【エッセイ】夜のパッソル
高1の夏休み。誕生日はまだ来ていないから15歳の夏ーー僕は、一番仲の良かった友達の紹介で、バイクを売ってもらうことになった。
先輩の家は小高い山の中腹、数年前に造られた団地の中にある。
僕は、友達をチャリンコのケツに乗せて一生懸命、坂を登った。
周囲は同じカタチ、同じ色の家がたくさんならんでいて・・・でも道路側の2階の部屋にブリヂストンのデカいステッカーが斜めに貼ってある家、そこが先輩の家だった。
友達は玄関のドアを開けて
「ちわーす、ノブさーん」と呼んだ。
ノブさんは上下ピンクのスウェットを来て、寝癖だらけのパーマのまま現れた。
「ちわーす」と頭を下げ、友達が
「コイツです」と紹介してくれた。
「おー見たことあるのー」
と先輩は言った。何故か少し嬉しい感じがした。
僕は「コレ」と封筒を差し出すと、先輩は庭先を指差し「アレ」と答えた。
先輩が指差すカーポートの奥にはボロボロのスクーター。僕の初めてのバイクがあった。
「もう乗らんのですか?」
「まぁぼちぼち車の免許も取れそうやしのー」
「まじすか。車、何買うんすか?」
「おー、小島さんのシルビア知っちょろうが、あれ買うんじゃ」
「シブいすね、稲妻カラーすよね」
「おー、70万なら安かろうが。フルエアロにダクトも入っちょるんじゃ」
実は車のことはよくわからなかったが、友達も僕もウンウンと頷いた。
ひとしきり自慢話を終えた先輩は、もう興味なさそうに家の中に入っていく。
「じゃあ帰ります」
「おー、鍵はついちょるど」
初めて見たソイツは、赤のラメに適当に塗り替えられ、マフラーと言えば、エンジンから出てすぐの細いところでちょん切られてて、その部分には長さ20センチ位の車用のマフラーカッターが無理矢理はめ込まれていた。
ナンバーはあったような気もするが、名義変更とか登録とかした記憶は全く無いから今考えると無かったのかもしれない。
でも、15歳の僕にはどっちでもよかった。とにかく何でもいいからバイクが欲しかった。
僕の初めてのバイク、名前は
「パッソル」。値段は3000円だ。
団地から下る道は、大きい車道と別に、通学路になっている細い歩道もあった。
車が通れない道は、パトカーも来ない。
僕はエンジンをかけずにその坂を下った。
下ったところから、国道をまたぐと、ウチの近くまで通学路の歩道が繋がっている。
国道を押して渡り、一旦、人目に付かない所まで行ってからキーを回してキックを踏む。
パッソルは「パンバンパラパラ」と爆音と白煙を吐き出して始動した。
何とも言えない胸のざわざわ。
親や近所の手前、家には持って帰れないから、近くの歩道橋の下、放置自転車がいっぱい止まっているところを置き場にした。
夜になると家を抜け出し、眺めたり、そこら辺を走り回ったり。
スピードは40キロしか出なかったが、夜の裏道は両側の建物に爆音が反響し、とても気持ちが良かった。
僕はその後、すぐに16歳になったから、高校にバレないよう県外の自動車学校に行き中型免許を手に入れた。
だから堂々とバイクに乗れるようになったはずだが、そのあと、パッソルをどうしたのか、40年もたった今ではよく思い出せない。
ただ、今でも、日暮れが少し早くなったと感じる夏の終わり頃になると、15歳のざわざわした気持ちと、夜のパッソルを思い出す。
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