この作品も生きている～「フィルム　ハズ　ア　ライフ」～（手塚治虫著／講談社刊）

昭和３３年。
東京タワーが完成し、長嶋茂雄が背番号「３」で、巨人へ入団。
現在タレント・板東英二が夏の甲子園で物凄い記録を樹立し、正田美智子さんが皇太子妃に正式決定。
「オールウェーズ」。
西岸良平原作漫画の映画の初回舞台となった昭和３３年。
まさに後々迄にサンサンと光輝く一年に、漫画家の手塚治虫も、非常に印象的な作品を発表している。

「日本のディズニー」「漫画の神様」以上に「巨匠」。
当時、ようよう30歳を迎えたばかり（生前大正14年生まれとされたが、死後、昭和3年生まれであるのが発表された）であったけど、既に「巨匠」。
既に誰も真似できないような、手塚独自のものを感じてしまう作品だ。
わたしが知ったのは、皮肉にも手塚の死後。
朝日ジャーナルが緊急出版した「手塚治虫の宇宙」の特集で、様々な分野に一冊を取り上げて解説して貰う欄があり、某人が挙げていたのである。
「ほぉ～っ」
そんなのあるのか、読みたいだわさと願ってから、どれくらいが経ったであろう。
「フィイルムは生きている」
（あっ）
書店に行ったら、まるでわたしも待つように、平棚にある。
「講談社　手塚治虫漫画全集」
中央に手塚の自画像が描かれていて、両方が黒い線が引かれている。しっかり締めた印象だ。
（何だぁ、あれじゃん）
「紙の砦」を持っている。
わたしが高校の２年か３年生の時に刊行され始めたシリーズだ。

「フィイルム　ハズ　ア　ライフ」
ローマ字表記がまずあって「フィルムは生きている」
「ライフ」を「生きている」とセンスは、一体どこから来るのであろう。
「フィイルム　ハズ　ア　ライフ」
手塚の作品なんだから、当然、手塚が題をつける。
（おっ）
まず思わせる。ここから読者を魅きつける。
正直、ローマ字からして読める自信が全くないので外してしまうが、
「ジャングル大帝」「鉄腕アトム」
共にローマ字表記。初版に見る、手塚作品の特徴だ。（勿論、ローマ字がないのもあるが）

話の筋は簡単だ。
ど田舎から、漫画映画（当時、アニメと言った言葉がなかった。昭和40年代がまるまる終わる迄、使われていたのではなかろうか?）作りを目指して、宮本武蔵がやって来る。
ひょんなことで、同じ道を志す大財閥の跡取り、佐々木小次郎と知り合い、
顔役の娘・お通（つう）とも顔見知りになる。
「一緒にやろう」誓ったはずでも仲間割れ。
「あなたを助けたい」とはいいつつも、何せバックが顔役・お通さん。
厳しいながらも、心の師。体の不調を押して迄、指導してくれた団さんもある日、突然、武蔵の前から消えてゆく。
空想の中で、叱咤激励してくれる愛馬・アオだけが心の支えとなってゆくのはいいが、武蔵はやがて……。

「この作品には独自がある。新しさがある」
「君たちのように、わしの真似ではない!」
「何とか２世」「誰それの再来」
何の分野もこのように宣伝され、話題になって、人気となっている人たちは
赤面してしまう台詞ともなろう。
新しければいいってものでもないけれど、既に大家、弟を初め多くのお抱えもある吉岡一門のトップだけが、武蔵の才能-根本的に揺るぎないもの、芽吹くもの、他とは異なる特異なもの、伸びる萌芽を見抜いていたのであろうか。

ミニ知識として「横川プロ」
武蔵が訪ねるプロダクションであるけれど、横山隆一が関係しているようである。
戦前「フクちゃん」で人気を博した横山は、この年の２年前、昭和31年に実感的短編アニメ「おんぶおばけ」を発表する。
極秘の（？）発表会には三島由紀夫と共に手塚も招かれて、鑑賞する。
「よしっ」
手塚に取って同業者はみな、みなライバルだった。
だから今、悩んでいる自分、良く分からないが時々襲う不安や、どうしようもないものを原点に返る意味で、そして今、新しく夢を見ているアニメーションの開拓する意味で半分ぐらいは、自分の心を投影させたのではなかろうか?
ひょっとしてライバル、もしや商売敵になるやも知れない感じで横山隆一を意識し、「川」を「山」に変更して登場させたように思う。
小さな背景ポスターとして登場する「ひょうたんすずめ」は当時、横山が制作したアニメでもある。いや、飛び過ぎか?

「中村」なるおかまのような長髪おじさんは、若山一郎の「中村くん」からだろうし、ロカビリーでイメージされる若者像を風刺して、あの風体が出来たのかも知れない。

昭和３３年。
先に書いたが、昭和３年生まれであった手塚は、未だ未だ30歳。
西部劇と人気を２分したチャンバラ漫画を意識し、どちらとも言えない自分の作風に苦しみ、悩みながらも楽しんでいたのが伺える秀作だ。

そして私生活では、結婚。変化の年でもある。