【吹奏楽曲解説】吹奏楽のための交響曲「ワインダーク・シー」(J.マッキー)③
今回はアメリカのジョン・マッキー(John Mackey)作曲の「吹奏楽のための交響曲『ワインダーク・シー』」(原題:Wine-Dark Sea : Symphony for Band)の第3楽章:魂の叫び(The attentions of souls)について、解説をしていきます。
※第1楽章、第2楽章の解説記事は以下からどうぞ。
解説:第3楽章「魂の叫び」(The attentions of souls)
第3楽章のテーマとなっているエピソードは第1楽章の解説noteで紹介した長編叙事詩「オデュッセイア」の冥界への旅をするオデュッセウスのエピソードです。
時系列で言うと第2楽章のもととなった「海の女神カリュプソーの島でのエピソード」より前にあたります。
「え、第2楽章→第3楽章で時系列戻るの?」と混乱する方もいると思う(私も混乱しました)ので長編叙事詩「オデュッセイア」のストーリー構成を一旦整理します。
長編叙事詩「オデュッセイア」の流れはもの凄くざっくり分けると
・オデュッセウスの息子が父を探すために旅を始める(第1巻〜第8巻)
・オデュッセウスが冒険談を語る(第9巻〜第12巻)
・オデュッセウスが故郷へ帰還、妻と再会する(第13巻以降)
と大きく3部に分けられます。
第1楽章で神の怒りを買うオデュッセウスの話は第1〜2巻あたり、第2楽章の海の女神カリュプソーの島での話は第5〜8巻あたりの内容になります。
第3楽章の冥界のエピソードは第10〜11巻あたりの内容になるのですが、上記の3部構成の説明で記載した通り、このあたりの巻はオデュッセウスが「俺、いままでめっちゃ大変な旅をしてきたんやで…」と昔の苦労話冒険談を語る部分のため、巻としては進んでいるものの時系列としては戻ることとなります。
この部分、混乱しやすいと思いますので是非いろんなサイトで長編叙事詩「オデュッセイア」自体のあらすじを見てもらえればと思います。
以下のサイトなどは特にストーリーの流れが理解しやすいかと思いました!
オデュッセウスと預言者テイレシアスのエピソード
第1楽章で神の怒りを買って散々な目にあったオデュッセウスですが、神の怒りはまだ収まりません。神は試練としてオデュッセウスに「地上の最果てまで行って、死者の霊たちと交流し、預言者テイレシアスから助言をもらいなさい」と告げます。
オデュッセウスは試練を乗り越えるため、冥界の扉を開き死後の世界へ船を進めます。死後の世界なので当然辺りは一面闇に包まれており、不気味な雰囲気が漂います。
第3楽章冒頭:冥界へたどり着いたオデュッセウス
第3楽章冒頭はピアノ・ハープの不気味な響きと2台の銅羅の特殊奏法による印象的な始まり方をします。
ここは作曲者本人の解説にもある通り、冥界の扉を開けたシーンからスタートします。
銅羅といえばオケ曲ではチャイコフスキーの交響曲第6番「悲愴」の終楽章でも"死の象徴"として静かに鳴り響きます。
ワインダーク・シーのこの部分でも"死の象徴"として静かに鳴り響く銅鑼の音と、中低音楽器による暗い和音によって死後の世界の門が開く様子を表現しています。
第3楽章B〜:下船したオデュッセウスは足を進め、死者に捧げる動物の首を切り裂く
冥界にたどり着いたオデュッセウスは下船をして恐る恐る足を進めます。オデュッセウスはまだ生きているので、死後の世界側の住人からすると「なんでこんなところに生きている人間が居るんだ!」とあまり歓迎ムードではありません。
しかし、オデュッセウスは自分が招かれざる客であるということを事前に把握していますので準備万端です。死者に捧げる動物として現世から羊を連れて行きます。
現世から連れてきた羊、どうするかと言うと死者に捧げるためになんと首を切り裂いてしまいます!仕方ないとはいえ、なんと残酷な…。
練習記号Bから12/8拍子でテンポの速い音楽となり、木管低音群の不安定なビートによってオデュッセウスが少しずつ足を進める様子が表現されます。
不安定なビートの途中に絡んでくる木管高音楽器のソロはオデュッセウスの周りを飛び回る死者の霊でしょうか。こんな所までやってきたオデュッセウスを嘲笑っているかのような音楽です。
練習記号Dの3小節前、不安定な音楽が続き盛り上がりの頂点で(AとEのみなので第3音がありませんが)Amが強烈に鳴り響きます。
これはオデュッセウスが死者に捧げる動物の首を切り裂いた印象的な場面を描写しております。
第3楽章D〜:しつこく襲い掛かる死者の霊を振り払うオデュッセウス
オデュッセウスが動物の首を切り裂いたのををきっかけに死者の霊が次々とオデュッセウスに襲い掛かります。
ピアノのオスティナート(何度もしつこく繰り返される同じ音型)の上に木管楽器をはじめとした各楽器のソロが折り重なります。
ここのピアノと木管楽器はオデュッセウスの前にしつこく現れる死者の霊を、合いの手で入る金管楽器はそれを必死に振り払うオデュッセウスを表現しているかのようです。
第3楽章終盤:必死で抵抗するオデュッセウス。ついに故郷への光を見つける。
何度か盛り上がりを見せながら徐々に音楽は混沌としてきます。
必死に抵抗するオデュッセウスですが、最終的には死者の霊に囲まれ身動きが取れなくなってしまいます。万事休すか…と思ったその時、預言者テイレシアスが現れて故郷に帰るための方法を教えてくれ、死者の国の暗闇の中でオデュッセウスはついに希望の光を見つけることが出来ます。
第3楽章終盤(309小説目)で金管のファンファーレが輝かしく現れ、故郷に帰るための希望の光を見つけたオデュッセウスの気持ちを表現して楽曲が閉じられます。
無事に故郷に帰ったところで曲を終えるのではなく「オデュッセウスの旅はまだまだ続く…」という部分で閉じるあたり、『この先は君の目で確かめてくれ!』感があって良いですね!
収録CD
全曲版が収録されたCDが複数あるので、個人的に好みな4枚をピックアップして紹介します。Apple Music Classicalで聴き放題となっているCDもあるので、「現時点でApple Music Classicalで配信されているか」という点も併せて記載します。
※Apple Music Classicalの紹介noteもぜひ読んでいただければと思います!
1.ジェリー・ジャンキン指揮/テキサス大学ウィンドアンサンブル 『Wine Dark Sea』
この楽曲の委嘱団体であるジェリー・ジャンキン/テキサス大学WEによる演奏。金管楽器が安定しており、鳴りも凄まじいです。最後まで安心して聴ける1枚。
Apple Music Classicalでの配信:あり
2.ユージン・コーポロン指揮/ノース・テキサス・ウィンド・シンフォニー 『INVENTIONS』
テキサス大学の演奏よりも全体的にテンポを落としめでじっくりと聴かせる演奏。私は好きですがバストロンボーンの音、凶悪すぎませんかね。笑
Apple Music Classicalでの配信:あり
3.山本正治指揮/東京藝大ウィンドオーケストラ 『N.ヘス&J.マッキー』
日本が誇る東京藝大による演奏。セッション録音のためクオリティが非常に高く、楽譜にも忠実でオススメできる1枚。J.マッキーの『翡翠(Kingfishers Catch Fire)』も収録。
Apple Music Classicalでの配信:なし
4.シズオ・Z・クワハラ指揮/フィルハーモニック・ウインズ大阪(オオサカン) 『吹奏楽のための交響曲「ワイン・ダーク・シー」 -ジョン・マッキー作品集-』
関西のプロ吹奏楽団、オオサカンによるライブ演奏。
マッキーの人気曲『レッドライン・タンゴ』や、クリストファー・マーティン(Trp)が演奏するトランペット協奏曲『アンティーク・ヴァイオレンス(Antique Violences)』なども収録されており、J.マッキーの作品を色々と聴きたい方にオススメの1枚。ブックレットの解説も充実。
※ただし、肝心の『ワインダーク・シー』の演奏は、ライブ録音のため終盤にやや疲れも見えます。ですが、録音状態もよくオススメできる1枚です。
Apple Music Classicalでの配信:なし
最後に
3回に分けて解説をした吹奏楽のための交響詩「ワインダーク・シー」は30分程度の大作ですが、長大なストーリーの長編叙事詩「オデュッセイア」の要点を抜粋して作曲されており、非常にドラマティックな楽曲となっております。
J.マッキーは「レッドライン・タンゴ」や「アスファルト・カクテル」など、5分〜10分程度の短い楽曲でアレグロで駆け抜けるような楽曲が得意というイメージがあったのですが、30分を超える大曲でも飽きずに聴かせられるのはさすがですね…!
コンクールなどで一躍人気になった楽曲ですが、サブスクなどで全曲版も容易に聴けるようになったので、ぜひノーカットで聴いてほしい楽曲です。
また、この楽曲に取り組む際は長編叙事詩「オデュッセイア」のあらすじも知っておくと、より楽曲の理解が深まるかと思いました。
第3楽章のもととなった冥界下りのエピソードは以下のサイトなどがわかりやすいです。演奏の際はぜひこちらも参照していただければと思います!