800字チャレンジ#3「鈴の音ワルツ」
※刀剣乱舞夢小説(薬研藤四郎)
※800字チャレンジ100本ノックの自分用記事
リン、と結界が揺らぐ音がした。
手にした医学書から、机の上に無造作においた時計に視線を移す。
針が示す時刻からして、主の帰って来た音だろう。そういえば、襖を通した光も、いつの間にか橙の色をしていた。灯もつけずに小さな文字を追っていたせいだろう。眼鏡を外し、鈍く重さを感じる眉間をぐりぐりと指で揉んだ。
「ただいまー!」「お帰り。そのまま手洗いうがいをするように」「わかってまーす」遠くから聞こえる会話に、自分の予想が間違っていなかったことを悟る。初期刀の歌仙が仕切る厨は、この本丸の屋敷の入り口から入ってすぐにある。寺子屋……ではなく、高校、とか言ったか、とにかく学び舎から帰る主を一番に出迎えるのは、いつも歌仙の役目だ。
「そろそろ俺っちも手伝いに行くかぁ」
誰に言うわけでもなく、一人零していると、たったった、と軽快な足音が聞こえて来た。
主が自室に行くには、自分に与えられたこの薬部屋の前を通る必要がある。
どれ、一つ顔を見せないとな、と固まった足を伸ばしていると、何やら、主の様子がいつもと違うことに気づいた。
足音。足音がおかしいのだ。
たったった、たったった、たったった……。
”節”を刻むような、まるで踊っているような足音。
「よぉ、大将。何踊ってるんだ」
「や、薬研」
ややや、と両の手と手に持った鞄で顔を隠す主に、ん?と首を傾げる。
「なんだ、大将」
「や、まさか見られるとは」
「踊っていたことか」
指摘すると、主は、わー恥ずかしい!と、ぶんぶん鞄を振り回した。あ、危ねえ。
「音楽の授業でね、流れた曲がね、頭から離れなくてね」
漸く量の手と鞄を下した主は、口を尖らせながら、つま先で床を叩く。
とっとっと、とっとっと……。
一拍目に重きを置いたそれは、心地の良い調子だった。
「なんだ、その、節?調子?なんて例えれば良いんだ……」
「ん?節?えーと、あっ。リズム、かな?」
りずむ。耳慣れない外つ国の言葉を、口の中で呟く。
初めて聞いた言葉なのに、口にすると何故か妙に馴染んだ。
「りずむ、りずむか。そうか、良いな。そのりずむってやつは、心地良いもんだな」
「雅じゃん、薬研」
どうしたの、とからから笑う主に、らしくなかったか、と頭を掻く。
雅なことはわからんが、良いもんは良い。
ふいに、主があっと声を上げ、「ちょっと待ってて」と駆けていった。
たったった、たったった……。主の頭の中では、未だにその音楽が流れているのだろう。駆けてゆく足音さえも、少しりずむとやらに寄っていた。
待つ間、机の上を指でとんとん、と叩いてみる。
とんとんとん、とんとんとん。
「(ははっ、確かにこりゃ癖になりそうだ)」
「お待たせ!薬研!」
シャンッと、戻った主が音を響かせる。
鞄を置いた代わりに、歌仙が鈴をあしらった羽織を羽織った主が、息を弾ませながら立っていた。
一歩一歩、と足を踏み出すたびに、鈴の音が鳴り響く。
「あのね、きっとこれ着た方が楽しいと思ってね」
「おう?」
「踊ろう、薬研!」
シャンッ!と楽し気に鈴は鳴り、手首をぐいと引かれた。
「大将、踊りなんて雅なこと、俺っちは」
「いいのいいの、適当で!」
「リズムだけはとってね。いち、に、さん。いち、に、さん」楽し気に声を弾ませる主に引っ張られ、もつれそうになりながら足を踏み出す。
意味のわからないまま、主を倒してしまったら不味いと、手首を握っていた小さな柔い手をとった。シャン、音が跳ねる。足が廊下の床を叩く。
バラバラだった二つの足音が、鈴の音に導かれるように、少しずつ揃っていく。
いち、に、さん。いち、に、さん……。
「本当にこれでいいのか?」
「多分!」
「おい」
「3拍子だから、ワルツね」
わるつ。耳慣れない言葉を、シャンッ、鈴の音が飾った。
とんとんとん、とんとんとん。
シャンシャンシャン、シャンシャンシャン……。
なるほど、確かにこれは、
「楽しいな、大将!」
「でしょー!」
鈴の音のように笑いながら、くるり、と主が手の先で回る。
羽織が大きく舞い、一際大きく、シャン!鈴の音が鳴った。
そうしてしばらく俺たちは、橙色の中で、二人でワルツを踊り続けた。
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(800字とは……)