名刺交換<掌小説>
三十階もある本社ビルは、緊張する。
全ての応接室は、十四階。八つの部屋に分かれていて、各(かく)部署毎(ごと)になっているそうだ。
「どうぞ」
出された珈琲の、美味しい事!望めば粉から挽いて来(く)れる。受付嬢も美しければ、珈琲を運んでくれた人もスラリと、背が高い。おまけに声まで美しいのだ。眩暈がしそうである。
(これが同じ人間なのか、女なのか?)
身長百六十センチそこそこ、体重五十ウンキロ。目鼻立ちからして平凡なわたしは我が身を恥じた。
上司が風邪で、寝込んでしまった。
幸い新型ウィルス感染ではなく、仕事のし過ぎ(?)で発熱したようである。
「悪いけど、今日の予定。P社には、一人で行って下さい」
田中太郎の名が泣く程に、小さな声で懇願する。因みに身長百八十センチ、体重九十五キロの巨漢男だ。
二杯目の珈琲も、そろそろ残りが少なくなって来た。
壁に掛けてある時計を見る。約束の時間を三十分も過ぎている。
上品に扉が二回、叩かれた。
珈琲嬢が、
「お待ちです」
「やぁやぁ。お待たせしちゃって、どーも、どーも」
茶色い背広の男が、ニコニコしながら言って来た。
近くに黒い背広と、灰色の背広の男姓、濃紺のスーツ姿の女性の姿がある。
男女共に、わたしより二、三歳は下だろう。三人の共、同じ年齢のようにも見受けられる。
「やぁ、やぁ」は、わたしより五、六歳上かだろうか?男性諸氏か三つ揃い、女性は赤茶色の眼鏡を掛けていた。
「珈琲、お持ちします」
珈琲嬢が、一礼して去る。美しい声の余韻だ。
四人で座った。
まず名刺交換である。立ち上がり、わたしは名刺を三枚、出した。上司が同席できなかったのを、まず詫びねばなるまい。
各々が注目する。
「初めまして。わたくし、A社の田仲と申します。本日は、同席するはずだった上司の田中が体調を崩しまして・・・」
(ん?)
黒背広の眉が、右だけピョンと動いた。
痩せている。
(えっ?ヤバい?ヤバかった?)
焦りながらも落ち着きを払い、一人、一人の前に名刺を置いてゆく。
「えっ?」
眼鏡女性が、一言だけ発した。
優しい声だ。
「あらっ?」
続く灰色背広。観察すると髭が濃い。
「へぇ~っ」
感心する、茶色背広。意外と目が大きい。
「あの、何か?」
不安になって聞いてしまった。
珈琲場が、各々の前に珈琲を置く音が響く。最初貰ったのとは、違う香りが漂う。
笑って来たのが、眼鏡女性だ。
「失礼、ごめんなさいね。だってわたしと同じなんですもの、あなたの名前」
「えっ?」
〈田仲歩実(たなかあゆみ)>
「そうなんですか?」
第二のわたし(?)の前にある、わたしの名刺を、マジマジとわたしは見た。
「そうなの。漢字は一寸、違うけど」
宜しくお願いします、一礼をした第二のわたしから、今度は名刺を渡された。
〈田中歩〉
ハッキリ印刷されている。
「上司の田中さんは〈太郎〉さん。〈田中太郎〉でしたよね」
黒背広も言う。両方の眉毛が上下に動く。
「はい」
「こういう者です、僕」
田中さんと同じように、名刺を貰う。
〈田中(たなか)多朗(たろう)〉
しっかり表記されている。
「してですね、ボク、ボクは」
茶背広が名刺を、背広の旨ポケットから出して置く。
〈田仲(たなか)大志(たいし)〉
「ゲッ」
失礼ながらの、驚愕だ。わたしの祖父と、一緒である。姓(みよ)字(じ)も漢字も、読み方も。そっくりそのまま、同じなのだ。
「えっ?」
大きな目を真ん丸にして、第二の祖父は驚いた。
〈了〉