上原ひろみのライブに行ってきた話:与えられた役割を生きるだけでいい
1. 奇跡的に手に入った1列目のチケット
ライブ会場に足を踏み入れるとき、私はまだ半信半疑だった。「本当にここが1列目?」
チケットを手に入れたのは、偶然が重なった奇跡のような話だった。
ピアノを習っている息子の影響で、上原ひろみさんの音楽に興味を持ち、YouTubeで演奏を見るようになったのは最近のこと。「一度でいいから生で演奏を聴いてみたい」と思っていた矢先、彼女のライブツアーが近くの会場で行われることを知った。
とはいえ、人気アーティストだからチケットはすぐに完売。どうしても諦められず、ネットでチケットを探していたら、「チケットジャム」というサイトで1列目の席が出品されているのを見つけた。値段は少し張ったけど、思い切って購入。「一生に一度の機会」と自分に言い聞かせた。
当日、息子と一緒に向かったのは大宮ソニックシティ。会場に着いてから、何度も座席表を確認し、「これ本当に1列目?詐欺じゃないよね?」と疑り深い性格を発揮してしまう。それでも案内された席に座ると、本当にステージの目の前だった。「すごいよ、すごいよ!」と息子に話しかける私に、「お母さん、落ち着いて…」と苦笑いする息子。
2. ライブの臨場感と息子の意外な反応
ライブが始まると、私たちは音の洪水に飲み込まれた。
YouTubeで見ていた上原ひろみさんの演奏は何度も見ていたけれど、ライブ会場の空気感は全く違った。彼女の指先が鍵盤の上を駆け巡るたびに、生きた音楽が会場全体を満たし、体に響く。そのエネルギーに圧倒されるばかりだった。ま、漫画や、ブルージャイアントや。。。。
息子はというと、私以上にノリノリだった。ピアノを習っていることもあって、彼のほうが音楽の素養があるのだろう。リズムに合わせて体を揺らし、すっかり音楽に夢中になっている姿が新鮮だった。普段は冷静でクールな息子だけに、そんな姿を見られたことが少し嬉しくて、誇らしくて、私はそれだけでも来た甲斐があったと感じていた。
そして、私自身はというと、ステージ上の上原ひろみさんに視線が釘付けだった。何度も「あれ、目が合った?」「もしかして彼女、友達だったっけ?」と妄想爆走。
3. 思えば遠くへ来たもんだ
実は、上原ひろみさんと私は同い年。高校も隣同士だった。
だけど、あの頃の私はH市という地方都市で、文化的な刺激もほとんどない環境にいて、ただ腐っていた。学校と家の往復だけ。友達と適当に話をして時間を潰すだけ。なんとなく「自分には何か特別なものがあるはず」と思いつつも、どうしていいかわからず、日々を漫然と過ごしていた。
そんな田舎だから、有名人なんてほとんどいない。唯一、記憶に残っているのが「極悪女王」ダンプ松本のプロレス試合を見に行ったこと。鉄パイプを振り回しながらリングを暴れ回る彼女を見て、「田舎に来る有名人って、こういうタイプか…」と思ったのを覚えている。
4. 小さい頃の「役割」に関する妄想
小さい頃、私は「この世界はみんな役者でできているんじゃないか」と妄想していた。
それぞれの人に見えない台本が渡されていて、指示通りに動く。それがこの世界の仕組みなんだと思っていた。
親切にされることも、理不尽なことを言われるのも、きっと台本通り。自分がどうこうできるものではなく、ただその役を受け入れるしかない。
大人になった今でも、あの妄想は心のどこかに残っている。
5. 勇気を出して手を振ったその後
ライブの最後、アンコールも終わり、会場の空気が少しずつ日常に戻っていく頃。私は思い切って手を振った。
隣にいたおばさまが突然話しかけてきた。「手振ってくれてましたよね!」と満面の笑みで言われ、私は「ですよね!ちゃんと見えましたよね?」と思わず返してしまう。
6. 自分の芝生を育てる
あのライブを通じて思ったのは、「他人と比べなくてもいい」ということだった。上原ひろみさんは世界を舞台にしたスーパースター。それに比べると、私はフリーランスの母として日々を生きるだけの存在だ。
それでもいいんだ。自分には自分の役割がある。