問寒別での雑感
私は、昨冬に引き続きJRの駅の除雪バイトをするために、道北の問寒別という小集落に住み込んでいる。
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問寒別に来たのは、金を稼ぐためであり、また、宗谷ラッセルを撮るためである。国鉄時代に製造されたDE15により、古式ゆかしい「雪レ」として運用されている宗谷ラッセル。日にあたれば玲瓏な姿を見せ、大雪であれば鬼気迫る姿で雪を掻く様は、現役の日本の鉄道の中で、最も撮り甲斐のある列車だとすら思える。
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話を問寒別に戻す。
地元の有志により編纂された「問寒別郷土史」によると、この地に人が初めて入植したのは、1905年のことだという。
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この本には、入植者たちの筆舌に尽くしがたい開墾の苦労が描かれており、生活の苦しさは、さながら飢饉のようだった。しかし、第一次大戦の際の農作物の暴騰により、街は一気に発展したようだ。道北の他地域にも見られるように、大正時代には砂金取りの人々も入植してきたようで、問寒別川流域はゴールドラッシュに湧いたのだろう。駅が開業したのは遅く、1923年のこと。それに前後して、現在の市街地が確たるものになった。
今では衰退こそすれ、市街にはかつての北海道の開拓集落の残り香が漂う。そんな町の寒々しい大通りに立つと、東海林太郎の「国境の町」がよく似合うような哀愁がある。
生まれ育った東京とはまるで違う環境に、日々新鮮な驚きを感じること大なので、一首詠んでみた。
白妙の 真綿の如き白雪の 鉛の重さに 街も閉ざさる
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ここに来てから、灯油の重要性についても身に沁みて感じた。
ストーブが切れた日の室内での生活には、骨まで凍る酷寒が付き纏う。
それからというもの、ストーブにぼんやりとした明かりが灯ることの有り難さを、噛み締めるようになった。
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灯油と、生活の足である車のガソリンは、北海道においては生命線だと強く実感する。雪掻きも、生きる上での必須の作業だ。生存にかかるコストの、なんと高いことか。
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だが、過酷な自然の中で肉体を用いることを強いられる日々の生活と、その自然が時折見せる恐ろしさや鮮烈な美に、人間の動物としての意識を、強く認識させられるように思う。東京のぬるま湯の中で生まれ育った私にとっては、その感覚が魅力的だ。払暁から朝にかけての雪原は、特に美しい。
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そして、私の今の生活の中で「肉体を用いることを強いられる」事の最たるものが、駅の除雪である。
このアルバイトは、意外と苦にならない。
そのことが、今まで送ってきた人生から、どうしてもホワイトカラーの仕事に目が向きがちだった私に、このようなブルーカラーの労働が向いているのではないか、との示唆をくれた。
この地での生活スタイルは、自分にとって適しているようだ。
問寒別には3月まで滞在するが、この先どんな写真が撮れるか、何を感じることができるか、楽しみである。