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【吹奏楽曲解説】地球(地球 -地上の平和-)(伊藤康英)

 今回紹介するのは伊藤康英作曲『地球』という楽曲と『地球 -地上の平和-』という楽曲です。

 『地球』は2005年に作曲された10分程度の楽曲で、『地球 -地上の平和-』は『地球』を全体的なオーケストレーションの見直し、エンディング部分の変更を加えた7分程度の"別バージョン"とも言える楽曲なので2つまとめてこちらで解説していきます。

 ※現在出版されている楽譜では『地球』を[Version A]、『地球 -地上の平和-』を[Version B]としているので以降この表記とします。

■参考音源

地球(Version A)

※上記は冒頭2分程度のみの参考音源
伊藤康英指揮/洗足学園音楽大学フレッシュマン・ウインド・アンサンブルによる演奏
(2005年〜2006年 洗足学園 前田ホールにてライブ録音)

地球 -地上の平和-(Version B)

※『地球 -地上の平和-』は1:17:32ごろ〜
L.セラーノ・アラルコン指揮/洗足学園音楽大学グリーン・タイ ウインド・アンサンブルによる演奏
(2024年12月3日 洗足学園 前田ホールにてライブ録音)

■作品について

タイトル:『地球』(Version A)/『地球 -地上の平和-』(Version B)
作曲:伊藤康英
時間:約10分(Version A)/約7分(Version B)
難易度:グレード5
出版:イトーミュージックより販売
初演:2005年5月7日 伊藤康英指揮、ロッキー・マウンテン高校(Version A)/2024年8月18日 伊藤康英指揮、創価大学パイオニア吹奏楽団(Version B) ※令和6年度東京都大学吹奏楽コンクール予選

 Ver.AとVer.Bで異なるのはエンディング部分のみなのでVer.Aをベースに以下解説します。

作曲の経緯

 機会があって「木星のファンタジー」、「火星のマーチ」と、G.ホルストの管弦楽組曲「惑星」の各曲のモチーフをベースとした作品を書いたことがあった。そこで、今度は、いわば「贋作『惑星』」とでもいった組曲を作ってみようと思い立った。それにしてもホルストは、「地球」という曲を作っていない。そんな折、アメリカはコロラド州の、ロッキーマウンテン高校のケイシー・クロップ氏から吹奏楽作品の作曲の話を受け、この「地球」の作曲と相成った。これは、去る5月7日、私自身の指揮で初演。

イトーミュージック 『地球』のプログラムノートより引用

 作曲者自身の解説にもある通り、『地球』作曲の前段として『木星のファンタジー』『火星のマーチ』という2つの作品があります。

 『木星のファンタジー』は木星の有名な旋律を用いた、5〜6分程度のかなりポップステイストの作品です。

 色んなバージョンで出版されていますが、参考動画として吹奏楽大編成版の演奏を以下に貼り付けます。(伊藤康英指揮/洗足学園音楽大学グリーン・タイ ウインド・アンサンブルによる演奏)

 『火星のマーチ』は参考音源がありませんが、元は2003年に作曲された4分程度のピアノ作品のようです。吹奏楽編成版は2005年に『地球』の初演と合わせて伊藤康英指揮、ロッキー・マウンテン高校によって初演されています。

 これら2曲が先にあったことで三部作の組曲「惑星」として『地球』が作曲されました。(三部作「惑星」の中での曲順は1.火星のマーチ、2.地球、3.木星のファンタジー)

 「ホルストは"地球"をテーマにした楽曲を作っていないから、自分で作ってしまおう」という考えは長生淳作品の『《地球》〜「トルヴェールの惑星」より』と同じ考え方なのが面白いですね。

楽曲の構成

 それにしてもこのところの地球は、あまり穏やかではない。地上では戦争やテロが絶えないし、地面の下でも、大きな地震が相次いでいる。そこで「地上の平和」という言葉を思いついた。これをドイツ語で「Friede auf Erden」というのだが、これはフェルディナンド・マイヤーの詩によるシェーンベルク初期の、大変に美しい無伴奏合唱曲の題名だ。私の大好きな作品なのだが、この詩を用いて私もシンプルなメロディを1つ書き、そのメロディを展開させるという作品に仕上がった。そして曲の最後には、「Agnus Dei」(神の子羊)という作曲者不詳の美しいメロディをオーボエが歌う。このよく知られたラテン語の歌詞は、「Dona nobis pacem」(我らに平和を与えたまえ)。したがってこの「地球」は、平和への祈り、とでもいった作品となった。

イトーミュージック 『地球』のプログラムノートより引用

 Allegro molto impetuoso(速く、非常に激しく)、四分音符=152というテンポで開始されます。木管楽器などの3連符で上下に激しく波打つような動きが印象的で、金管楽器による3連符の同音連打もなにかを警告するような表現のように聞こえます。

 盛り上がりの頂点で2回ほど12音全てによるクラスターの伸ばしが出てくるのも相まって、この序奏部分はシリアスな雰囲気で不安になるような音楽です。

 激しい序奏部分が1分程度で終わり、テンポがAndante molto pesanteで四分音符=76に落ち着きます。トロンボーンが静かに歌う(というより語りかけるような)旋律が印象的な部分です。

 作曲者のプログラムノートでも触れられていた「フェルディナンド・マイヤーの詩を用いたシンプルなメロディ」はこの部分ですね。

 せっかくなのでプログラムノートで触れられているアルノルト・シェーンベルクの無伴奏合唱曲『Friede auf Erden(地上の平和)』についても合わせて紹介します。

 シェーンベルクというと「無調音楽」「十二音技法」といったキーワードで紹介されることも多くとっつきにくいイメージを持っている方もいるかと思いますが、シェーンベルクが33歳で初めて取り組んだこちらの合唱作品は実際に聴いてみるとただただ純粋に美しい楽曲です。(調べてみると、シェーンベルク「最後の調性作品」でもあるそうです。)

 伊藤康英『地球』は旋律自体をここから取っている訳ではありませんが、シェーンベルクも『Friede auf Erden(地上の平和)』の中で使用したフェルディナンド・マイヤーの詩を用いてトロンボーンの旋律を当て込んでいます。(スコア上にもトロンボーンの音符とマイヤーの詩が併記されています。)

(原文)
Da die Hirten ihre Herde
Ließen und des Engels Worte
Trugen durch die niedre Pforte
Zu der Mutter mit dem Kind,
---------------------
(DeepLによる翻訳をもとに一部修正)
羊飼いたちが群れを離れ
天使の言葉を残し
低い門を通って
御母と御子のもとへ、

フェルディナンド・マイヤーの詩より引用

 上記のトロンボーンによる語りかけに応える形でホルンが以下の詩を用いた旋律を演奏します。こちらもトロンボーン同様スコア上に詩が併記されています。

(原文)
Fuhr das himmlische Gesind
Fort im Sternenraum zu singen,
Fuhr der Himmel fort zu klingen:
“Friede,Friede,auf der Erde!”
---------------------
(DeepLによる翻訳をもとに一部修正)
天上のしもべたちは
星空の中へ歌いに行く
天は鳴り響いていた
「平和を 地には平和を!」と

フェルディナンド・マイヤーの詩より引用

 「地には平和」というフレーズは聖書の「ルカによる福音書」にある有名なフレーズから引用しているので、こちらも合わせて調べてみると理解が深まると思います。

 ホルンが上記の旋律を奏でた後、オーボエ・フルートが天に昇るようなフレーズを演奏してこの部分は閉じられます。

 その後、Moderato mosso(四分音符=90)で始まりAllegro(四分音符=120)までだんだん速くなる部分に入りますがこのあたりは先ほどのトロンボーン、ホルンの旋律を展開した部分です。時折序奏部分の低音楽器群によって演奏されていたフレーズも聴こえながら9/8拍子の部分に入ります。

 これまではテンポが速くなってもどこか重く暗い雰囲気の音楽が続いていましたが、9/8拍子でフルートやクラリネットによって旋律が演奏される部分から雰囲気が変わってきます。

 このあたりで演奏される旋律は木星の有名なフレーズを展開させたものですが、このフレーズは他の伊藤康英作品でも使用されています。
 同じ旋律を用いたサクソフォーン8重奏曲の『地球はおどる』の参考音源を以下にリンクします。

 フルートやクラリネットによって演奏された木星の旋律を展開したメロディがその後他の楽器にも展開され、楽曲は盛り上がっていきエンディングに向かいます。

 冒頭でも述べた通り、『地球』(Version A)と『地球 -地上の平和-』(Version B)はエンディング部分が分岐します。

 盛り上がりの後半がキラキラとした明るい音楽になり、派手にクライマックスを迎えるのが『地球 -地上の平和-』(Version B)で、こちらだと中間部で展開された木星のテーマがよりはっきりと現れます。

 『地球』(Version A)のエンディングについては、盛り上がりの後半で再度『Friede auf Erden』の詩によるテーマ(前半部分でトロンボーンとホルンによって演奏された旋律)が演奏され徐々に全体がディミヌエンドし、最後はオーボエによる『Agnus Dei』(神の子羊)の美しいメロディが奏でられ、祈るように曲が閉じられます。

 スコア上、このオーボエの旋律にはラテン語の歌詞がついています。

(原文)
Agnus Dei, qui tollis peccata mundi.
Dona nobis pacem,dona nobis pacem.
---------------------
(DeepLによる翻訳をもとに一部修正)
神の子羊、世の罪を除きたもう主よ。
われらに平和を与えたまえ,われらに平和を与えたまえ。

『地球』スコア上に記載された詩より引用

■収録CD

地球(Version A)

・伊藤康英指揮/洗足学園音楽大学フレッシュマン・ウインド・アンサンブル
『伊藤康英 2007』[イトーミュージック IMCD-0707]

 冒頭の参考音源で紹介した音源のフルバージョンが収録されたCDです。
 伊藤康英作品を集めた自主制作盤のような位置付けのCDで、ブックレット内でも触れられている通り、録音自体はあまり良くない(ややこもったような録音)ですが、『地球』(Version A)の曲の全体像を知ることが出来る貴重な音源。
 伊藤康英作品で他に録音がない作品も多く収録されており、2000年代前半の伊藤康英作品をまとめて聴くことが出来るCDです。

地球 -地上の平和-(Version B)

・伊藤康英指揮/創価大学パイオニア吹奏楽団
『第72回 全日本吹奏楽コンクール 大学/職場・一般編 Vol.2(大学7~12)』[ブレーン株式会社 BR-41013]

 このnote執筆時点ではまだ発売されていないCD(2024/12/13発売)ですが、『地球 -地上の平和-』(Version B)の委嘱元である創価大学パイオニア吹奏楽団による演奏です。
 コンクール音源ではあるものの、コンクールでの演奏のために委嘱した作品なのでおそらく『地球 -地上の平和-』のノーカット音源かと思われます。

■最後に

 今回は伊藤康英作曲の『地球』[Version A]と『地球 -地上の平和-』[Version B]をまとめて紹介しました。

 エンディング部分をどちらのバージョンで演奏するかは好みが別れそうですね…。個人的には祈るように静かに終わるVersion Aが好きですね。

 ただ、実際問題コンクールなどではノーカットで演奏できないという事情も理解できるので、コンクールなどの時間制約がある場で演奏する場合は8分程度にまとめられたVersion Bを、定期演奏会などで演奏する場合は楽曲本来の形であるVersion Aを演奏というスタイルが一般的になると良いのかな、と思いました。

 解説内で長生淳作品の『《地球》〜「トルヴェールの惑星」』に触れましたが、真島俊夫作曲の『地球 -美しき惑星』など他にも多くの作曲家が「地球」をテーマにした楽曲を作曲しています。これらの作品一挙に集めた演奏会なども面白いと思いました。

 楽譜は以下のブレーン株式会社のサイトより購入できます。スコアもサンプルで全ページ閲覧可能なので、興味を持たれたら本noteの解説と合わせて参照してみてください。
 1つの販売譜で2つのバージョンが収められているので、ぜひ両バージョン演奏してみてください。

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