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長くて短い夏休み

息子が6月の記録会前後から腰が痛いと言い出した。
試合が続いたから、疲れとか筋肉痛の様なものかと思い、湿布薬を貼って対処していた。
痛いと言うものの、部活もスクールも自主練も1日と休む事がなかったし、大丈夫だろうと楽観視して7月になった。

部活もスクールも休みの日に、いつもの様に、最寄りの競技場に自主練に行くと、スクールのコーチ達が自主練していた。一緒にスタブロ練習をしたりして息子は嬉しそうだった。
コーチに挨拶して、少しお話しし、最近息子が腰痛を訴えていることも話すと、すぐに整形外科に行った方がいい。腰椎分離症の可能性がある。コーチ自身も中学生の時に分離症になり、6カ月間練習を中止したことがあると仰った。嫌な汗が流れて背中が冷たくなった。

かかりつけ医を受診し、レントゲンを撮ったが骨に異常は見られない。しかしレントゲンだけでは判断が難しい。紹介状を書くから、大きな病院でMRIを撮って来てください。予約もこちらで取りますと言われ、また頭と体が冷える感覚がした。

最短でMRIの予約は取れ、撮影後すぐにデータを持ってその足でかかりつけ医へ。
第4腰椎にヒビが入っていた。いわゆる疲労骨折。分離症の初期段階だと診断された。
硬質コルセットを着用して3カ月間は練習も体育も中止。夏の大会は棄権。それが骨をちゃんと癒合させられるベストの治療。でも3カ月も走るのを我慢すると気が狂うと言うならソフトタイプのコルセットをして練習する事も出来るよ。
唖然とする息子に出した先生の助け船に、息子が乗り込もうと足を上げた瞬間に、先生はこう続けた。
君は今レベルの高いところで走っていて、この先高校、大学、社会人と競技を続けていくつもりでしょう?それを考えたら、3カ月なんてあっという間だよ。
息子は上げた足を下ろして、3カ月の我慢を選んだ。

その後の対応も全て最短で進んだ。タイミングよくその場に技師さんがいらしていて、その日のうちにコルセットの型を取り、1週間で仕上がり装着して治療が始まった。
部活を休むことを伝えると、顧問の先生は、まだ一年生です。これからですよ。と励ましてくださった。

以前に骨盤の剥離骨折をした時よりも長い間走れなくなった息子は、やはり荒れた。走りたいと泣き、こんなの付けたくない!とコルセットを外して放り投げたこともある。出来るのはリハビリに通い、トレーナーに教わった体幹トレーニングとストレッチを家で毎日行うこと。でも今できることをするしかないと一番分かっているのは息子本人である。分かっているからこそやり切れないのかも知れない。

部活も練習も休むことになったと知った小学校からの友達が、ラーメン食べに行こうとLINEをくれたと、練習をしなくなった最初の土曜の午後に息子は出かけていった。
平日の夕方も土日も練習ばかりしていた息子はその日から何かを取り戻すように、頻繁に友達と出かける様になる。部活の仲間から、スタートダッシュを見てほしいと、競技場に誘われることもあった。そして荒れることも減っていった。コルセットもちゃんと装着していた。

2カ月が経って、先日の診察で骨の癒合が認められた。しかしまだ完全ではないから、後1カ月の我慢。焦って練習復帰して、この2カ月の我慢を無駄にしてはいけないからね。との先生の言葉に息子は素直に「はい。」と頷いた。

この子はなんて人に恵まれているのだろうと思った。気にかけてくれるコーチがいて、競技者としてちゃんと向き合ってくれる医者の先生がいてくれて、今できることを考えてくれるトレーナーがいてくれて、待ってくれている部活の先生や仲間がいてくれて、辛い時にそばにいてくれる友達がいてくれて。たくさんの人たちに支えられているね。幸せだね。

よく我慢したね。後もう少しだよ。

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