山に登る舟(1) -舟に乗る-
目の前にゆったりとした川のような海のような、はたまた湖のようなゆったりとした流れが漂っている。あたりはぼんやりと霧がかっていてこの流れの全貌は不確かである。大きな立派な船、高速で過ぎ去る船、漁船のような船、様々な船が行き交っているようだ。
ぼうっとそれらの流れをみていると”おもしろそうな舟”が私の前を通り過ぎようとしていた。愉快な風貌の船頭と目が合う。船頭は「乗る?」と私に声をかけた。私は返事の代わりに風雲たけし城のアトラクションをクリアするような感じでぴょんとその舟に飛び乗った。返事をしていたらに舟がいってしまうと思ったからだった。
どこへ向かう舟なのかまだわからない。しかし、そこそこ安全で、多分面白い場所に辿りつくであろうという本能的に感じたのである。
辿り着いた先は標高2600mの山であった。もとい、山に登りに行く人達の為の舟であった。私は登山の経験は無に等しい。いや無であった。だが目の前には先の見えない山がどぉんとそびえ構えている。さあどうぞと山が言ってるようだが、私はまだ準備ができていない。
まず、登山とハイキング、遠足の違いはなんだろうか?危険度の差なのか、気分の違いなのか、装備の違いなのだろうか。学びと山を入る為の肉体的強化が必要であることに思い至った。
私と山は約40年ほど離れ離れでいた。その間に記憶は薄れ私にとって山はただの背景となっていた。春にはやわらかな淡い色に、夏は力強い緑色に、秋がくると黄色や赤色に変わり、やがて白色に変化する。季節を視認する格好のオブジェクトであった。あんな遠い背景の中に人が分け入ってゆけるなんて考えもしていなかった。
まずは情報を仕入れなくはと私は書籍を手にいれた。私が手にした参考書は伊藤正一著「黒部の山賊アルプスの怪」である。この本は私がこれから分け入る山の歴史書でありドキュメンタリーである。山小屋を根城にしていた山賊から山小屋を取り戻そうとする伊藤氏の命懸けの奮闘、そして次々に凍死する登山者の記録が綴られていた。
ー山怖い!そして夏でも寒いー
山の恐怖に取り憑かれた私は灼熱の大都会をパソコンや本、水など重いものをリュックに詰め込んで一ヶ月間毎日一万歩以上歩き回ったのであった。
その怪、いやその甲斐あってかじわじわと私の肩膝腰は山向きに仕上がっていった。
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2022年の雲ノ平山荘主催のアーティスト・イン・レジデンス企画に参加し、人形アニメーション「MRAK -ちいさな植物学者ムラックの雲ノ平の旅-」を制作いたしました。
4月22日〜7月10日期間、東京と山梨合計3箇所にて作品の展覧会が開催されます。展示会会場にて映像の全編と使用した人形などの展示をいたします。
ご来場お待ちしています。