へんろ道には、故郷に戻るに戻れず、歩き続けた末に生き倒れてしまった人のお墓やお地蔵さんが無数に残る。地元の人たちお金を出し合って建てたものらしい。
平成から令和の時代、お遍路に求めるものは人それぞれだが、多いのが妻を亡くした男性が弔いや懺悔で歩くケースだという。暗い歴史も含めてそうした人々の思いがつまったへんろ道を歩くことで、自分の内面だったり、目に見えない世界と対話したり。お遍路の魅力の1つだと、実際に歩いてみてそんな感想を抱いた。
■中年男性が一人旅の醍醐味を味わう
リリー・フランキーさんが以前、ラジオで沖縄を1人で旅行し、自分は1人旅は苦手だと悟ったエピソードを紹介していた。旅で出会った喜びを誰かと分かち合いたいから旅は一人よりも誰かと一緒がいいそうだ。その気持ちはよくわかる。でも今回、中年男性が家族を残して一人旅することで、その醍醐味を少しだけ味った。疲れた身体、そばにいたわってくれる人はいない中で、癒してくれた存在が宿のもてなしだ。今回選んだ宿はゲストハウスや民宿。大学生に戻ったような気分で利用したが、どのお宿も1人でやってきた私を、温かくもてなしてくれた。家族がいたらしなかったであろうこともいくつかある。日記を書く。スケッチする。田舎ではすれ違う人に自分から挨拶する。そういう体験もできた。
■先々のことより今を真剣に
真夏の炎天下を歩いていると、次の目的地はおろか、今夜のこと、あしたこのこと、仙台に戻ってからのこと、将来のこと。先々のことを考える余裕もない。山道は特に、足を踏み外してけがをしないよう一歩一歩に集中する。気にするのは、ペットボトルに残るお茶の残量くらい。目先の50メートル先、100メートル先にたどりつくことに集中し、前に進み、金剛杖についた鈴の音がリズミカルになる。
そこで気づく。普段の私は、真逆だな。今のことより先のことばかり考える。次はどこに転勤希望を出そうか。いつ会社を辞めようか。会社を辞めた後何をしようか。いくらお金が必要か。子供たちに就職活動はうまくいくだろうか。親はいつまで元気だろうか。自分や妻は病気しないだろうか。何歳まで生きるのだろうか・・・。
そこで気づく。これって、今を必死で生きていない証拠だな。将来のことばかり考えて、いま、この瞬間に集中していない。先のことばかり考えるからおぼろげな不安がつきまとう。この数年の充実感が得られないと感じていたが、その原因は少しわかった気になり、気持ちがリセットできた。
■2極でなく「3極」で生きなさい
へんろ協の会長さんからこんな話も聞いた。世の中はすべて2極でできている。お金持ちと貧乏、背の高いの人と背の低い人、美人とブサイク。
「2極でものをとらえている限り幸せになれない」
私に向けた言葉ではない。過去、1人でお遍路にやってきた30代前半、大企業に勤める女性に対して語っただと。女性は30歳を過ぎたころから仕事だけの人生か、結婚すべきか、迷うようになった。その答えを探しにお遍路にやってきた。相談を受けたご主人が、2極の世界へのこだわりを捨てなさいとアドバイス。それこそ般若心境の「色即是空」の「空」なんだと。その女性がその後、幸せになったかはどうか知らない。ただ般若心境の神髄が少しだけわかった気がした。
周囲に妬みや嫉みを全く感じないかといえばうそになる。そんな私も「3極」を見つけることができるだろうか。88か所歩いて「結願(けちがん)」すれば、その境地に到達できるだろうか。そこで最初に戻る。そんなの「やってみないとわからない」。次は20番から歩こうと思った。
ここまで読んで頂きありがとうございます。今度はいつになるかわかりませんが、次回は20番札所から回る予定です。