800字チャレンジ#5「狐の名前」

※刀剣夢小説(加州清光)
※名前あり固定主
※800字チャレンジ100本ノックの自分用記事


名前をあげると言われた。

「えっ……。えっ、えっ!?いいの、主!?」
「いいよ。初期刀として私ンところに来てくれてから、随分良く働いてくれたからね。清光に、特別だ」

これ以上ない誉だった。
名。それはこの世で最も短い呪い。その人を表す、かけがえのないもの。あるいは、その人自身。
敬愛してならない主が、その自身の一部を俺にくれると言う。それは、端くれながらも神である刀剣男士にとって特別なものだ。これ以上の喜びが、どこにあるというのだろう。
この上なく特別で、愛されてるって証!
遠くで、主の弟子と他の刀剣たちの声がする。少しハッとして、意味はないと知りつつも、声をひそめ、主の近くへ寄る。くふくふ、と笑いが零れた。

「いつ、いつくれるの?」
「清光は、相変わらず私とだけ話すときは子供みたいになるンだねえ」
「そ、そんなことないってば!」

きっとこれは癖だった。
まだ主がうんと幼くて、俺が男士として顕現して間もない頃。……あの、他の本丸よりも妙に幼かった短刀と共に、主の話を聞くのが好きだったから。
短刀の幼さが移ったのだ。もうここにはいない、短刀の無垢な笑顔が、今も俺の心に棲みついている。

「名前は最も短い呪い。わかってるね?」
「うん」
「きっと私の名前は、他のものより霊力が強い。きっと清光を守ってくれるよ」
「うん」
「託した名前は、清光に任せる。他の刀剣とわけても良いし、清光の中に仕舞っておいても良い」
「……うん」
「大切にしてくれるかい?」
「もちろんだよ!」

主の口が柔らかな弧を描く。この上なく嬉しいはずなのに、きゅう、と胸が痛んだ。
主の細くなった手が布団の上から、自身の顔へとゆっくり移動する。そのまま顔の横へ、後ろへ。頭の後ろで結わいでいる紐をくいっと引っ張ると、主の顔の上部を隠していた狐面が、カランと音を立てて畳の上へ落ちた。
露草色の瞳を、久しぶりに見た。

「玉垣出雲。呼んで、清光」
「玉垣出雲……さん」
「そうだよ」
「へへ……これで、主が、出雲さんがこれからも俺を守ってくれる、ね」

最後の方は、涙に濡れて言葉が滲んでしまった。
今、主が俺に名を託す意味がわかったからだ。

「出雲さん」
「うん」
「出雲さん」
「なんだい、清光」
「もっと、長生きして……」

俺の涙が、出雲さんの狐面を濡らす。
出雲さんは、何も言わずに微笑んでいる。
静寂の中、狐面に雫が落ちる、ぽたぽた、という音だけが響いた。

主がこの世を去る、数日前の出来事だった。

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