恋愛の卒論を書きながら考えていたこと

恋愛の卒論を書き始めたあたりからnoteに書いていた恋愛や「好き」に関することをまとめました。後半はツイートも含んでいます。

6月19日

卒論のこと忘れてた!卒論書こうね〜。

アセクシャルの先行研究が無さすぎてウケてる。どうしましょうか。
そもそもなんでアセクシャルの研究したいか考えてみた。アセクシャルのことがわかりたいというより、この嗜好が理解されない多数派の世界な人は一体何を当たり前として生きているのかが知りたい。これを知らないと私はこの星にいつか絶望してしまうかもしれない。しないけど、しないけどね。あなたが私に絶望した時そんなこと言わないでと寄り添い合える人になりたいからですよ。

6月29日

かわいい🍰🐉

恋愛映画よりドラゴン映画←めっちゃアメリカ

AVENというコミュニティを見つけた(3、4回繰り返し読んでる論文の冒頭に載っていたのに気づいた)。
一番大きいアセクシャルコミュニティらしい。Q&Aの欄に何度も繰り返し「アセクシャルと自認したければしたらいいし、しなくてもいい、それはあなたの選択です」と書いていて良かった。名前のついた枠がある安心感と、枠に当てはまらなければならない怖さがあると思っていて、AVENではあくまでも「どう自認するかはあなたが決めることよ」と返していてよかった。別に当てはまらなくてもね、いいのよね。

アセクシャルに関する記述を読みながら「そう」「違う」がちゃんとあるけど、それでいいんですよ〜と思うようにしてる。アセクシャルの中にも多様性があって…
ある名前で当てはめると私は「アセクシャル・デミロマンティック・パンクセクシャル」で「他者に性的惹かれを感じない、性別関係なく信頼おける相手に恋愛感情を抱く人」になる。わかんないだろこんなこと言われても。別に言う機会なんてないからいいんだけど。
私が一貫して願っていることは「私は誰かを拒絶したくないし、あなたにも拒絶してほしくないし、拒絶されたくない」なので、話してくれたらわかる話😡話そ😡

相変わらず卒論は進まないけどあと30分でゼミが始まる。先行研究について書かなきゃいけないパワポは表紙合わせて今3枚。

ちゃんと卒論の方向性固まった!来週までに第1章書きおわんなきゃいけない、なんか何字かとかもあんまわかってないけどがんばる!

6月24日

卒論書いてる!就活より受験勉強より楽しい、卒論。
読んでる本に「『付き合う』という契約を交わすことをセックスをめぐる排他的な関係な設立と見做している」と書いてあってほらな!やっぱり!!となれて嬉しかった。
2年前一番良くなかった時期に友人に「付き合うって結局あなたとセックスしますよってことでしょ😡」と言ったら怒り返されたことがあったけど、やっぱりそうだった!そうであることとそれを口に出して言ってしまうデリカシーのなさは別問題だけど!

卒論書いてる間はしばらくこんなことを書いてしまうかも!ごめんなさいね、日記なので…

6月27日

今日読んでた本に「付き合う関係を了承することはセックスすることの了承であるから女性は男性にイニシアチブを握らせたがる」みたいなことが書いててかなりなるほどだった!これはかなりなるほど案件。私にはない感覚。
多分みんなにもない感覚で、性別関係なく優位に立ちたいから告白させたいと思うんだけど、なんとなく男が告るもん!みたいな固定観念が残ってるのはこういうところが由来してんだろうな!面白いね〜

私のパソコンもスマホも急にいっぱいセックスって打ち始めてびっくりしてそう、ごめんね

7月6日

恋愛の卒論、かなり恋愛から降りているもので側からみるとなんじゃこいつ…なんですけど、別に恋愛は不毛だと思っているわけではなくて むしろ恋愛は必要不可欠なのに「なんで必要不可欠か」がわからないのが面白くてめっちゃ変で、知りたいからテーマにしました。

7月10日

幼馴染とヒューマンフォールフラットしながら2時間恋愛の話をした。答え出ず。
私には今好きな人(仮定)がいて、この人に抱いている感情が恋愛感情か否かをずっと一緒に考えてもらった。途中「理解できないことを分かろうともできない人は不幸」みたいな話を挟みつつ…
恋愛とは体にしろ心にしろ、相手に与えて、相手にも与えてもらうことだと思っているんですけど、私は心だけで、それも与えられたらそれで良いと思っている(付き合いたい、にならない)から、それは恋愛感情ですか…?と思っています。何もいらないけど愛していたい、こんなに無償の愛なわけではなくて、どこかで「嬉しいと思ってもらいたい」「少しでも幸せにしたい」みたいな相手に作用する欲があって それは恋愛なのかなんなのか 恋愛とする必要はなくても、きっと大切な気持ちな気がします。
その人に対して「これは恋だ」と思った瞬間があって、そのまま何も考えずそうしてしまえばいいものを、私は立ち止まって考えてしまっている。みんなはきっとこれをせず感覚で恋愛ができてしまうのですね、すごいよ。

7月16日

恋愛云々以前に人の気持ちが全然わからないのかもしれない。分かりたいと思う気持ちはあれど、理解には及ばない。何かが欠けている。欠陥。

見えるものしか好きになれないから、と言っていたのは自分なのに忘れていた!見えないものを想像して傷つくのはアホらしいですよ!見えてるものが真実で、それを愛せているなら幸せと思いますが!

幼馴染と恋愛の話2回目、恋愛の話をするつもりはなかったけど、私がこれから関係性を築きたい人をご飯に誘ってもいいかと言う相談をしていたら恋バナみたいになっていた。駆け引き発生、これってもしかして「好き」ってこと〜⁉️
自分のことを自分以上に好きになってくれる人のことを好きになりたい、という欲 かなり欲ですね〜 恋愛っていかに自分に利益を与えてくれる相手を選ぶか、みたいなものと認識していて、そういう意味では一番だと思うのですが 
好きな人(既出)の好きなところは一緒にいる時の自分が好きで、この人と一緒にいたら私が私を世界一愛することができるからです😊

愛することしかできないから愛していきたいし、分かろうとすることをやめたくないけど、世界は誰も私をわかってくれないし愛してくれないから期待してはダメだよ…と思ってしまう!弱さ!単に他人に期待していないわけではなく、勝手に期待して、もしそうではなくて自分が傷ついてしまうのが怖いから、自分を守るために過度な期待はしないようにしていて…

7月17日

もしかしたらそうなるかもしれなくて、そうなった時に後悔したくないと言う理由で子宮頚がんワクチンを打ちに行くんですけど、もうそうなることがないと私は私で分かりきってるから、ただの隠蔽工作でしかないのかもしれない。

7月29日

10月11日

定期的に恋愛の進捗を聞いている友人(結婚することをゴールに恋愛をしている)が「彼氏は結婚する相手としては物足りないけど、今他に良い人はいないから別れない」と言っていたから「追う側じゃなくて追われる側の自覚があるんだね」と言ってしまったけど、かなりチクチク言葉だったかもしれない!でもその意識があるってことは対等じゃないと思います!キープとかの概念が生まれる相手と一生暮らしていけますか?

10月16日

己はアセクシャルだから己のような生き物のことを知って欲しいともちろん思うけど、ならまずわたしが世界の大多数のことを知らなきゃいけないと思って、だから恋愛の卒論を書きたいんですね😡
知ろうとしないのに知って欲しいなんて傲慢なんですよ、己の脳みそをひっくり返して初めて相手の脳みそを見られる気がしていて。お互い弱みも何も全て握り合って、そこからじゃないですか真の人間関係は。

10/17

好きって「嫌いにならない安心感がある」だと思って、でもそれって究極にはそうならない好きな部分がたくさんあることで、ああもう無限ループ

「好き」の内訳、大体は「その他全てを許せるくらい惚れてしまう才能/容姿がある」もしくは「嫌いにならない安心感がある」の2種類なのではないかと思いました。一緒にいて安心するって、ずっと好きでいられるということなのではないでしょうか、少なくとも私はそうです。

10月23日

英語圏のライバーの動画を見ていて、冷静に考えたらすごい、なんも全然違うんだなとカルチャーショックを受けた。
最初は性的なジョークを当たり前のように言うんだな、くらいに思ってたけど、なんかそうじゃなくて、もっとずっと、今私が見てる社会よりもっとずっと先を歩いてるんだと気づいた。
名前のついたセクシャリティを様々知ってるのもあるけど、日本では"見えない/見えないから存在しないとされてるセクシャリティ"がちゃんとそこにいて、生きていて、みんながそれを認知して、それが当たり前のように話してる。すごい。
でもその中でも私たちが知るようなマイノリティの苦悩はあって、苦しんでる人もちゃんといる。
私の今生きている世界は、どれだけ後方からこれを見てるんだ。ずっと後ろから見ている、私も。
私が英語圏のライバーの動画を見なければこんな世界があるなんて思いもしなかった。
もちろん話している人たちは出役だから、エンタメにする以上ある程度の誇張はあるかもしれないけど、本当にこうなれば良いなと思った。

なんで、こうなれないんだこの世界は。

この先も、見えない誰かのことをみんなは知らないまま生きていくよきっと。知らないところで傷つけてることすら目に見えない世界だから仕方ないよ。仕方ないのよ。この世界では、それはもう存在すらしてないんだから。
声をあげてるんだよ、ずっと声をあげてる なんでまだ見えないんだ。なんでずっと他人事なんだ。目の前の誰かを自分で傷つけて、その血が見えるまではずっと、みんなずっと知らないままだよ。怖いよ。嫌だなあ。

こうあんまり、やっぱり難しいからこの話は、あんまり大きな視野で考えたり見えるところに書いたりはしないようにしていたけど、あまりにも私の見えていた世界は、私の思い描く世界より遠くにあったみたいですね!!!!
私だけでも、私だけでも目の前の人を傷つけないようにしたいと思うけれど、私だけじゃ無理に決まってますよね!!!!

(一回寝た)

起きた!攻撃だけをしているからもう一度考え直した!
一番は「日本は遅れてるよ😡」ではなく、もっと歩いた先にもっと良い世界があると気づいた嬉しさだったと思う。でも、歩いた先の世界でも想像できる苦悩や苦痛は何もなくなっていなくて、じゃあいつになるんだと思ってしまった。

第一に、私がそれに何かしているわけじゃなくて、本当にただ見て分析して勝手に絶望しているだけで
でも何度も書いてるけど結局は1人でも10人でも100人でももっともっと多くても世界を変えるには難しくて、だからせめて目の前の人だけは傷つけたくないと思っていて、傷つけないでほしいと思ってしまって 
あなたの見える世界、あなたに影響が及ぶ世界、あなたが影響を及ぼす世界だけは、愛を信じられる世界であってほしいから、私が私を許せる範囲でこうやって記録してちょっと公開しているという現状があります。ただ攻撃したいだけの人に見つかる方が困るからこんなに閉じられたところでしか書けないけど 

いやもしかしたらもう世界のみんなは知っていて、心に秘めているだけかもしれない。それでも良いや、知らない知らない 
もしまだ何も知らない人がいたら届けば良いな。偉そうかな。偉そうだな。
私が高尚なわけでも、そうやって発信する人が、見えるところで話しているライバーが、特別でえらいわけじゃなくて ただそれが当たり前で、当たり前になってほしいだけなんだよなきっと
何も特別じゃなくて、あなたにとっても当たり前になって良いんですよ 

説教じみた書き方しかできなくなって悔しいな。これはもっと私が伝えるのを上手くならなきゃいけない。
私は他人と関わることを諦めないし、手の届く範囲の人が幸せに生きていけるように共に呼吸できる人間でありたい。今まで私と出会ってくれた人が私にそうしてくれたように。

恵まれすぎてる。どう考えても。
この考えを持つことができた私は恵まれてる。

世界を信じすぎてるかも!と思った!良いだろ別に!
普通に恋愛以外の愛を知っていて羨ましいとかもあった!

まだ信じてるよ全てを!
この星でしか生きていけないんだから!苦しくても辛くてもね!じゃあこの星のほとんどが闇だとしても、光があることを知っている私は、光があると教えてもらった私は、それを信じて生きていきたいのですね!!
もしかして、主人公かも!?

10月28日

卒論、やばい!ちゃんと章ごとに締切を設定するゼミ(ありがとう)なおかげで若干詰みかけてる!うそ!そこまでじゃない!私はわからないなりに書いてるけど、これ多分わかる人が読んだらむっちゃつまらんやろうなとか思ってる!
調べることも書くことも楽しいんだけど、終わりが見えなくて困ってる。私、困ってます。

11月7日

生殖記を読みました。
多分もっと考えたことはたくさんあるけれど、今まで以上に"私"が出てきて驚いた。私は私の外から"私"が出てくると異様に驚いて異様に泣いてしまう。この感情の昂りはどこから来ているのかいまだにわからない。安心なのか驚きなのか。
ずっと書いている他人に対することは、ずっと自分に向けてきた言葉であると再認識した。他人に対する絶望は私に対する絶望で、他人に対する希望は私に対する希望だった。
私も、将来の私が誰かに石を投げるような、刃を向けるような、そんな人になってほしくないよ。

もう一回読みたい!すごく良かった。みんなは何を思いましたか?絶望ですか、希望ですか?
私は、希望です。今見えている曖昧で明確な次がもたらしてくれるであろう幸福に対する希望です。

noteは本の感想がたくさん出てきて素晴らしいですね!生殖記を読んだことで構成員であることに気づき絶望している人がいてかわいそう…と思いました。世の中知らずに生きていた方がきっと己は幸せなまま死ねるからね。

私は生まれてからずっと恵まれた環境で育ってきたので、漠然と他人とは違うんだろうなと気づいてからもなんら変わらず恵まれた人生を歩ませてもらっていました、しかし…
2年前、初めて、明確に、「そんなあなたはおかしいですよ?そうならば、あなたはこちら側ではなく向こう側です。」と線引きをされて初めて、ああこれは、もしかしたら大変なのかも知れないと気づきました。でも次の瞬間には、私はこれにはなってはいけないと思いました。一瞬、この人に対して怒りや絶望や悲しみを覚えたけれど、あくまでそれはそれで、この世にごまんといるこの人たちに同じように刃を向けることが私のやりたいことではないと思いました。
私がこの人たちのようにわからないからと誰かを傷つけてしまいたくない、だってそれってかなり愚かで可哀想だから…愚かで可哀想って思われたくないし…
むちむちで可哀想な人たちに、無知ゆえにその刃を向けてはいけないよと気づいて欲しいと願うのは、また私もこの時の気持ちを忘れて、この世に対する絶望を誰かを傷つける刃にしてしまいかねないからで、やっぱり全て私のためなんですね。良い人生。

これに気づけたのって結局私が恵まれているからで!生殖記に出てきた"私"も同じように「恵まれている」と言っていて少し安心した。
恵まれていると自覚したいのは自慢したいからではなくて、私のあたりまえを他人のあたりまえとしないためのおまじないです。

11月10日

みんなのあたりまえが存在していないことを証明する。
ないものを証明し続けなければならない呪いと、ずうっといっしょにいきていくよ。

11月14日

また脳みそをひっくり返しながら話してしまったのだけど、私のそれに対して否定することないどころか一緒に考えながら聞いてくれて、嬉しかったけど気づいてなさそうだったからあなたのそういうところは誇れる部分ですよ‼️😡とキレてしまった。本当にマジで大好きなんだけど、恋愛感情じゃなくて、恋愛感情じゃなくてよかったな〜と思ってる。今日2人して「あの時なんとなく付き合うみたいな感じにしなくてよかったね」と言いあった。

11月26日

「花束みたいな恋をした」をベースに卒論を進めることになった。「花束みたいな恋をした」のことは大嫌いだけど、すごく面白い映画だと思っています。大好き😊
noteであらゆる感想を見ながら、私は麦くんにならないように、今、たくさんの「好き」を手放すまいと奔走しているのだと気づいた。私にとってのその「好き」は、君の「好き」とは違って、アクセサリーじゃなくて、共に生き共に墓場に入る血肉であると。
わからない、時間もお金も余裕もなくなったらその血肉すらすり減らすようになってしまうのかもしれないね。

この記事がかなり全てを書いていて良かった。
「花束みたいな恋をした」は普遍的であるから共感され支持されたのだと思っていたけど、その先には「あなたたちは特別ではなくただのありふれた存在だったのだよ」という特大皮肉が待っていたのだというのか⁉️

特別であることに憧れて、自分がそうであることを信じて、それを成立させるために普遍的なものを否定してしまう気持ちはとてもわかる。わかるのだよ。わかるけど、でも私は健全に、普通に憧れているんだよ。こんな捻くれた考えでしか自分も他人も守れない人間より、手放しに自分が特別だ、と愛せる人間の方が幸せに死ねる。
普通に恋愛できる人生だったら、もっと何も知らずに考えずに生きていけたのかしら。

花束みたいな恋をしたのこと「付き合わなかったらうまく行ったのに」と思ってたけど、多分付き合ってなかったら大学卒業してぼんやり疎遠になって終わってたんだろうな 別に麦くんも絹ちゃんも特別じゃないし、特別同士じゃないから。

私が何が特別で何が美しくて何が楽しいのかわからないことを、分かろうとしなくても嬉しい、楽しいと思える人たちが羨ましいとは思っていますよ。側から見たそれがどんなにありきたりで普遍的なものでも特別だと信じていたらそれは特別なので…
花束みたいな恋をしたのずるいところは「それは特別ではなくありきたりで普遍的なものですよ」と描いているのにも関わらず、「それでも、あなたが美しいと思ったそれは間違いなく美しかったよ」と終わらせているところだと思います。だからあのオチ嫌いなんだよきしょくて😡

ごめんなんか色々書いてるけど結局私は「いやでもセックスしてるしなぁ」があるから理解はできない😭セックスしてるもん、セックスしなかったら特別だったのに😭てめえがセックスしたからありきたりになったんじゃん勝手に特別にすり替えんなよキショいねん😭

いやでもわかるよ(わからない)、セックス先の恋愛後だもんね、そもそもセックスを正当化するための恋愛だもんそりゃ恋愛するためにセックスもするよね…

花束みたいな恋をしたのことを理解できても、恋愛に親愛感情と性愛感情の両方があって、それをあたかも両立させてるかのように振る舞って「恋愛する」をしている人たちのことは多分一生理解できない。やっぱり恋愛したいのってセックスしたいからですか?

11月27日

絹ちゃんも麦くんも自分と同じものが好きな相手を認めて愛することで自分を愛そうとしてたんですか?

それな

11月28日

人はなぜ恋愛をしてしまうのか、愛した分愛されたいからですか?
性愛感情は見返りを求めた愛だと教授に言われたのだけど、それがわかりやすく愛し愛されるをできるからそれをしていて…そもそも恋愛を恋愛として成り立たせるためには「愛し愛される」が必要、ってことですか!?

私の好きってかなり無償の愛なので…(私の好きってかなり無償の愛なので…?)
全部がそうではないけど、そうではない好きのことを嫌っている節はある。見返りを求めるなんて愛として破綻してると思うので。

花束みたいな恋をしたの感想noteめちゃくちゃ読んでるけど、花束みたいな恋をしたのことを愚作と書いているnoteは今んところないです。花束みたいな恋をしたの賛否は作品のクオリティに対する賛否というよりは面白いと感じられたか否か、共感できたか否かな気がする 共感できなかった理由まで考えられる人は面白いと思いますよ🎶

中学の同級生同士で長く付き合っていた子に「なんのために付き合ってるの?」「結婚したいとかではないの?」という最悪質問をしたことがある、最悪質問にも関わらず「結婚とか重いから、今は今が楽しければいいなと思って付き合ってる」と返されて、本当に意味がわからなくて頭抱えたけど、恋愛するってこういうことなんだなぁって今ならわかる 理解はできないけど、わかる。

麦くんが今村夏子のピクニックを読んでも何も感じない面接官に怒ってたのは、そんな社会が許せないんじゃなくて絹ちゃんを泣かせたから許せなかった、だけ‼️
そう言われた絹ちゃんは今村夏子のピクニックを読んで何も感じない人間は私とは分かり合えない向こう側の人たちだから切り捨てて生きちゃえばいいんだ!と思ってしまったのに

私が卒業して就職するために必死になっている大学4年11月、絹ちゃんは就活を辞めジェラート店でバイトを始めています。

ずっと一貫して恋愛じゃなかったら特別のままだったのに!と思っていたけど昨日話しながら「恋愛になったからありきたりなものと同じになったんだ」という意見はあくまで第三者目線で、当事者にとっては恋愛にすることでより特別になるんだよと言われて 完 全 敗 北

11月29日

麦くんがガスタンクにハマって、ガスタンク撮るために都内各地を回って、3時間の映画を作ったのは、たとえ本当にガスタンクを好きでなかったとしてもすごいです。
これだけ時間さえかければ「ガスタンクにハマって映画まで作っちゃうような私」というアイデンティティを作ることが可能なのです!そういう世の中

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どんなに学校が辛くて未来が見えなくて絶望していても、ラジオにたくさんメールを送り、採用されることで自我を保っていた頃の私に刺したい。この言葉を、突き刺したい。突き刺したいけど、でもあの頃「好きなものに時間をかける」をできていなかったら、私は死んでいたかもしれない。私という自我は消えて無くなっていたかもしれない。あなたが「好きなものに時間とお金をかける」をすることで、あなたらしくいられるなら、悪ではないよ。どうか死なないで欲しい。
ただ、それだけがあなたではないよと思うのよ。別に好きにお金と時間をかけていなくてもあなたあなたらしく生きられるし、あなたはあなたよ。きっと、時間とお金に隠れて見えなくなってるだけで、あなたの本当の部分はちゃんと存在しているから。
本当の部分を知らないと、「好き」が好きじゃなくなった時、あなたが死んでしまうよ!それって勿体無いよ!!!!!

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好きの言語化運動のCM

自分と同じものを好きな人を肯定して好きになることで自分のことも好きになる、肯定できるという感覚
逆をいえば好きな人(推しなどを含む)の好きなものを好きになることで、好きな人の好きなものになるという錯覚に陥ることが叶姉妹?なるほど?すごいね?

花束みたいな恋をした5回見て、5回目が一番好きだったけど 最後背中越しに手振り合うのだけ毎回新鮮にキモくて良い。
このシーンがないとみんな(麦くんと絹ちゃんみたいな恋愛の経験があるみんな)が食らったまま終わっちゃうから ただこのシーンのせいでみんながみんなの恋愛を美しいものとして肯定できちゃう恐ろしいシーンでもある。

11月30日

2万字になっても卒論の終わりが見えません。卒論の終わりが見えていないのにライブ2つとげメに行きました。間1時間ずつマックで卒論書きました。何がしたいんですか。

ひとつわかったことは、花束みたいな恋をしたのことを分析したところで、恋愛のことは何もわからないということ。
他人の恋愛は私のためにできてないからつまらなくて当然ということ。

つまらないというか、何が特別かわからない。
つまらなくはない、最も理解できない幸せの可能性を秘めてると思うと一番面白い。

12月2日

きのこ帝国の「クロノスタシス」を花束みたいな恋をしたきっかけで知ったから、この曲を聴くことが麦くんと絹ちゃんのこととか、あのなんとも言えず胸の辺りがざわつく大学生のこととか、卒論がしんどくて楽しいこととか、自分が恋愛を分からないまま死んでいくことを思い出させるトリガーとなった。

マイノリティの人たちがカミングアウトに悩むのは、自分の大切な人と大切な人を守るためにはそれをしなくちゃいけない瞬間が必ずあるからだと思って 一方でアセクシャルは多分、一生隠そうと思えば隠すことができる。ないことを証明するのは難しいけど、ないことは存在しないから、言わなくちゃないこともバレないからね。なんなんだろう、でももし私がこの先パートナーができたり、結婚するってなった時、それを誰かに紹介する時、世界にありふれたカップルと同じだと勝手に決めつけられるのは、とても気に食わない。なんで勝手にセックスしてるって決めつけられなきゃいけないんだ。

卒論の資料用に書いたけど冷静に考えて「告白」の中に
これが暗黙のうちに内包されてるのやばすぎる
ちゃんと言って確認したほうがいいですよ。

私が気づいてないだけでこのようなことは世界に溢れているんだろうけど、にしてもこれを直接確認せず関係成立の約束を交わすことが当たり前として認識されているのは、普通に変 面白すぎる

12月4日

一応「書き終わりました」と言えるくらいには卒論らしくなったので提出した。結論は出なかったので「調べてみた結果、わかんなかった!」と書いた。これが仕事で書いている論文なら大目玉を喰らうだろうが、私のためだけの研究なので許して欲しい。

愛とは脳や心のバグだという話を聞いた。そのバグは子孫繁栄したいという本能をより効果的するために相手に対して盲目的になるよう人間は進化したらしい。この「子孫を産む相手に対して盲目的になる」というのが恋愛感情ですね。
私にはそもそも子孫繁栄したいという本能が備わってないのでバグ1、そのあと恋愛感情が備わった向こうの皆さんもバグ1で、おあいこな気がします。

なんとルンルンさんが私の卒論みたいな話をしていた!嬉しい😊
愛はバグなのだ、最高すぎる!とこの獣が言っていました。嬉しい、脳のバグで激情を巻き起こす知性ある生き物たち、最高ですね😊

この配信のこと思い出したおかげで卒論が結論に向かっていってくれました。ありがとう。

12月5日

元気がないですね!元気がない気がします!
なんで元気がないのか考えながら、私ってああ麦くんと一緒だよなと思いました。でも、何かを好きであることをアイデンティティにできないことを知ってしまっているので、今の私が何者かになる方法が何もない。いいな麦くんは、絹ちゃんに愛されてるだけで自己を保てるのだから。恋愛ができたら私もそうなれたのか。
バイト先のヘルプの人に恋愛できない話をしたら「夜とか寂しくないですか!?」と言われ、寂しくねえだろと思ってたけど、こういうことかも。
ただ私は愛されてないから元気がないんじゃない気がする(愛されてるし)。今誰かに愛されたところで元気になると思えない。むしろ何かを愛している時間の方が幸せで、それがちょっと離れかけているから元気ないのかも!
卒論のせいで見られるコンテンツが板橋ハウスのみになっていたけど終わったことでまた色々見る時間ができるので徐々に回復する見通し。よかったです。

これ書いた後M-1決勝進出者発表会見見てばり元気出た、そういうこと

12月7日

私の愛は無償の愛だから何も返さないでください、と思うのに人からの愛は私も返さなきゃと思ってしまう、結局私はそうなのです。あなたの愛と私の愛がどちらも別々の世界で生きていたら良かったのに。

私が恋人はいらないけど結婚したくて家族になりたいのは無償の愛を送り合いたいからかもしれない。私の家族はきっとずっと無償の愛を送り続けている。これは親が私たちに子供としての見返りを求めなかったからで、だから私たちは自然と無償の愛を送り続けてる。家族でない特別なあなたとも、私はそうなりたい。

12月9日

卒論のエピローグみたいな出来事があった(起こした)。つまり、卒論のプロローグみたいな出来事もあったということ。
面と向かって「理解し難い」という顔をされてぐわっとなってなんかかなしい気持ちになった気もしたけど、あくまでその時の感情で、今思うとそれすらも希望だと感じる。
今日この時のことをぐるぐる考えながら、理解できないことは拒絶じゃないんだと思った。
理解しようとしない人、むちむちで可哀想な人はそれゆえに拒絶して傷つけることがあるけれど、「理解できないこと」はもちろん存在しているから、理解できないことは悪じゃない。拒絶じゃない。
きっと目の前で理解し難いという顔をしながら、どうにか理解の糸を見つけようとしていてくれたと思う。わからないけど、人間ってまずはそうすると思います。そうしてほしい。ごめん、しようよ。
理解できない、私だって理解できない、むしろ私の方がこの世には理解できないことが多くて、何度もあの顔をしてきた。
誰も理解できない私を否定しなかった。もちろん私が理解できないのは多数派の意見だから「私1人が理解できないとて」ではあるんだけど、それでも向こう側のみんなは私の理解できないという気持ちを拒絶と受け取らなかった。今の私はかなり理解される側だから、受け入れてもらう側だから、この先この顔を見る機会は多いかもしれない。その度に、この人たちが生きる世界で明日からも生きていかなきゃいけない絶望を知らしめられるかもしれない。でもこうやって言葉にして、伝えて、少しでも歩み寄ることができたら、私の手の届く世界が少し広がって、私が幸せにしたい世界も広がると思います。そうなると嬉しい。嬉しいのだよ。
私のことはいないことにできるとやっぱり思う。私みたいな人間がいない世界は私が黙ってたらいくらでも作れるし、今生きる世界はまだそういう世界だと思う。でも、知って欲しいよ。知って欲しいのよ。私がいるのよ。私という人間はこうして絶望しながら、光を知ってるから、幸せに同じ世界を生きてるのよ。幸せなのよ、あなたの知らない幸せを私は知っていて、私の知らない幸せをあなたは噛み締められるの。

きっかけをくれてありがとう!「男女の友情はないのでいつか終わりが来ます。」に抗い続けながら、これからも幸せに生きていきます!
まかせてよ!!!あたししあわせよ!!!!



最後に、花束みたいな恋をしたを6回見ていろんな人の感想も読んで考えたふたりのこと。

絹ちゃんは一貫してこだわりの強い子だった。自分が好きなものが好き、やりたいことをやりたい、私が特別で普通に迎合している周りが信じられなくて、みんなが楽しんでいるようなありきたりな恋愛なんて時間の無駄。だから私と同じものを好きな麦くんと運命的な出会いをして、みんなとは違う私だけの特別な麦くんと特別な恋愛ができて私ってやっぱり特別だったんだと気付く。絹ちゃんは麦くんと違って多分本当にカルチャーが好きだったから、自分の好きなカルチャー、ひいてはそれが好きな自分自身を認めてもらえたことが嬉しかった。恋愛は二人だけの閉鎖的な空間で、それをいかに特別にできるか(特別だと錯覚できるか)が重要だと思う。絹ちゃんはそれが強いから、もう特別でも何ともなくなった麦くんのことはまた好きになれなかった。麦くんは普通になっちゃったけど、私は好きを仕事にしたくて、合わないことはやりたくなくて、収入が少なくてもカルチャーに触れられてたら幸せと感じる、普通じゃない人だから。普通の人と、普通に幸せにはなれないよ。
最後のファミレスで、麦くんが泣いたのは「あの頃の二人にはもう戻れないと気付いたから」だけど、絹ちゃんは「特別だと思っていたあの時の麦くんも、二人も、今日までの私も、全部ありふれたもので、大嫌いな普通と何にも変わらなかったんだ」という絶望で泣いたんだろうな。
絹ちゃんはずっと麦くんがまたあの頃の私と同じ特別な麦くんに戻ってくれるって信じてたんだろうな!当たり前じゃん就活説明会行くより二人の時間が大切だった二人なんだから!辛い就活なんてやめてやりたいことだけやろうよって背中押してくれたのは麦くんだったんだから!一人ぼっちで守ろうとしていた特別を、一緒に守ろうとしてくれたんだから!今の私が特別なのは、麦くんが「そんな私」を好きになってくれたからだよ!
絹ちゃんはカルチャーが好きだったけど同じくらいカルチャーが好きな自分も好きだったと思う。

就職して変わってしまった麦くんの解釈が人によって異なるのが気になる。私は就職して絹ちゃんと一緒に過ごすためのお金と時間が、そんなに好きじゃなかったカルチャーより優先順位が上がって、カルチャーはやっぱり大切ではなかったんじゃないかって気がしている。
麦くんは自分が普通であることに気づいていて、それでも何者かになりたくて、でも何者かになりたいと願っていることが「ださいこと」だって知っている。だから店員が来たらミイラ展のパンフレットは隠すし、絵で仕事したいと思っていることも本心なはずなのに「笑うとこですよ」と自分で茶化して、「遊びを仕事に、仕事を遊びに」というキャッチコピーを「ださ」と一蹴できてしまう。それでも、本当は何者かになりたいから、「私山音さんの絵、好きです」という言葉にときめいた、何者にも慣れない自分が絹ちゃんにとっての特別になれたから。絹ちゃんはきっと「夢を追う人を馬鹿にせず、応援できちゃう私」に酔っていたのだと思うけど。
絹ちゃんが好きと言ってくれたから、絵で稼いでいきたいと思ったはずなのにな。違うのかな。多分絹ちゃんを夜職で働かせちゃうことになるくらいなら、絵なんて捨てられたんだろうな。麦くんは絹ちゃんのために絹ちゃんのことすら見えないくらいがむしゃらになっちゃった。
麦くんは好きのパッチワークで塗り固めて初めてなりたい自分になれていて、絹ちゃんはそんな麦くんを好きになったのに、麦くんは「自分を何者かにしてくれる絹ちゃん」のために偽りのパッチワークを脱いでしまって、その麦くんはもう絹ちゃんが好きになった麦くんではなくなってしまっていたんだね。
大学生というお金と時間はあるのに高校までのようにレールがないから自分を試される期間、恐ろしい!だから麦くんは時間とお金を「何者かになること」に費やしてしまったということなのか。

絹ちゃんは二人で特別だったから嬉しくて、麦くんは絹ちゃんの特別だったから嬉しかった。



もし「花束みたいな恋をした」を見たことがあったら、教えてください。

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