踊らされて、獣医。@獣医さん1年生②
通い慣れない通勤路を通り獣医師として初めて現場に立つ日がきた。とはいえ普通はワクチンや健康診断を担当しながら成長していくのだが、ここは大病院。街の病院では手に負えない症例が多く集まるこの病院で、新入りのペーペーが、いきなり飼い主さんの前に出るわけではない。
まず真っ先に命じられたのは、掃除。一応、農林水産省指定の卒後臨床研修施設ではあるので、研修医カリキュラムはあり、ローテーションで診療科を回ることになっているので、今月の所属としては消化器科の配属にはなっている。でも先輩獣医師は朝から忙しく診察をしており、新人の相手をしている暇はないようで、ベテランであろう看護師に指示され、ゴミ回収や犬舎の掃除などを粛々としていた。
ちなみに、同期の新人獣医は6人いるが、他のみなも似たような状況だ。あぁ、うち1人は何をすればいいかも分からず、突っ立っていて、早速怒鳴られている。当然、同期の看護師も同じく6人いるが、看護師には先輩看護師が教育担当として付いてくれており、研修と呼ぶのに相応しい体制なようだ。
こうして犬飼は午前中は1度も動物に触れることはなかった。
昼休みの時間ではあるのが、獣医師にはそんなの名ばかりの昼休みである。やっと外来が落ち着き、先輩獣医師の黒木から声がかかったと思えば、5分で食事を済ませて、内視鏡検査の準備を覚えに来なさいとのことだった。結局、内視鏡検査の準備は見に行ったものの、内視鏡検査が始まると、その場から追い出され処置室の掃除を仰せつかった。
後に分かるが内視鏡検査の補助にもそれなりのスキルが必要であるため、経験のある看護師が検査には立ち合い、ペーぺー獣医は掃除していろ。とのことだった。
すでには犬飼は辞めようかと思っていた。研修制度がしっかりしているとの触れ込みだったので、多少のことは我慢しようと僅かには思っていたが、想像以上に玉拾いな状態だった。約1週間は似たような状態が続き、同期獣医は5人になっていた。
同期看護師は、動物の保定(動物が安全に処置できるよう動かないように保持すること)をさせてもらい始めていたが、犬飼たち新人獣医は、まだほとんど動物にすら触っていない。
犬飼がもっとも屈辱的と思ったのは、お給料も出してあげて研修させてあげてるのだから、研修医に残業代なんて出しませんという社の方針と、ベテラン看護師が、「研修医は勉強しにきてるだから、最後まで残って勉強しなさいよ」と言って、そうそうに帰ってしまうことが多かったことだ。もちろん勉強になることもあったが、残された研修医たちは、検査や手術で使用した器具を洗うために残されたことは間違いない。しかもやはり残業代はなしで、月々の手取りは通勤手当や宿直手当込みで20万円には満たない額である。
動物にほとんど触れぬまま、1週間が過ぎたころ、同期入社の栗林が、同期獣医で飲みに行こうと誘ってくれた。当然、みな配属された診療科は別であり、終わり時間も20時ならまだ良い方。22時頃までかかることもあったが、なんとか都合を合わせて飲みに行くことになった。
そして初めて同期でまともに会話した飲み会では、みんな同じよな不満を唱えていて、心が軽くなったと犬飼は感じたのであった。