MY BEST FILMS 2023 No.10▶︎No.1
10. 『コンパートメントNo.6』
監督:ユホ・クオスマネン
この混沌しかない世界で私たちは一体何処へと向かっているのか。何から逃げようとしているのか。世界最北端をめざす寝台列車の客室で出逢った最悪なふたりの時間は北欧の冷たく仄暗い景色に包まれながら、歪つな孤独の魂が溶け合う極上のロードムービーへと。想像すらしていなかった他者と理解り合うこと、繋がることの不可思議が映画と出会う歓びと呼応する。そして私たちはどこまででも行ける、きっと。
9.『スパイダーマン:アクロス・ザ・スパイダーバース』
監督:J・D・サントス、K・パワーズ、J・K・トンプソン
たとえ己が信じた世界から存在意義を否定されたとしても、過去の自分と現在の自分の手と手を取り合って、未来へと駆け抜けていくことを諦めようとしない最新型のナラティブ。「どんなことにも「最初」があるから」と、あの日きみと一緒に眺めた、逆さまの世界の美しさを忘れない。薄っぺらなダイバーシティに唾を吐け。更なる進化を求め過ぎたが故に、混沌を伴う道を選択したユニバースの更にその先へ。
8. 『イニシェリン島の精霊』
監督:マーティン・マクドナー
1920年代のアイルランドの小さな島で起こった、親友だったはずの男ふたりの至極くだらない諍いは、争いから逃れることができない人間の愚かで醜き本質を深く抉り、忖度で薄汚れた現代社会の保守体質を切り裂く洞察へと。上っ面の友愛を完全否定しながらも、人間を諦めきれない確かな綻びが可笑しくも不完全な作劇の中へ私たちを誘う。これは寓話などではない。誰かをちゃんと嫌いになれる覚悟を纏った人間たちの切実な愛の物語なのだ。
7. 『ベネデッタ』
監督:ポール・バーホーベン
17世紀、実在した女性修道士・ベネデッタが起こしたとされる奇蹟。いつの世も変わらぬ腐り切った体制に唾を吐きながら、己の欲望にどこまでも忠実に、あらゆる背徳、冒涜、蹂躙を尽くしてゆく彼女の姿は、単なる時代の殉教者や犠牲者などではなく、信念に生きる革命家そのものだ。それが盲信なのかペテンなのかなんかは問題ではない。映画史に決して消えることのない聖痕を刻むために。闘争は続いてゆく。
6. 『君たちはどう生きるか』
監督:宮﨑駿
自分には決して超えられない存在がいた。もう二度と抱きしめられない人がいた。そんな彼が行き着いた無情な境地。そのこころに抱えた圧倒的な劣等感と喪失感を、精神の弓矢へと変えてこの終わりのない悲劇が蔓延る世界へ放った。臆面もなく栄光も恥部も撒き散らしながら、かつての永遠の少年がもうこの世界では会うことができない「友だち」に捧げた慈しみの冒険譚。それは終わらない地獄。そう、地球儀が回り続けるかぎり。
5. 『TAR / ター』
監督:トッド・フィールド
私たちが表層で捉えているキャンセルカルチャーの奥深くで、マグマのように蠢きつづける罪と罰。完璧さに執心・心酔するがあまりに、マエストロは自らが放つ不協和音に気づけない因果応報。その極めて挑発的な題材は、トッド・フィールドによる悪魔的な指揮と、権威の権化へと憑依したケイト・ブランシェットの怪演によって、現代に巣食う匿名の悪意すらも飲み尽くす圧巻の神話に仕立てあげられた。
4. 『キラーズ・オブ・ザ・フラワームーン』
監督:マーティン・スコセッシ
莫大な富と名声が欲しいか。己の手を真っ黒に汚し続けてもこの世で生き永らえるための虫のような自分の命が惜しいか。たとえ愛した人を欺き続ける業を背負ったとしても。1920年に起きた、石油を巡る白人による先住民連続殺人を加害側の視点で淡々と綴る搾取の物語は、その被害者たちだけでなく、目撃する(観る)者の内臓物までも少しずつ奪われているかのような錯覚すらも覚える、不快を極めた至高の240分。
3. 『ショーイング・アップ』
監督:ケリー・ライカート
芸術とゴミのあいだで揺れ続ける、アートに生きる人たちのどこを切っても変わらない数日間がなぜもこう映画として煌めくのか。終始穏やかではいられない心をこうまで穏やかに、そして鮮やかに物語る術の正体は何なのか。他者も自己も無価値であり等価値だというさりげない真実をそっと置いて、新たな地平を指し示す。きっと歴史や社会に何の影響も及ぼすことのない、そんな放蕩の民をずっと見つめ続けてきたライカートのある到達点。
2. 『レッド・ロケット』
監督:ショーン・ベイカー
Red Rocket=発情した犬の性器。圧倒的なまでの自己肯定感と自己愛に満ち溢れたクズ男(ポルノ男優)の、不道徳で不適切極まりない性春の煌めきが終始止まらない。どこまでも続いていきそうな荒涼とした大地の果てで朽ちたはずのアメリカの夢は、その空虚すらも逞しき笑いへと変えて、恥もクソも撒き散らして生きていく。このタフネスさは信頼に足る、に尽きる。過度なセンシティブと忖度に殺された表現なんか知るかよ。
1. 『別れる決心』
監督:パク・チャヌク
このあまりにも素晴らしい倒錯を前に、呼吸をすることすら忘れてしまう。正義も真実も愛すらもすべては朧げな胡蝶の夢で、信じることができるのは目の前に提示された確かな事実だけ。そんなことわかりきっていたはずの男と女が迷い込んでしまう、めまいが止まらない魔宮。すべてのショットがまるで映像言語と言わんばかりに、行く末を見守る他者(我々)の精神すら蝕んでいく。その狂おしき快楽に溺れ、あなたを想った確かな証拠すら残されない。私たちはこの傑作に囚われつづけるしか無いのだ。きっと永遠に。