夫婦の溜息<掌小説>


家計簿を前にしているわたしを肩越しに、珍しく夫が声を掛けた。
「ん?どうした?」家計に対して、滅多に夫は口を出さない。
「それは奥さんの分野。奥さんんの手腕が問われる所で、旦那がどうこういうと結局、揉めるから」だそうで、結婚以来、3度ぐらいか口を挟んだ事がない。
その度に夫の予想通りに揉め、わたしが完全勝利を得た。その度に夫の予想通りに揉め、わたしが完全勝利を得た。我が家の五輪である。

「凄いのよ、ここ半年の出費が」
100円店で買った家計簿を見せながら、わたしが答える。スマホでやってる人も多いが、そこまで頼る気にはなれない。
「あ~っ」
ざっとを把握したのだろうか?天井を見上げながら夫も頷く。

共働きではあるけども、夫の収入、全て貯金。わたしの収入で全てを賄う。
家のローンが8万円。週に3回お願いしている、家政婦さんへのお支払額が6万円。家電がバンバン壊れて修理、障子も黄ばんでババっちい。「セットで襖も如何ですか?」営業トークに思わず「イエス」。自爆した。

更に更にの大変なのが冠婚葬祭。寿10件、香典5件が2ケ月前。寿2件、香典3件が4ケ月前。寿はなかったが、香典4件が半年前の記録である。
先月は寿も香典も共に6件ずつあった。
「にもしてもなァ」わたしが書いたボールペンの字を辿りながら、疲れた笑いを夫も見せる。そういう出費は赤字で書くから、直ぐに分って目立つのだ。

何故か?夫もわたしも兄弟が多い。
夫は七人きょうだいの長男、わたしは六人きょうだいの三女。だから必然的に親戚縁者が多くなる。各々の子供達が、また多い。3人、4人は平気でいる。ウチにいないのが不思議だそうだ。軽く聞き流す。余計なお世話だ。
それぞれが今、結婚適齢期を迎え、結婚ラッシュ。余り会った事のない子でも、親族として祝ってやりたい。相当な遠方でもない限りは出席する。
伴い、高齢者も年々増え、香典出費も凄いのだ。大叔父、大叔母、伯父に伯母。若くして他界してしまったのもいる。

「秋だしなァ、、、まぁ、しょうがないじゃん」
こういう時でも、悲観しないのが夫の長所だ。前向きと言うか、気にしないと言うか。つき合って入っる時から変わらない。こういう所に、他の男達とは違う面を発見し、結婚を思った。「かもね」不思議と納得、させられる。

庭の紅葉が綺麗である。夫も目をやっていた。
「そー言えば、会社の奴にチョコレートを貰ってたんだ。冷蔵庫に入れておいたんだけど。喰う?」
「うん。カリントウも入っていると思う。序でにコーヒーもあるといいわね」
「あ~っ、インスタントで良ければ淹れるよ」
「お願いします」
夫が台所に向かう為、立った。固定電話が鳴る。
「はい。おうっ、文(ふみ)ちゃん?」わたしの義理の姪だ。
夫の直ぐ上の姉の子で、双子である。男女の双子で「文彦、文子と命名したのよ。いいでしょう?」義理の姉が言っていたのを思い出す。
最後に会ったのが、中学生ぐらいの時だった。この義姉には他に3人、子供がいる。

「暫くだな。元気?ママも、ヒコも、パパも。それからワンちゃんがいたろう?そーか、ワンちゃんは既にいないのか、、、」上機嫌だ。
「相変わらずだねぇ、ウチは。俺達も50の坂を越えちまってさ。うん、うん、そーか、そーか」殆ど父親だ。
「で?」激変した。
「結婚するってぇ~っ?しかもヒコも同時に?同じ日に?」見る見る内に、不機嫌になる。
「えっ?」瞬間だが、狼狽する文ちゃんの声が聞こえた。
そして激怒「3年後にしろッ!3年後にッ!!!!」
荒々しく置かれる受話器がわたしの耳と視界に飛び込んで来る。

「・・・・・・」「・・・・・・」
我々は数秒、お互いの眼を黙って見た。
「はぁ~っ」
大きな溜息をひとつ、同時に吐いた。
                         <了>




                       

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