800字チャレンジ#8「春は遠い」
※堀宮夢小説(井浦秀)
※名前あり固定主
※800字チャレンジ100本ノックの自分用記事
「そういえば最近、井浦くんの『彼女欲しい』聞いてないねー」
ほわほわと悪気無く放った宮村くんの言葉に、生徒会室の空気が凍った。
「う、うん?ソカナー?」
「だって前は毎日のように彼女欲しいって、」
「あー!宮村、このパン美味ぇぞー!!」
石川くんが無理やり口にパンを突っ込み、宮村くんはふがふがと言葉にならない音を零す。
「(私のせいなんです……多分)」
私が井浦くんのこと好きだから、でも井浦くんは私のこと好きじゃないから、だから井浦くんは彼女欲しいって言わなくなったんです。
推測だけど、限りなくこれが正解。みんなわかってる。だから今みんなは黙っていて、綾崎さんは口を開いてでも言葉が出なくて噤んで、気まずい空気が漂っている。
「そっそういえばこないだの体育でー!」
「わっ私!」
ガタン、と机に手をつき、立ち上がる。
タイミングが悪いせいで、堀さんの言葉に被ってしまった。
気まずくて、堀さんの顔が見られない。
「私、飲み物買ってくるね……!」
「あっ、美波さん、」
誰かが私の事を呼んでくれたけど、思わず生徒会室から脱兎のごとく逃げ出す。
後ろで、「宮村ぁーー!」堀さんの怒声が聞こえた。
自販機に着いても、買うものは特に思いつかない。と、いうか……、
「(財布、忘れた……)」
情けなくて泣きそうだ。
「(私、なにしてんだろ……)」
「美波さん!」
「柳くん……」
情けなさに、自販機を背にずるずると座り込んでいると、柳くんが追いかけてきてくれた。「大丈夫ですか?」そう言って目線を合わせてくれる柳くんに、べしょ、と本格的に涙が出てくる。
「ご、ごめんなさいー……」
「わっ、な、泣かないでください!」
「ご、ごめ、」
べしょべしょ、と泣き出してしまう私に、慌てふためく柳くん。
泣き虫でごめんなさい。でも、止まらなくて、ぐすぐすと鼻を鳴らす私に、柳くんはポケットティッシュを出してくれた。申し訳なくて、でも好意に甘えて、一枚取り出してずずっと鼻をすする。
「美波さんのせいじゃないですよ」
「わ、私のせいなの、」
「誰のせいでもないです」
お互いに明確な言葉にしないまま、一つのことについて語る。
きっぱりと言い切った柳くんの優しさに、思わず甘えてしまいそうになる。こんなこと言ったら困るかな。でも、ここまで見苦しい姿を見せちゃったんだから、同じかな。そもそも、柳くんは、全部知ってる。
「い、井浦くんに好きになってもらいたい……」
言葉の最後は、涙に濡れた。
べしょ、とまた泣き出す私に、柳くんは隣に座ってそっと囁くように言った。
「僕も、吉川さんに好きになってもらいたかったです」
「……柳くん、ユキちゃんのこと好きなの……?」
「フラれちゃいましたけどね」
首を傾けえへへと笑う柳くんに、「ごめん、」と言いかけて、口を噤んだ。
柳くんは、謝罪の言葉なんて、望んでいない。
「その人のこと、好きって気持ちだけで完結できたら良いのに」
「恋って、難しいですね」
なんで恋は一人で完結できないのだろう。
ずずっと鼻をすする私に、「もう一枚、いります?」柳くんがティッシュを差し出した。「うん」と受け取り、一枚取り出す。
「柳くん、財布持ってる?」
「あっ……忘れちゃいました」
この後二人で気まずい思いをするまでに。
なんとか涙は乾かさなければと、まずはぐすぐす止まらない鼻に、ティッシュを宛がった。
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