
【歌日記】2/2 挙母神社
◇歌
夕されば挙母の野辺のふるさとの
古き社の影ぞおぼゆる
◆本歌
みよし野の山の秋風さ夜更けてふるさと寒くころもうつなり
初めて歌を覚えたのは小学四年生の時、百人一首大会で一枚でも多くかるたを取りたいという思いからだった。意味もわからずひたすら口に出し、何度も書いたのはこの歌だけではない。愛知の三好という地に住んでいたから、この本歌が一番覚え易かったのだろう。百首全部覚えようとがんばったが、読む声が脳内で自動再生できるまでになったのは十くらいだった。
翌年転校することになり、静岡では百人一首大会は無かったから、三好を「ふるさと」として懐かしむ時、自然とこの歌が思い出された。だからこの歌は奈良の吉野ではなく、愛知の三好の歌として私の記憶に結ばれている。
思えば百人一首に初めて触れたのも愛知でのことだ。母方の曽祖母が姉妹でお寺に住んでいて(妹が尼寺の住職だった)、遊びに行くと古いかるたを出してくれた。お抹茶を点ててくれたり、木魚を打たせてくれたりするから、私はこのひいおばあちゃんたちに会いに行くのを楽しみにしていた。豊田市の挙母神社の境内にあったその瑞光院は、二人が住んでいる間に火事で焼けてしまい、人の寿命より長生きしていたであろうあのかるたも木魚も、もうどこにもない。私にとって愛知はそういうところだ。

岡崎平野の中心部は近くに山が見えず真っ平らで、いちど夕焼けが始まるとなかなか終わらない。静岡の山中でほとんどの時間を過ごしてきた子どもの頃、愛知に行くたびに明るい時間の長さに驚いていた。
そんなことをつらつら考えながら歌を詠んでいて気がついた。私にとって日記は、歌の詞書なのだ。

いいなと思ったら応援しよう!
