白い箱
場面:プロローグ
樹(M)「雨が…降っていた」
雨の音
咲「(嗚咽)」
樹(M)「体の感覚は徐々に麻痺していき…僕はただ自分の傷口から流れる血が雨に溶けていくのを、朦朧とした視界で眺めていた。でもそれにも限界がきて、泣いている君も目の前から完全に消えた。ただ心臓の音を感じ、君の全力の感情をお腹で受け、君の心が体の中に入ってくるのが嬉しく、そして切なかった。死を目前にしているのに、こんなに落ち着いているのも不思議で、口元も緩んだ。でもなぜこうなったんだっけ…記憶が曖昧になる」
咲(M)「なぜこうなった…あなたがそれを言うの」
樹(M)「咲…。君は…なぜ僕を…」
咲(M)「全部…あなたのせいなの。あなたのせいなのよ…」
樹(M)「僕の…せい」
咲(M)「そうよ…さぁ、答え合わせをしましょう。時間はまだあるわ」
樹(M)「答え合わせ…」
咲(M)「これは…あなたのstoryでもあり、私のstoryでもあるの」
樹(M)「僕のstoryでもあり、君のstory…」
2人「そう…僕と君のstory」
OP
場面 過去の記憶 白い箱
樹(M)「過去の話をすると、少し複雑だ。僕は五歳から十歳までの五年間、箱の中で生きていた。箱という言い方が正しかったのかわからない。でもそう呼ぶほかに伝え方がわからない。突然目が覚めるとその箱の中で目が覚め、自分の名前以外、生まれてから5年間の記憶が無くなっていた。そこにはもう一人、同い年くらいの少女がいた」
咲「あなたは、ヤマネコに連れてこられたよ。私は咲。あなたは?」
樹「僕は…樹」
咲「僕?女の子じゃないの…」
樹「僕は……僕だよ」
咲「ふぅん…いいね、それ」
樹(M)「咲は、ここでの生活のすべてを教えてくれた。外の世界は汚染、それに伴う感染に侵されている。ここには食料も、水もあるということ。必要なことはヤマネコが教えてくれるということ。僕らはここにいる以上は救われるということ」
樹「必要なことって何?」
咲「それはヤマネコが決めるの」
樹(M)「ヤマネコは箱の壁に掛けられていた『トケイ』という丸い形をしたカチカチ音がなるモノの短い針が十四周するごとに外の世界のことを一つずつ教えてくれた。僕たちはそれが楽しみで仕方がなかった。彼は教えてくれた。私たちは『ニンゲン』という生き物であるということ。それには、白と黒と黄、三つの色があり、私は黄であるということ。ヤマネコも黄。だから私たちは永久に仲間同士であるということ。」
ヤマネコ「でも、外の世界は違う。色が同じでも、復讐したりする」
樹「フクシュウって何?」
ヤマネコ「殺したり殺されたりだ」
樹(M)「ヤマネコの言葉が僕らのすべてだった。彼は、トケイが二周するごとにこの箱へ入り、僕らに缶詰と水、栄養とよばれるものが含まれる薬、布、紙、そしてシャワーを使用するための丸いコインといわれるものをくれた。二人の時は咲とたくさん遊んだ。咲は僕にとって大事な存在だった」
咲「ねぇ、樹!一緒にシャワーで体洗いっ子しよう」
樹「…一緒には入らない」
咲「なんで?」
樹「僕は…僕だから」
咲「そっか…樹は、体のつくりは私と全く一緒だけど…心は男の子なのね」
樹「…」
咲「樹はきっと、素敵な男の子になれるよ」
樹「あり…がとう」
樹(M)「そう。君はいつも僕の心のモヤモヤもすぐに言語化してくれて、このままでいいんだと教えてくれた。咲がいれば、僕はもうここにずっといてもいいなと感じたんだ。……でもそう感じたのも束の間。あれは僕がこの箱の中に来てから、短い針●●周した頃だと思う。ヤマネコだけが唯一出入りを許されている扉から突然、箱の中に入りきらないほどの数の『ニンゲン』が、入ってきた。僕は食べられるのか?何をされるのか?色々な想像が形にならない物体で僕の全身に入り込み、追いついていかなかった。でも仕方ないでしょ?あの時はさ、ヤマネコ以外信じられなかったし、ヤマネコ以外の『ニンゲン』を見てなかったからさ。それでも僕は冷静をうまく装うことができたと思うよ。そこからの記憶はほとんどない。気づいた時には病院のベッドの上で、咲もいなくなっていた。ヤマネコは犯罪者で僕は監禁されていたとのこと。監禁のショックから生まれてからの記憶がなくなっていること。当時は理解が追い付かなかったが、七年たった現在、十七歳の僕は、とても不運な子供だったんだと理解できる。それでも、僕にとって君と過ごした5年はとても幸せな時間だったんだ」
場面・高校の放課後
学校のチャイム
樹「…はぁ。やっと終わった」
女子生徒①「ねぇ…今日みんなでカラオケいかない?」
樹「い、いいね!いこう!私も今日パーッと歌いたい気分‼」
女子生徒②「よっしゃ!決まり!」
樹(M)「虫唾が走る。自分に似合わない言葉使い。自分に似合わない格好」
男子生徒①「なぁ、帰りボーリングいかね!」
男子生徒②「いいな、それ」
樹(M)「いいな、それ。ズボン、動きやすそうだな…。なんでこんな格好を…!」
女子生徒①「どうしたの?なんか顔怖いよ」
樹「あ、ごめんごめん!いこ!」
女子生徒②「いこー!」
場面・カラオケ
女子生徒①②「♪」
樹(M)「この世は多数決で決められている。卵子と精子がただ偶々くっついてできただけのはずなのに、自分が、自分自身が歪な体をしていると思っても、世間からしたら、目に見えるものが正しいと判断する。心でどれだけ語りかけても、僕のそれは正しくない。個性だとかいうけど、教科書の中にかかれていない個性は排除される。そんな風に、見えない敵のせいで、自分が偽物だって既にわかってしまっているのだから、どんなに言葉を紡いだってそれはこの世界で生きていくために死ぬまで、正しい嘘で消していくしかない。だからこそ僕は、たまにすべてを投げ出したいと思うときがある。今ある現実も、描いていた夢も、見込まれた可能性も。思い描いた未来は、こんなはずではなかったと何度も何度も頭を抱えてしまう。」
女子生徒①「どうしたの?今日元気ないよ?歌おう!」
樹「あ、うん。…」
樹(M)「頭が痛い。もう…だれか…、だれか…。僕を助けてくれ…!」
女子生徒②「やっぱり顔色悪いよ。大丈夫?」
樹「ちょっと…やっぱり体調が…先帰るね…ごめん」
女子生徒①「あ、うん…大丈夫?気を付けてね」
樹「ありがとう」
場面・街中
樹「(走る呼吸)」
樹(M)「こうなるともうだめだ。そんな時は、何も考えなくなるまでひたすら走る。呼吸が音になるくらいまで肺を苦しめ、そうするとようやく霧が晴れる。自分の頭蓋骨から聞こえてくる呼吸だけが響き、無になれる。そして人気がいない公園につくと走りながら叫ぶ」
樹「カラオケ死ね‼スカート死ね!全員死ね!僕は僕だ!死ね死ね!嗚呼嗚呼嗚呼あ!」
樹、転げる。
樹「ハぁ…ハぁ…ハぁ…ハぁ…。痛っ…」
樹(M)「…かなり痛い。頭を打ったのか、世界がグワングワンする。少し落ち着き、気づくと視界には空が見えた。東京の空って…案外星見えるんだな。てか寒いな…少し疲れた。僕はゆっくり目を閉じた。すると女の人の声がした」
咲「大丈夫…ですか?」
樹(M)「僕は、かなり大きく転んだ様を見られた恥ずかしさと、叫んでいたことを聞かれた恥ずかしさと、同じ学校の生徒である可能性を考え、声を聞いた瞬間、目をつぶったまま、咄嗟に顔を隠した」
咲「…あの」
樹「…あ、大丈夫です。放っておいてください」
咲「良かった…。スゴイ勢いで転んでいたので…びっくりしました」
樹「全然、へっちゃらだよ、こんなの」
咲「あの…あなた、どこかで」
樹(M)「…やっぱり同じ学校の人か。やっちゃったなぁ…」
咲「…あの」
樹「…さっきのは…あの…なんというか…その」
咲「…樹?」
樹「え?」
樹(M)「僕はゆっくり目を開けた。そこには懐かしい君がいた」
咲「いつき?」
樹「さ、き」
咲「え?本当に樹だ!元気してた?」
樹「なんで君がここに」
咲「なんでって、こっちが聞きたいよ。超偶然だね!」
樹「うん。びっくりした…。」
咲「びっくりびっくり!」
樹「もう二度と会えないのかと思ってたから」
咲「うん…。でも大きくなったね、樹!」
樹「ありがとう」
咲「今いくつだっけ?」
樹「十七歳だよ」
咲「そっか。同い年だったんだね」
樹「うん。本当に懐かしいなぁ…。とても…とっても嬉しいよ!ね、覚えてる?昔よく夜空の話したよね!僕らは見たことなかったけど、すんごくきれいなんだって教えてもらってさ。いつか一緒に見ようって願ったよね」
咲「そうだったっけ?」
樹「したよ!…感動するほどきれいな星空じゃないけどさ、やっと願いかなったね」
咲「樹は本当に純粋だよね」
樹「…そんなことないよ」
咲「いや、純粋だよ。あの頃もずっと思ってた」
樹「うん。でも今考えるとさ、不幸な体験だったけど、でも楽しかったよね?」
咲「え?」
樹「君と一緒なら、僕はずっとあそこにいてもよかったよ」
咲「…」
樹「僕、君にずっと会いたかったんだ。本当に会いたかったんだ」
咲「…。さっき転んだところ、もう痛まない?」
樹「うん!大丈夫だよ!」
咲「よかった。じゃあ私帰るね」
樹「え?ま、まって!まだ話しようよ、久しぶりなんだしさ」
咲「うんん。また今度ね」
樹「いきなりどうしたんだよ」
咲「用事思い出してさ」
樹「じゃあせめて連絡先交―」
咲「それは無理!…」
樹「…」
咲「あ、ごめん。ごめんなさい」
樹「…なんで?」
咲「…」
樹「咲!」
咲「ごめんなさい…あなたと一緒にいると…あの日々を思い出すから」
樹「でも僕は今でも君が!」
咲「(遮って)さっき、あなただと確信した時ね、私逃げ出そうと思った。そのくらい、あの時のあの記憶は残酷なんだ。ごめんなさい。私はあの男と同じくらい、あなたが憎い。あの記憶はとても憎いの。だからもう会いたくない」
樹「…でも僕らはもう自由だ」
咲「しつこい!聞こえなかった?私はあなたが嫌いなの。樹、もう二度と会いたくないの」
樹「…」
咲「…ごめん。げ、元気でね」
樹(M)「そういうと夜の闇に君は消えていった。でもどうしても僕は君を諦めきれない。だって…ようやく…ようやく会えたんだ」
第二章:咲パート
場面・公園
咲(M)「なんで、樹が…。だってあの時、樹は…もう…。」
咲「痛ッ」
咲(M)「頭が痛い…。なんでよ。もうあの頃に戻りたくないの!…」
場面:学校
チャイム
女子生徒①「咲ちゃん!昨日体調悪かったの?大丈夫?心配したんだよ!」
咲「あ、ごめんね。もう元気になったよ!」
女子生徒②「あーあれか、生理初日だった?」
咲「そんな大声でやめてよ、もう」
女子生徒①②&咲「あははは」
樹「さき(かすかな音で)」
咲「…!」
女子生徒①「?…咲ちゃんどうした?」
咲「あ、なんでもない。ごめんごめん」
咲(M)「今…確かに…聞こえた。樹の声…なんで…こんなとこいるはずな…!」
咲「嗚呼嗚呼嗚呼!」
女子生徒①「え?咲ちゃん?誰か⁈先生呼んできて!早く!」
場面:保健室
咲(M)「夢。これは靄のかかった夢。いるはずのない樹が、学校にいた夢。あの白い箱の中で樹の代わりにあの男に屈辱を受けていた夢。私は、今どこにいるのだろうか。靄のかかった視界で誰かが私を見据えている。そしてその目に捕らえられてしまったらもう終わり。消えてなくなる。こわいこわい夢。こわいこわい夢」
咲「ん…」
保健室の先生「目が覚めたね」
咲「ここは…」
保健室の先生「保健室よ。さっきまで女の子が付き添ってくれていたのだけど、どこか行っちゃったわね」
咲「女の子?」
保健室の先生「うん。私は知らない生徒だったけど、すごく心配してたよ」
咲「…まさかね」
保健室の先生「どうしたの?」
咲「いえ!ありがとうございます。もう大丈夫です」
保健室の先生「あ、ポケットからなんか落ちたわよ」
咲「え?」
保健室の先生「何これ?ラブレター?『ようやく会えたね』ですって。いいね若いって、あれ?海野さん?大丈夫?」
咲(M)「…樹。やっぱり樹だったんだ…。ここまでやってくるなんて…!」
咲「あ、大丈夫です」
保険室の先生「ちょっと疲れちゃったのかな。今日はもう早退する?」
咲「あ、はい…そうします」
場面:電車のホーム
SE「電車の音」
樹『ようやく会えたね』
咲(M)「背筋が凍った。そして蘇る過去の記憶。5歳の時に何もない世界に連れてこられて、私は私の色を完全に失った。母のぬくもり、父のぬくもり、好きなもの、好きな色、好きな言葉、それらを全部奪われた。そして…私は声にならない恐怖を日々味わった。何日も何日も何日も何日も何日も…もう死にたい。そう強く願ったある日、樹が突然目の前に現れた。彼女は言った。僕は、僕だと。私はその言葉を聞いた時に大きな嫉妬に襲われた。僕は、僕。じゃあ私は何?。私は私と言えなかった。私が闇なら、樹は光だ。だからこそ樹と話すと、私はどんどん自信を失っていき、自分の形を失っていった。でも、あの檻の中から出て、私はやっと私が私であることを認識した。やっと解放されたのだ。たくさんの大人たちが私を救い出し、そして樹はいつの間にか消えていた。大人たちに聞いても、あの場所には君しかいなかったの一点張り。私はてっきりヤマネコに殺されたのだと思っていた。でもその時…私は正直とても嬉しかったの。醜い自分を知っている人間はもういないのだ。ヤマネコは捕まり、あの子は死んだ。私は自由…。でも違った。樹は…生きていた」
SE「プルルルルル(電話の着信音)」
咲「非通知…(電話に出て)はい、もしもし」
―電話はすぐに切られる―
咲「…なによもう」
場面:咲の家の中
SE「鍵を開ける音」
咲「ただいま…」
自分の部屋へ入ると…
咲「!」
樹「咲…」
咲「いや…」
樹「なんで…」
咲「何やってるの⁈どうやって入ったの?」
樹「何って…。鍵を使って…」
咲「どうしてここが⁈これ、れっきとした犯罪よ!出て行ってよ!」
樹「咲、どうしちゃったんだよ。わけわからないよ」
咲「今日学校にもいたでしょ…てか…なんで私の服着てるの⁈」
樹「…いったん落ち着こうよ」
咲「落ち着けるわけがないでしょ‼昨日も伝えたでしょ‼?あなたが嫌いなの!お願いだから…出て行って。もう私の前に現れないで」
樹「…出ていかないよ」
咲「…は?」
樹「君は僕に会いに来てくれたんだろ」
咲「や、近づかないでよ!」
樹「僕は怖くないよ」
咲「やめて!」
樹「…僕は君が好きなんだよ。好き…ずっと好きなんだ。それに誤解だよ」
咲「やめて!来ないで!嗚呼嗚呼嗚呼」
樹「咲!待って!」
第三章:雨
場面:町~公園
〇雨の音
走る樹、逃げる咲
樹「ハ、ハ、ハ、ハ(走る音)」
咲「ハ、ハ、ハ、ハ(走る音)」
樹、咲を捕まえる。
咲「は、離して!」
樹「…ちょっと待ってよ!お願いだから教えてよ」
咲「何が!」
樹「なんで君が…僕の家の鍵を持ってたんだよ?」
咲「なにを言ってるの…それはあなたでしょ?」
樹「それに…学校にいたのは君だろ。僕が体調悪くなって、保健室で寝てるときに看病してくれたのは君なんだろ?」
咲「何…言ってるの?」
樹「僕…嬉しかった。昨日あんなことあったけど、君はやっぱりあの頃の君のままだった。昨日までは僕も君を必死で探そうと思った。でも君はこうして自分から目の前に来てくれただろ?こんな手紙も書いてくれた。『ようやく会えたね』って…それを伝えたかったのは僕の方なのに…」
咲「違う…それはあなたが…私のポケットに…。なんであなたが持ってるの…」
樹「咲…」
咲「違う…違う…違う…違う!」
樹「咲!」
咲「あなたは…私は…」
ヤマネコ(回想)「咲…ここにいる間は君の名前は樹だ」
咲「違う…!」
ヤマネコ(回想)「夜、俺と寝るときだけ…。君は咲に戻る」
咲「…やめて」
ヤマネコ(回想)「服を脱ぐんだ、咲」
咲「…やめて!」
咲、転がっていた木の枝を樹に向って、刺す
樹「…あ、さ、さ…き…。」
咲(M)「私は、転がっていた木の枝で、思いっきり樹を…刺していた」
咲「(嗚咽)」
樹「…はは…、大丈夫…咲?…」
咲「…はぁ…はぁ…」
樹「…咲…大好きだよ。君のことがずっとずっと好きだよ」
咲「…」
樹「もう…だ…め…かも…でも…。」
ヤマネコ(回想)「樹、咲、樹、咲、君の名前は樹だ」
咲「あなたは…私?」
樹「さ・・・・き・・・・」
咲「ぜ…全部…思い出した」
=無音=
=ここの咲のセリフはゆっくりと。少し笑顔で。
樹(M)「もう僕は死ぬんだ。君に殺されるならそれでいいや。でも…咲…君はなぜ僕を?」
咲(M)「全部…あなたのせいなの。あなたのせいなのよ」
樹(M)「僕の…せい」
咲(M)「そうよ…さぁ、答え合わせをしましょう。時間はまだあるわ」
樹(M)「答え合わせ…」
咲(M)「あなたは、残酷な記憶を全部私に押し付けた」
樹(M)「残酷な記憶」
咲(M)「夜、私はヤマネコに、いっぱいいっぱい犯されたわ。いっぱいいっぱい傷ついたの。でもあなたは、私の中で易々と眠ってた」
樹(M)「君の中で」
咲(M)「私の中に、嫌な記憶を全部置いて行って、大切な思い出を私に分け与えてはくれなかった」
樹(M)「…」
咲(M)「あなたは私が作り出したはずなのに…いつしか私はね、樹、あなたのごみ箱に過ぎなかったのよ」
樹(M)「ゴミ箱…。違う!僕はずっと、君を捜してたんだ。あの箱に出てからもずっと」
咲(M)「うそよ」
樹(M)「嘘じゃない!」
咲(M)「でもこの七年間、あなたも私も会うことはなかった。同じ体の中にいたのに。それは会ってはダメだったとお互い心の中では認識してたからよ。違う?」
樹(M)「でも君のことが好きなこの気持ちに嘘はない」
咲(M)「うそよ」
樹(M)「…この想いは本物だ。絶対本物なんだ…捨てられないから、僕は僕を信じて、最後まで君を想い続ける」
咲(M)「僕は僕を信じる…」
樹(M)「うん。僕は…僕だから」
咲(M)「……。そっか。…いいね、それ。…なら信じればいいわ。自分を信じればいい。でもね、あなたの見ていた景色と、私の見ていた景色は同じだけど全く違う色だったの。それって…なんだかとても悲しいわよね。生きていくと…色々なことがあったでしょ。この七年間。大人になるにつれて、嬉しいことも少なからずあったでしょ。でもあなたと私はきっとずっとずっと違う世界にいたのね。きっと違うものに心が震えていたの。あなたは光で私は闇だったから。だから樹。あなたの想いは死んだって、私の心に届くことはないの。」
樹(M)「…。」
咲(M)「でもね。そんなあなたに聞きたいこともたくさんあったのよ。星はきれいだった?花はきれいだった?音楽に心躍った?私はまったくそんなことはなかったわ。でもあなたはどうだったの?時間はまだまだあるわ。たくさんたくさん教えてちょうだい」
樹(M)「…咲」
咲(M)「あなたの光を私に分けてちょうだい。きっとそれだけでいいのよ」
樹(M)「ごめん咲…ごめん…」
咲(M)「謝らなくていいわよ。それよりも教えてちょうだい。恋はした?夢は持った?勉強は楽しかった?誰かの言葉に救われたことはあった?」
樹(M)「…ごめん」
咲(M)「…」
樹(M)「好きだ、咲!愛してる。咲」
咲(M)「なに?聞こえないわ。なんて言ってるの?」
樹(M)「(泣きながら)愛してる。愛してるよ、咲」
咲(M)「全く聞こえないわ。全く聞こえない。きこえない…」
徐々に遠くなる。咲の声。
樹(M)「お願い…いかないで…君が好きなんだ!…君が…」
場面:病院のベッド
樹「…咲!」
病院の先生「わ、びっくりした!」
樹「…ここは?」
病院の先生「気づかれましたか?咲さん。良かった。もうこんな無茶な真似しちゃだめですよ」
樹「…あ、はい」
病院の先生「傷口が塞がったら退院できますよ。正直、この回復力は異常です。奇跡といってもいいです。救われた命、大切にしてくださいね」
樹「あの…」
病院の先生「はい?」
樹「あ、いや、何でもないです」
樹(M)「僕は、生き残った。神様は意地悪だ。咲から作り出された僕だけ生き残って、君は今度こそ、どこかへ行ってしまった。でも…またどこかで会えると信じて、僕は歩き続ける。ただただ…君を愛しているから」
笑顔の咲。笑顔の樹。
咲(回想)「いつき!」
樹(回想)「さき…!」