夏の半纏<掌小説>
試着は、わたしの実家だった。
さり気なく羽織る。意外と第一声から、好評であった。
「それ、いいじゃん。どこで売ってる?」
ステテコ姿の父と兄が言ってくる。ともすれば、こういう人。オジサン&オジーさんにも受けるかも知れない。
「あら、いいわね。どうしたの?」
母も、同じを言う。ともすれば、こういう人。フツーの主婦にも受けるかも知れない。
けど、家族だからかも知れないし。(どうしよう)心は未だ、迷っている。
暑がりの、寒がり。
夫とわたしの共通点だ。体温調節が巧い具合にゆかないのか、夏でも何かを羽織りたがる。殊、風呂上がり。
結婚して2年半になるけども、毎日、毎日。夏の我々の背中は、何かを欲したがる。
「甚兵衛だとデザインがイマイチだし」
「バスロープは、肩が凝るし」
去年と同じ文句をブーブー言いつつ、我々は夏を過ごしているのだ。
子供がいなくて助かった。こんな文句ぶーたら両親の下に生まれたら、さぞ不平不満が多い子供になるだろう。
「薄手の半纏みたいのが、いいんだよな」
「そうねぇ」
「だったらいいじゃん!自分で作れば!」
「あん?」余りにもとっぴおしの発想には、不機嫌に答えるしかない。
会社から余った繊維を持って帰って来ては、何やらゴソゴソやっている。
繊維会社に勤めているので、その手は全く困らない。
図書館で本を借りて来ては「ふむふむ」なんて言っていた。
一体、いつ寝ているんだろうかと思ったが、邪魔をすると怒るから放っといた。ちゃんと起床し、ちゃんと食べ、ちゃんと出勤しているのだ。
して一週間後「出来たぞぉ~っ」
休日の買い物から帰って来て見せられたのが、「半纏」だ。
夏の半纏版である。
適度な厚みと通気性に優れていて、着心地もいい。デザインには幾何学模様が取り入れられ、お洒落だ。
「改良すべき点は、まだまだあると思うけど。」
「いいんじゃない?」
「もう少ししたら、帰省するだろ。お前。俺は仕事の都合でムリだけど」
「、、、あっ」思い出した。予定していたっけ。
「着てみろよ。さり気なく、風呂上がりに。評判が聞きたい。で、上手くいったら俺もっと頑張って作って、プレゼントするよ、お前の実家に」
「そう?言っとくわ。ありがとう」
「して、ですね。もっと評判をとったら」
クリッとした夫の眼が、一瞬だけ鋭く光った。
「商売にしようぜ、売りまくろう。体験談を軸として、同じお悩みの方々に、って。良くあるじゃん。<夏の半纏>商品名は決まりだな」
「何言ってんの」
戯言にも程だ。
しかし、第一段階はクリア。
(もしかして、ぐふふ)
淡い期待を寄せながら、未来を思うと笑っていた。
<了>
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