【短編小説】まつ毛 〜第4話〜[ブラッシー]
あーこの家か、まあ世話になるぜ
・・・ん?何を食べさせようかって?
俺は生まれてこのかた、食いもんを選んだことはねーよ
出てきたものは何でも食うから、そんな余計な心配するこたーねーぜ
うんうん、残り物でもうめーや
お、水浴びか
体がかゆいからありがてーな
なんだその泡が出るやつは
あー、悪くねーな、ついでに首の周りも頼むぜ
スッキリしたぜ、ありがとよ
寝る場所?そんなのどこでもいいさ
でも出来たらノミのいない陽当たりのいい場所がいいけどな
はー?家の中に寝るのか?
まーいーけどよ
初めてだからアレだな、なんか緊張しちまうぜ
いーのか?こんなフワフワなところに寝っ転がってよー
やめろよ、そんなに撫でると眠くなるじゃねーか・・・でも・・・こーいうのも悪くねーな・・・zzz
・
・
優香が公園で拾ってきた仔犬は、ゴハンを食べさせて、綺麗に洗ってから家の中に入れた。優香の部屋の毛布の上に寝かせて、身体をなでるとすぐに寝た。
「お母さん、寝たよ」
「捨てられてからずっとさびしかったのよ、きっと。ちゃんと可愛がるのよ、優香」
5歳になった優香に兄妹はいない。
だから汚い仔犬でも相手を思いやる気持ちが育てばいいと思った。
「名前は考えてあげた?」
「ううん、まだ。お母さんはどんな名前が良いと思う?」
「そうねー、お母さんは「名犬ラッシー」が賢くて好きだったわ。・・・でもこのワンちゃんはラッシーみたいにシュッとしてないし・・・まつ毛だけは長いけどブサイクだから、ブサちゃんとかどう?」
「ひどーい、可愛いのに。・・・あ!じゃあブサちゃんなラッシー、ブラッシーにする!」
「いいじゃない」
ふーん、そうか、俺はブラッシーと言う名前になったのか
まぁポチとかコロっていうガラじゃねーしな
「ブラッシー、私は優香よ!よろしくね」
そうか、お前はゆうかってゆーのか
まるで人形みてーな顔してんな
俺のこと可愛いって・・・そんなこと生まれて初めて言われたぜ
ブラッシーか、ちょっと変わってるけど悪くはねーな
・
・
「ブラッシー!お散歩行くよー」
おー!でも待て待て、そっちは車が来るからあぶねーって
ちゃんと左右をみろよー、そーだよ、俺が引っ張ってやるからついてこいよ
だからーそっちはさ、歩道がねーからダメだっていってるだろーが
・
・
「あ、優香だー。お前犬なんか飼ってるのかー。なんかブサイクな犬だなー」
「はーい」じゃねーだろ
コイツらはお前をからかってるんだぜ
てめーこのやろー、喧嘩売ってんのか?、俺はいーけどゆうかをからかうんじゃねー
噛むぞこのヤロー!ウー!
「うわーこえー!なんだこの凶暴な犬は。行こーぜ」
「あのーお嬢ちゃん、道を尋ねたいんだけど」
てめー怪しいツラしてんなー、そうやってゆうかに何かしようとしてんじゃねーのかー
「はーい」なんて返事すんじゃねーよ、ゆうか
こうやって近づいてくるヤツは絶対悪い奴だ、おぼえとくんだぜ
とりあえず追い払っとくか、噛むぞこのヤロー!ウー、ワンワン!
優香は毎日毎日、欠かさずプラッシーを散歩に連れて行き、夜は必ず一緒に寝た。
そして高校生の今に至るまで、ともに育ち、お互いに互いの成長を見守った。
捨て犬だったブラッシーは、優香から優しさをもらい、兄妹のいない優香は、ブラッシーから愛情を分けてもらったと思う。
・
・
・
優香が高3になるころ
ブラッシーの歩く速度は日に日に遅くなり・・・やがて散歩にも行けなくなった。ここ2、3日はもう毛布の上で寝たきりだ。犬の寿命は長くはない。
部室の片付けが長引いて、いつもより帰宅が遅くなった日。
「・・・おかえり、優香。今夜はブラッシーにお別れを言わなくちゃ・・・」
母は涙をポロポロ溢しながら言った。
「・・・え?そんな」
そこには虫の息のブラッシーが横たわっていた。
「いやよブラッシー、私をひとりにしないで」
・・・あーゆうかか・・・
・・・待ってたぜ・・・もう目が見えなくなってやがるから・・・お前の人形のような優しい顔は見えねーな・・・
・・・おいおい泣くなよ・・・
・・・俺がいなくなると1人になっちまうな・・・お前はいつも天然だから心配だぜ・・・
・・・でもよ、いつか、そんなお前をそっと支えてくれる・・・そうだな・・・顔はブサ犬でもいい・・・例えば無人島に犬カキで渡るような・・・あれ、もう何言ってるかわかんねーや・・・とにかく優しいやつと幸せになるんだぜ・・・
・・・俺はさ・・・お前と暮らせて幸せだったぜ・・・拾ってくれてありがとよ・・・じゃあな・・・ゆうか・・・
優香はブラッシーに言った。
「ブラッシー、わかってるわ。最後まで私のこと、心配くれてたんでしょ・・・私は大丈夫よ。だからゆっくりおやすみ・・・」
ブラッシーは優香に撫でてもらいながら13歳の生涯を終えた。
そしてゆっくりと長いまつ毛を閉じた。