見出し画像

裏切られない孤独

筋肉は裏切らない、と人は言う。筋肉は裏切りはしないが、嘘もつかないので去るのも早い、と己の身体を見て思う。裏切らない系の仲間でいえば、掃除。アイツも随分と裏切らない。磨き上げた台所の床、細いノズルで掃除機をかけた四隅。掃除は、費やした時間分の見返りをきちんとくれる。

ところが、掃除は裏切らないが弱い。使われた食器、脱ぎ捨てられた靴下、あちらこちらに散らばるレゴ。きれいに整った空間は、生活によってすぐさま崩されていく。

我が家の構成員は、私のほかに40歳と8歳。8歳が2歳だった頃に比べれば、嵐の後のように部屋が散らかることはない。オムツ(未使用)がまき散らされることもないし、畳んだばかりの服を雪崩のように崩されることもない。当時は夕食の支度をしようものなら、30秒に1回「おかあああさあああん」みたいな感じだったから、それを思えば今は凪だ。

まあでも、8歳は8歳で30個ほどのありったけのぬいぐるみをソファーの隙間に詰めたりするのだから、パワーに溢れた何かが家にいることには変わりはない。だから週末、清々しいリビングを見渡し掃除機をしまい戻ったところ、カーペットに広がった色とりどりのビーズを目にする、なんてことはよくある。30秒前にきれいにしたばかりですが……? と脳内でつぶやきつつ、私は誰かと一緒に暮らしているんだなあ、と想う。


初めて一人で暮らした三鷹の学生マンションは、狭かった。キッチンが文字通り玄関にあって、靴箱の上に食器カゴを置いていた。部屋は備え付けのベッドと勉強机と本棚と収納棚ですでにいっぱいで、ユニットバスはあるけれど洗濯機は共用場を利用した。各階に備え付けの掃除機があり、部屋から出て数歩先に掃除機はあったのだけれど、18歳の私はわざわざ廊下に出るのも面倒で基本はコロコロでカーペットに落ちた髪の毛を取るなどして、掃除機をかける、というのはなかなかの大仕事だった。

あれはたぶん、引っ越して来てそんなに日が経っていない4月の朝だった。一人暮らしを張り切る余裕のあった私は、週末の内にシーツと布団カバーを洗濯し、ユニットバスのわずかな垢を落とし、人ひとり座ったら見えなくなるスペースのカーペットに掃除機をかけた。目覚めて、片付いた部屋で薄切りの食パンと牛乳で朝食を済ませ、覚えたばかりの化粧をして、忘れずに鍵をかけ、まだ体に馴染まない春の街に出て行った。

夕方、大学から帰宅して部屋の鍵を開ける。重いドアを押して視界に入ってきたのは、朝と何一つ変わっていない風景だった。靴箱の上の食器カゴに伏せた白いお皿も、開きっぱなしのカーテンも、シワを伸ばした掛布団も、何一つ、私が朝この部屋を出て行ったときから動いていなかった。

誰も、この空間に触れる人がいない。自分以外は。タオルも汚れない、カーペットは散らからない、冷蔵庫の牛乳も減らない。なんなら、トースターで焼いたパンの匂いがまだ漂っているような気さえする。朝から何時間も経っているのに、そこだけ保存されてしまったような部屋を眺めながら、私はひとりで暮らしているんだな、と強く思った。

それは、引っ越してきた初日、付き添いできた母を駅まで見送ってはじめて一人でこの部屋に足を踏み入れた午後よりも、一人暮らしを肌に感じる景色だった。


そこから何年間にわたり、抜け出したままの形に膨らんだ布団や、シンクで水に浸された食器に、なんども一人で暮らしていることを想った。

「裏切られない孤独」ってタイトルをつけたけれど、あれを「孤独」と呼ぶのが相応しいかはちょっとわからない。東京の三鷹で一人で暮らしていた20年近く昔の自分のことを、寂しかったとも大変だったとも思うし、それとは別の角度から、懐かしく羨ましいと思うこともできる。

全て私だけだったあの部屋。

子が2歳だった頃の嵐の日々を、大変だったなあ、と距離をとって思い出すようになったのと同じように、今の8歳との暮らしだっていつか違う風に見るようになる。

だからかもしれないけれど、リビングに点々と広がる紙切れや段ボール、シールに色鉛筆を見て「もー」とため息をついたり、「一緒に片付けるよー」と子どもに呼びかけたりするときに、胸の奥のほうであの部屋の景色がゆらりと浮かんだりする。


いいなと思ったら応援しよう!