うつぶせと、海
うつ伏せで寝るのが好き。
タオルのざらざらに右頬をくっつける。一夜を越えた、わたしの匂い。わたしの匂い、抱きしめる。
わたしの匂いのするタオルは、小豆の入った枕をつつむ。ジャリジャリ音をたてる。その音を、抱きしめる。
一緒に胸が潰れるし、巻き肩がますます巻かれるけれど、そのままうつ伏せを続ける。
枕とともに、布団もわたしを抱きしめる。足をジタバタさせて、布団の生地を楽しむ。埃がたつ。埃のたった布団のしたに、床がある。
床とは5階建てアパートの築40年の床。時折ミシミシと音をたてる。その音の下に、4階の住民がいる。へんてこな顔の住民。その人が歩くたびにも、床はミシミシ音たてる。
その床の下にはまたもや、3階の床があり、2階の床がミシミシ音を立て、そうして1階の床が支える。5枚分の床、このアパートを支えている。そうして住民歩くたびに、みんなミシミシと音たてる。ミシミシ住民、われわれの生活の匂いを、抱きしめる。
5枚分の床、アパートの下に、やっと大地がある。草が生える。花が芽吹く。そうして蜜を嗅ぎに蝶がやってくる。猫もやってくる。その羽や毛を揺らしに風やってくる。それはやさしい風。あの日さわれた風。
風がつれてくるのは海の潮風。しゃんとした匂い、7割の力。あの砂浜。落書きを飲み込む波の海。見えない蒸気、しょっぱい匂い。自然と指先が近づく。触れた触れられた。ザザザっと強めの波。接吻をかきけす。照れ臭さをかき消す。ますます熱があがる。海が溺れる。立ち上がる。蒸気となる、雲が生まれる。はなれる。私たち、ただよう。こちらを見る。笑い飛ばす。足をかける。命をかける。ふと振り返る。そうすると、あなたはどこかへ行ってしまった。
乳房雲がながれる。
海は雨を降らせる。しとしと、ザーザーと。
そうして私のもとへやってきた。目が覚めると、頬に川が流れ、枕に海がただよう。
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