【百合掌編】ひたちなかの午後
「咲いてないね」
「咲いてないな」
春には一面の花畑が広がっているのであろう光景を前に、二人でぼやく。今は一面がシートで覆われており、見渡す限り彩りのまったく無い眺めが広がっている。きっとこの下ではまだ草状態のネモフィラが今か今かと春を待っているのだろう。
海風に横っ面をたたかれて思わず耳を覆う。海のそばの公園に来るには時期が早かったかもしれない。分かっていたけど。
『なんで連れてきた?』、 彼女には私にそう問う権利がある。連れてきたのは私だから。だけど彼女は何も言わず、黙ってだだっ広い殺風景を眺めている。
だから、私から話題を振ることにした。
「この公園の名前で検索するとさ、綺麗な写真しか出てこないんだ」
「だろうな、わざわざ準備中の様子を宣伝する道理は無い」
「うん。視界一面を青一色に染める見事なネモフィラとか、秋には真っ赤に色づく立派なコキアとか。そういう美しい風景ばかりが画像検索の画面に並ぶ」
「だから、綺麗じゃない景色を見たいって?」
「うん。むしろそのほうがレアでしょ」
少しだけ考える間があって、やがて口を開く。
「あんた、めんどくさいな」
バッサリ言って景色に目を戻す彼女。白いシートで包まれた風景の上に、数粒落ちたゴマのような人影が見える。たぶん、いまは一年でいちばん来園者が少ない時期だろう。
めんどくさい。そうだろうな。本当は彼女のことを思ってこの場所にしたのに、それを知られるのがなんだか恥ずかしくて嘘をつく。しかも、どうやら私は嘘が下手らしい。バレバレの嘘をつく恋人ほどめんどくさいものはない。
「・・・ありがとう」
不意に、けれどハッキリと彼女が言う。その声は優しくて、溶けるようで。
「別に、私が来たかっただけだから」
思わず早口になってしまう。私のバカ、こんなの図星だって言ってるようなものだよ。
「アタシが人混み苦手だから、気を遣ってくれたんだろ」
完全にバレている。ああ、もう。降参。
「・・・来てよかった? 楽しい?」
めんどくさいの上塗りをしてしまう。我ながらなんだその問いは。
「あんたがいるなら、どこでも楽しい」
答えになっているようでなっていない答え。それなのになんだかすごく嬉しくて、とりあえず彼女の腕を引いて抱き寄せる。これは海風から守るためだから。うん。
「・・・あったかい」
こぼれた一言は、どちらのものだったか。やっぱり人がいない時期を選んでよかったと、私より少し低い位置にある頭を引き寄せながら思った。
冬の空は高く、海からの風は冷たい。遠い春を待つ草花に囲まれて、私たちはお互いの体温を確かめ合う。潮の匂いと彼女の髪の香りが混ざって、すこしだけくらりとした。
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