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解けることのない呪縛(溶けることのない祝福)


-7月22日 20:30-

先日魔導書の切れ端を手に入れた。
以前アザミちゃんと魔法の練習をした時にこれで何ができるのかは見せてもらった。

【液化魔法】

自分の体を溶かしてしまう魔法。
これを使えば初版の教科書も理解るようになると、そう聞いている。ただ、

「使いたく、ないなぁ......」

嫌でも"あの日”を思い出させる魔法。アザミちゃんが見せてくれ(見せつけられ)た時もパニックになった。
あまりに使うのが嫌で、もう1週間は放置している。

自分の体をぺたぺたと触る。
お顔、腕、お腹、羽、足。順番に全身くまなく触っていく。
わたしがわたしである範囲を確認する。世界とわたしの境界を確認する。

大丈夫。わたしはここに居る。
何度も大きく深呼吸する。魔法を使おうとして、そして

「ヴッッッ!?」

急な嘔吐感に襲われ倒れてしまう。
脳裏に焼き付いた”あの日”がフラッシュバックする。
息が苦しい。のどが痛い。身体の震えが止まらない。

「オェ......」

晩御飯だったものを床に撒き散らす。
吐瀉物と涙で顔がグシャグシャになる。
もう泣かないと無結の木で言ったばかりなのに涙が溢れて止まらない。

「怖い......よぉ......」

黄色い巾着を握りしめてつぶやく。
もし融けて戻れなかったらと思うと、溶けて消えてしまうのではと思うと怖くて仕方ない。
とてもじゃないが「人生に一遍の悔いなし」なんて言えない。
消えたくない。消えたくないよぉ。

..........
......

どれくらいの時が経っただろうか
強く握りしめた手はすっかり冷えきっていた。

のそりと起き上がる。
吐き出したものの上に突っ伏していたからか顔がカピカピになっている。
大きめの水泡を創り頭からかぶる。
しばらくずぶ濡れのままぼーっとする。

やっぱり独りではわたしにはこの魔法は使えないみたい。
ひとりで溶けて消えて誰にも気づかれないまま、ここが空室になるかもしれない。
消えたことにも誰も気づいてくれないかもしれない。
そんな恐怖感に押しつぶされそうになる。

いやだ......嫌だいやだイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダやだやだやだやだ
消えたくない消えたくない消えたくない消えたくない消えたくない消えたくない消えたくない消えたくない消えたくない消えたくない消えたくない消えたくない消えたくない消えたくない消えたくない消えたくない消えたくない消えたくない消えたくない消えたくない消えたくない消えたくない消えたくない消えたくない消えたくない消えたくない消えたくない消えたくない

キエタクナイ......きえたくない?

なんで?

もっと楽しいことをしたいから?

もっと楽しいを見たいから?

だってまだあの子の『理想』を叶えてない

理想?なんのことだ?

あの子って誰だ?

わからない......

なにもわからない

じゃあ

別にいっか?

思い出せないなにか【大切なもの】だって

しょせん思い出せないものなんだし

じゃあいっかぁ

.........
......

「いいわけっ、ないよぉ!!!」

息をすることを久しく忘れていた身体に空気と意識が返ってくる。

わたしはこれを克服して新しい魔法も覚えて、楽しいに少しでも近づくんだ。
そして【大切な】なにかを取り戻さなくちゃダメなんだ。

独りでできないのなら前回同様他の子を頼ればいいんだ。
こんな簡単なことなのに、気付く余裕がなかった。

決めてしまえばあとは行動すればいい。
わたしはまた紫の彼女を訪れることにした。

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

-7月22日 22:15ごろ-

いつものように本を読んでいると

コンコン、とドアがノックされる

「……はい、今出ま——さくらさん⁉︎ ゴミ箱に頭から突っ込んだんですか……⁉︎」

ドアを開けると頭からずぶ濡れになっているさくらさんが立っている。

「ほぇ?なんでごみ箱???」

「だって、さくらさん……ゲロが……」

「え......あ、あぁ......さっきまでお部屋でちょっと......ね」

たははぁ、と笑うさくら。その顔には疲労がみえる。

「あはは……一旦綺麗になりましょうかね……」

まずはシャワーでさっぱりすることを勧めようとするが

「えっとね、それよりもね、アザミちゃんにお願いがあるの!」

ずいっと顔が近づき手を握られる。

「お、お願いですか……いったいなんでしょう……?」

「液化魔法をね......使ってみようとしたんだけど、このありさまで......独りじゃ無理だったから一緒に居てほしいいの!」

「液化魔法を……? なぜそんなに……流れるようなイメージをするだけで——」

2〜3拍程の沈黙。

「……そういう問題じゃ、なさそうですねぇ……」

使おうとしてこの惨状。只事ではなさそうだ。

「うん......『溶ける』っていうのがどうしても怖くてね......シキちゃんのことを思い出しちゃって......わたしも消えちゃったらって怖くて......ダメだったの」

声が震えている。

「……ふむ、何かしらそのイメージを脱却しないと、ですねぇ……」

空いている手を顎に添えてしばらくの間俯いて。

「……では、一緒に乗り越えられる道を……探してみましょうか」

そういうとさくらさんはパッと顔をあげ、キラキラと(比喩ではなく)した顔で見つめてくる

「ありがとぉねぇ!」

「それじゃぁ……一旦グラウンドに出ましょうか。もう一度出しちゃっても……ね? アレですし」

「あ......う、うん。なんか......ごめんね?」

少し気まずそうに手を放す。

「良いんですよ。私もよく出してますし」

「アザミちゃんでも出ちゃうことあるんだねぇ......」

.........
......
...

アザミちゃんに連れられてグラウンドの真ん中までやってくる。
丁度このあたりでシキちゃんは......

「ううむ、シキさんが溶けてしまったのがトラウマ、ですかぁ……確かに衝撃でしたもんねぇ……」

「うん、見てるしかできなくて目をそむける間もなくて......今でも焼き付いて離れないの」

ぎゅっと黄色い巾着を握りしめる。

「そうですねぇ……」

しばらくの沈黙。真剣に考えていたアザミちゃんが、何かを思いついたように

「……では、考え方を変えてみましょう」

アザミちゃんはグラウンドの砂を手のひらサイズに集めて立ち上がる。

「さくらさん。砂って、液体だと思いますか?」

「砂は、ちいさいけど固体の集まり......だよねぇ?」

「そう。砂は小さな粒の集まりです。でもこうやって、ちゃんと持っていないと流れ出てしまう……それこそ液体のようにね」

「『溶ける』のではなく『小さな塊として崩れる』というイメージなら、抵抗が減ったりしませんか?」

ハッと目を開く。

「確かに砂ならなくなることはない......のかも?」

「少なからず目に見えるものとして存在し続けますからねぇ。(まぁ、風に飛ばされたらバラバラになっちゃいますけど)」

しゃがみこんで砂を触る。
集めて手に盛りサラサラと落とす。
指で適当な形を描き、それが残ることを実感する。
形が残るのならそこに在るということ。

「確かにこれなら大丈夫......だといいなぁ」

砂を何度も何度も落とし『形が残る』ことをヒントにイメージを刷り込む。
落とした砂は山となり残り続ける。

「うん......やってみる......から、ちゃんと見ててね?」
「ええ、ちゃんとみてますよ」

形が残る。水のような流れて消えるものではなくもっと硬い......例えばはちみつのような。
溶けてしまうのではなく、そこに残り続けるイメージを固めていく。

そして

段々と視線が低くなる
ゆっくりとドールの形は崩れていく
しばらくしてそこにはドールだった『液体』が在った。

溶けることを拒み続け固体であることを強く願ったそれは、はちみつのようにある程度の形を保ったまま液化魔法の発動に成功した。

しばらく後、ドールの形を取り戻したわたしはよろこびにふるえていた。

「あ......あざ、アザミちゃん......わたし、出来てた......よね?」

「……ふふ、ちゃんとできるじゃないですか」

ぱちぱちぱち、とアザミちゃんが拍手をしてくれる。

「あははっあはははははぁ。できた、できたぁ!!!」

ぴょんぴょんと喜び飛び跳ねながらアザミちゃんに飛びつく

「アザミちゃんありがとぉだよぉ」

「ははっ、私は何もしてませんよ? ヒントをあげただけ。乗り越えたのはあなたの力じゃないですか」

「ううん、ううん。私一人だけだったらただのゲロ化しかできなかったもん。アザミちゃんのおかげだよぉ。ホントにありがとなのよぉ!!!」

感極まって泣きながらしがみつく。

「…………」

アザミちゃんは小さく笑って

「……どういたしまして」

「あ、ごめんねわたしのせいで汚れちゃって......一緒にシャワー浴びに行かない?」

「ん、ああ、気にしないで良いんですよ……まぁでも、色々さっぱりするために浴びちゃいましょうか」

そういって2人でシャワーを浴びに行く。

.........
......

さっぱりしてアザミちゃんのお部屋の前。

「改めて、今日もホントぉにありがとぉだよ~」

「いえいえ、どういたしまして」

「じゃあおやすみなさぁい」

「はい、おやすみなさい」

嬉しさと達成感でまだ胸がふわふわしている。
るんるんで部屋を開けて

「......あー......」

嘔吐物にまみれた自室が迎えてくれる。
急落下した気分でお部屋の掃除をするのであった。


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