問い。そしてあの人の幸せが。

今日も残業。3日連続の残業は嫌になる。
社会人3ヶ月目にして私は社会で働くということの痛みを知った。
疲れのせいか、この数日あの人の夢を見る。
大学時代の唯一の恋人。
夢に出てきては私に優しくして去っていく。別れた時も優しくしてくれたっけな。
あの頃よく通ってたバーにでも顔を出して癒してもらおうかとすぐに帰路に着くのではなく寄り道をした。
「いらっしゃい、久しぶりだね」
マスターの優しい声が聞こえてきた。
うん、久しぶりと返す。
「君たちが来なくなって寂しかったんだよ、何してたの?修行?」とおどけた調子で尋ねてくるのは相変わらずのようだった。
いつでも寂しいでしょ、と笑いながらと今だに閑散としてる店をいじってみる。
「もう卒業して働いてるんだっけ?その様子じゃ荒波に揉まれてるんだ?」
まぁね、と肩をすくめる。いつものウーロンハイ濃いめをあおり、ふぅと一息をつき、一服する。
「変わらずピースを吸ってるんだ、安心したよ」
この人は昔から同じ銘柄を吸うからと、友人として扱ってくれる。
「この間ね、来たよ」
え?あいつが?と咄嗟に大きな声が出てしまう。
「心配してたよ、自分から振っといて心配するのもなんだけどって」
変わらないなと心の中で呟く。
「今は新しい人がいて結婚も考えてるらしいんだけどね、今度は友達としてでも良いからやり直せないかって後悔してた」
バカじゃないの、と思わず心の声が口を出てしまう。
「あんたはどうなんだい?別れて2年近くでしょ。どっちかでもやり直したいとか思わないの?」
思うよ、そりゃ。と最近夢に出てくることと一緒に告げる。
『でもね、私にとってあの人がそうであったように、あの人にはいまはもうその存在がいるの。だから、もういいの。』
「ふぅん、相変わらず優しいのね」
逃げてるだけだよ、笑う。その目にはきっと涙が浮かんでいただろう。気づかれたくない、たとえマスターにでも。この店が暗くてよかった。
「そうだ、最近失恋した子に聞くハマってる質問があるんだけどね」
なに、急に話変えるじゃん、と驚きを隠せない私をよそにマスターは続ける。
「世界から綺麗さっぱり無くせるものと、何が何でも永遠に無くせないものを一つずつ選べるとしたら何を選ぶ?ってやつなんだけどね。あんたは何を選ぶ?」
うーん、と悩んでいるとマスターは笑みを浮かべる。
「みんな最初は悩むのよ。でもだいたい元恋人との思い出を消すか、消さないを選ぶんだよ。未練たらたらなのが可愛くってね」
いじわるするなよ、とツッコミを入れる。
「で、何を選ぶか決まった?」
『そうだなぁ、うーん。綺麗さっぱり消せるのを[永遠に消せないもの]にするよ。だってそうしないとつまらないじゃん?消えたりいなくなるから愛おしく感じるわけであっていつまで経ってもあったら、ありがたみがなくなっちゃうからね。だから消せるものは消せないもの、消せないものはない。
これが私の答えかな。』
マスターは微笑む。よかった、前に進めてるんだね、と。

タバコを吸い終わり、溶けて薄くなったウーロンハイを一気に流し込み店を後にする。
3日連続の残業の疲れが嘘のように足取りは軽い。
だって、世界で1番愛した人が今、幸せなんだから。

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