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季節はめぐり - 第五話
翌日、秋本さんはオフだったのでお店には来なかった。
私とオーナーの二人でお店を回す日に限って、なぜか忙しくなる。暇を持て余してそうなマダム四人組がふらっと立ち寄ってきたり、外国人観光客が八人で押しかけてきたりと客足が途絶えず、一日中せかせかと動き回っていた。
スマホを見る暇もなく、秋本のショートメッセージに気付いたのは、なんとか閉店までこぎつけ、へろへろに疲れた体でお店を出た時だった。
『明日の夜、お仕事終わってから一緒に買い物して私の家に行く、でいいですよね?』
そんなこと、当日のノリで決める人が大半だろうに、わざわざ事前に連絡してくるところが彼女らしいと思った。
すぐに返事する気力は無かった。家に着いてベッドに横になり、煙草を一本吸ってから、ようやく「いいよ」と一言だけ返事を送った。
我ながら素っ気ない。でも、一応は後輩なので気を使う必要もない。それに、秋本さんの提案には全面的に賛成なので、これ以外に最適な返事は思い浮かばない。
すぐに秋本さんから次のメッセージが来る。
『おつまみはお惣菜を適当に買う感じでいいですか?』
いいよ、と打ち込んで、その台詞はさっき送ったばかりだと気付く。目をつむり、どうしようか考えて、ぱっと思い浮かんだ言葉を打ち込んで送信する。
「うん。お惣菜、何が好き?」
送った瞬間に、送信を取り消したい気持ちに駆られる。「うん」だけで良かったのに。なんで急にこんなメッセージ送ったんだろう。
一分も経たないうちに、秋本さんからの返事が画面に表示される。
『茄子の煮びたしです! 先輩は?』
そのチョイスに、思わず吹き出してしまう。
「渋っ」
誰もいない部屋で思わず声を出してしまった。その言葉は打ち込まずに、私は「唐揚げ」とだけ打ち込んでメッセージを送った。
『じゃあ唐揚げも買いましょう! すごく楽しみです』
続けて送られてくる、羊のキャラクターが「楽しみ」と嬉しそうにしているスタンプ。私も似たような、だけどアプリに最初から入っている無料のスタンプを送る。秋本さんの返事は、そこで途絶える。
スマホを放り出して、目をつむる。
何がそんなに楽しみなんだろう。素朴な疑問。秋本さんは、一体私の何に惹かれているのか、全く見当がつかない。
私だって、なんで秋本さんと仲良くしようとしているのか、わからない。
可愛い後輩だから?
久しぶりに誰かと気さくに話せるから?
恋人と別れたばかりで寂しいから?
そんなことを考えていたら、急に疲れが押し寄せてきて、気付いたら眠ってしまっていた。
目が覚めたのは夜中の三時頃だった。電気がつけっぱなしの部屋で、僅かな罪悪感に駆られる。それでも、久しぶりに何も考えず眠れた気がして、少しだけ気分が良かった。
適当にメイクを落として歯を磨き、電気を消してもう一度ベッドに入ると、なぜかその日は、すんなり眠ることができた。
次の日、いつも通りの時間にお店に向かっていると、大通りで駅から歩いてくる秋本さんとばったり出くわした。
「おはよう」
「おはようございます。今日、顔色いいですね」
「そう? 宅飲み楽しみなのが顔に出てたかも」
「絶対ウソでしょう、それ」
私の適当な冗談を見破って笑う秋本さんにつられて、私も思わず笑みをこぼす。
その日はお昼時から来る客が多かったけれど、秋本さんはもうすっかり慣れた様子でオーダーをさばき、料理と飲み物を運び、テキパキと働いていたた。私がサポートに入ることもほとんど無く、むしろ私の方が秋本さんに何度か助けられたりした。
お店を閉めて一通りの片づけを終えたあと、オーナーに挨拶をしてから秋本さんと一緒にスタッフルームで着替える。と言っても、私はいつも私服の上にエプロンを付けているだけなので、エプロンを外せばすぐに帰れる状態になる。一方で、秋本さんはわざわざ着ていた服を脱いで、小ぎれいなベージュ色のワンピースに着替えていた。
「せっかくの先輩との飲みですから!」
どうやら秋本さんにとって、今日の宅飲みは私が思っていたよりもビッグイベントらしい。駅へと向かう秋本さんの足取りはとても軽かった。
「買い物、私の家の近くのスーパーでいいですか?」
「もちろん」
いつもは手を振って秋本さんを見送っている駅で、そのまま改札を一緒に通り抜け、同じ電車に二人で乗り込む。何ひとつ変わらないルーチンから一歩抜け出したようで、新鮮な気持ちと同時に少しだけ緊張を感じる。
普通電車で一駅。秋本さんの家の最寄り駅は、特別大きな駅でもなく、ぱっと見の印象はお店の最寄り駅とほとんど変わらない。秋本さんの後ろに続いて改札を通り、東出口と書かれた方から表通りへ出る。秋本さんの言っていたスーパーは、駅から歩いて五分ほどのところにあった。
「あんまり安くは無いんですけど、帰り道にあって便利なので」
自動ドアを抜けた秋本さんは慣れた様子で買い物かごをカートに乗せ、野菜や肉、魚を売っているコーナーを素通りし、惣菜売り場へと直行した。
「けっこう美味しいんですよ、ここのお惣菜」
そう言って、秋本さんは小鯵の南蛮漬け、茄子の煮びたし、蓮根のピリ辛炒めを躊躇なく買い物かごに入れていく。私も遠慮せずに肉団子、手羽中の甘辛煮、唐揚げを入れた。
「先輩、お魚好きです?」
秋本さんはぶりの照り焼きが入ったパックを私に見せた。別に好きではないけれども、食べなくはない。
「食べる」
私がそう言うと、にこりと笑った秋本さんはそのパックも買い物かごの中へ入れた。
一通り惣菜を選び終わった後、私は缶ビールとレモンサワーを、秋本さんは軽めのぶどうサワーと桃の缶チューハイを手にしてからレジを通った。私が出すと言っても秋本さんはかたくなに譲らず、結局割り勘することにした。
「楽しみですねっ」
大きめのレジ袋の中で、缶チューハイがからんころんとぶつかる音を聞きながら、私たちはすっかり暗くなった住宅街へと歩き出した。