あの看板に恋をした
※注意※
これから書く文章は、創作ネタの一つとして頭の中にある思考を整理するために手探りで書いたものです。小説の体をなそうとはしてません。表記ゆれとか誤字脱字があったり、前後の文脈がおかしかったりしてますが、あくまで、後々出る作品を作る過程で生まれたメモ書き程度にとらえていただけますと幸いです。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
あなたが意味を成していた時間で、私は呼吸したことがない。でも、何故だろうか。あなたと喜びや悲しみを分かち合っていた気がする。ありもしないはずの二人だけの思い出のような何かが、わたしの内側で熱を帯びている。そんな気がする。
今、何気ない景色の中を歩きながらあなたを一目見ると、前に進もうとする足は止まり、景色に色が付いてることを再び認識する。決してあなたに彩りがあるとは思えない。あなたは長い時間を経て色褪せていき、錆は広がり、少し触れただけでいとも簡単に崩れてしまいそうな形をしている。しかし、あなたのその色褪せた顔が、あなたを蝕むその錆が、わたしを惹きつける。もはや何の意味もなく劣化した金属板がわたしに何かを訴えてくる。わたしの内側で何かをざわつかせる。
これといったきっかけは存在しない。思い出せないだけかもしれない。とはいえ、長い時間の中で少しずつあなたのことを考える頻度が増えたことに変わりはない。幼いときからわたしの記憶の片隅に小さく住みついており、会う機会は多くないけど、一目見るうちにあなたの存在は一回り大きくなっていく。大人になって更に会う頻度は少なくなり、一時は記憶の中でしぼむように小さくなっていた。しかし、都会の喧騒から逃れるように田園風景の広がる緑豊かな景色に行くと、再び記憶の中であなたは膨らんでくる。
……都会には存在しない独特な空気にあてられたからだろうか。
全く持って自分勝手だ。正真正銘、あなたは人間ではない。ただの金属板だ。表情は変わらないし、言葉を返さないから会話はもちろん成り立たない。これはわたしの、一方通行な恋にほかならない。
しかし幸いなことに、ここにはわたしの恋を指差して、それを否定するような声は聞こえない。聞こえたところでわたしの恋は散らないだろうが、聞こえないに越したことはない。邪魔なものを一切排したうえで、生物じゃない恋人との、独りよがりな恋模様を想像する。人生は死ぬまでの暇つぶしというが、わたしの人生の一つはこれなんだと自覚した。
そういえば、訳あって大都会に赴いたときのことだ。ダンボールに荷物を敷き詰めたようにひしめき合う建物を避けるように歩いていると、あなたを目にした。遠くには高層ビルが見える。カメラを手にして撮影位置を調整すれば、あなたと高層ビルのツーショットが可能だ。幼い頃に故郷で何度か見かけた経験から考えると、あなたがここにいることには心底驚いた。まさか、わたしに会いたい一心で田舎から出てきたのではないかって想像するのは、独りよがりなわたしとしては当然のこと。想像だ。気分を良くするための。
恋愛にもいろいろある。異性と付き合ったことは無いわけじゃない。しかし、成就することはなかった。相手が悪かったのではない。いつも優しかった。誠実だった。ただ、人を好きになることでわたしは心の底から幸せになれなかった。気を使いすぎているからだろうか。過度に他人の顔色を伺う節がわたしにはある。嫌われたくない一心で、わたしは全身の神経を張って、角が立たないように言葉を選び、醜態を晒さないように礼儀作法を行使する。
しかし、いくら「良い人」になったところで、わたしが100点満点の人間と評価されるとは限らない。人って大変自分勝手なもので、時によってわたしの点数はブレる。赤点とまではいかないし平凡な学生なんだろうけど、それ以上のものをわたしには存在しないと決めつけられてしまう。後々知ったが、わたしみたいな人間を「いい人止まり」と呼ばれているらしい。Webの検索ワードに「いい人止まり」と入力すれば、数個のサジェストが表示されるくらいには話題に上がりやすいトピックだ。
サジェストの一つに「脱却」があった。つまり、いい人止まりの現状をどうにか改善したい人が一定数存在することを意味する。もちろん、脱却するための術を掲載した記事もいくつかヒットする。記事の内容は、いい人止まりという言葉の概説、次にいい人止まりに陥ってしまう人の特徴が数個挙げられ、その次に本題であるいい人止まりから脱却する方法が数個挙げられているといった感じだ。検索結果の1ページ目に載る記事はどれも内容が似たりよったりで、いかにも検索結果の1ページ目に載ることが主目的であるかのうような匂いを醸している。それでも、記事に書かれていたいい人止まりに陥ってしまう人の特徴のいくつかはわたしにも当てはまっており、良い人であろうという意識が多少はあったので、大変ショックを受けた。「良い人でいるだけではいけない」という現実が、精神に負担を与えてくる。
鈍い痛みを抱えながら、いい人止まりから脱却する方法を見る。本当に脱却したいというよりは、情報を摂取して一刻も早くこの痛みから開放されたいという気持ちのほうが大きかった。所詮は記事を元に収益を得たい人がそれっぽいことを書いた文章に過ぎない。温もりなんて無い。書かれていた術を寸分違わず実行したところで幸せになれる保証はない。そもそも、脱却することが正しいことなのだろうか。いい人止まりとはいえいい人なのであればそれが一番じゃないのか。「いい人止まり」を軸にした思考の渦巻きはやがて崩れていき、出口の存在しない迷路が形成され、腑に落ちることのない無間地獄に突入した。
結局、結論の出ないままわたしは人付き合いに対しネガティブな印象を持つに至った。いい人止まりである現状は変えるつもりはない。結局のところこれが一番無難だからだ。トラブルが起きないに越したことはない。しかし、わたしはいい人止まりであることを肯定するつもりもない。この社会でなるべく傷つかずに生き抜くために渋々いい人止まりを演じていると解釈することにした。幸せになる方法は無限通り存在する。人付き合いで幸せになる方法ももちろん存在する。友達と一緒にご飯に行ったりカラオケオールしたり、会社の同僚や先輩後輩と飲み会ではしゃいだり、同じ趣味を持つ者同士で語り合ったり、それで幸せを感じている人が存在することは理解している。ただ、わたしにとってそれは最適解ではなかった。それだけのことである。
妄想は、人間に与えられた特権の一つだとわたしは思っている。あるいは人間に対する救済措置ともいえるだろうか。妄想の中では何を考えるのも自由だ。宝くじが当たったら何を買おうか、空が飛べるならどこへ行こうか、タイムマシンがあるならどの時代に行こうか、現実で実現させることが困難であっても、頭の中だったらご都合主義な架空の物語を描くことで相応の満足感を得られる。まさに救済措置といえる。
妄想は利点がある一方で、妄想から覚めたときに虚無感に苛まれるという欠点もあるが、わたしは妄想する前に、これは妄想であり実現し得ないことであると自らに強く念じることで乗り切っている。最初から自分は現実と妄想の境目を理解していると思うことが重要なのだ。理解しているからがっかりする必要なんて無い。そういう仕組みである。
また、妄想の内容が具現化したらどうなるか、とりわけどのようなリスクを伴うのかというのもあらかじめ考えることも一つの手だ。宝くじが当たることは良いことだけど、その結果金遣いが荒くなったりしないのか、空が飛べるのは良いことだけど、翼が壊れて高いところから落ちる心配はないのか、タイムマシンだって万能だとは限らない、もしかしたら元の時代に帰れなくなってしまうかもしれない。妄想はご都合主義100%で満たされている。リスクなんてものは一切考えない。考えないからこそ安心して多幸感を得られるのだ。逆を言えば、現実で起きて欲しくないということを意味する。このようにして妄想と現実の境目をより鮮明で強固なものにするのだ。
わたしのあなたに対する恋だってそうだ。あなたがいきなり喋りだしたらびっくりして身体が縮こまる。あなたの方向から声が聞こえた日には、精神科に急ぐか、あるいは神社に行ってお祓いしてもらうに違いない。身の毛のよだつ怪奇現象に遭遇するなんて願い下げだ。
わたしとあなたの恋において、恋情はわたしからあなたへの一方通行であり、あなたはただの看板であって欲しい。恋情は愚か一切の感情はいらない。生物である必要もない。わたしがあなたを目撃したら、わたしはあなたに許可を取らず勝手にあなたの写真を撮って、周辺の景色をひとしきり眺めて、これがあなた目線から見た景色なのだとわたしが勝手に解釈する。
次にあなたを眺める。色褪せたあなたから懐かしさや安心感を勝手に得る。もちろんあなたと幼い頃に遊んだり、肩を寄せ合ったことは無いことは理解している。わたしの望郷の念とあなたを無理やり重ねているだけだから。
次にあなたを蝕む錆を見ながら、切なさと虚しさを勝手に得る。今となってはあなたを産んだ主も死んだ。あなたに刻まれた電話番号にかけてもつながらないことがその証拠だ。インターネットが普及しさまざまな会話の手段がある令和の社会の中で、あなたの存在やあなたが本来わたしたちに訴えているものはもはや意味を成さない。それだけで十分切ないけど、それでいて未だに消えずに今日まで残っているから余計に虚しい。本来弱々しいはずなのに、おそらくわたしがこの世からいなくなっても残り続けるのだろう。
でも、わたしはそんなあなたを理解している。取り残されたあなたを見放すなんてしない。わたしが死んでもあなたのことを思い出そう。トタン屋根の建物の壁のもとに、耐震性がないであろう石垣の元に帰って、その冷えた紅白のブリキを眺めて、二人だけの世界に浸ろう。
そんな身勝手な恋を妄想しよう。大丈夫、頭の中は誰にも邪魔されないから。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
これから、上記のメモを元に音楽を作るわけですが、果たしてどうなるんでしょうか?
それはそうと、最近めっきり見かけなくなりましたよね。。