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【短編小説】まつ毛 〜第3話〜[隆男]
「工事の人ですか?」
と聞かれた。
「あ、いや、違いますけど、車ならすぐ退けます。」
すると「え?じゃあ隆男さんですか?」とその女性は言った。
お節介な後輩が、一度会ってみてくれという優香さんだ、きっと。
そろそろ初雪が降る頃
初めての顔合わせは、何故かサファリパークに行くことになった。
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「・・・その辺でお茶すればいいんじゃないかなぁ」
「それじゃあ楽しめないでしょう?ただお茶するだけでいいんですか?無人島に筏で行くような人が」
「里美、あのなー、それは例え話なの。いきなりサファリパークなんて・・・」
秀樹はそう説得したが里美は聞かない。
「優香のことは私が一番知ってるの。彼女は動物好き、隆男さんは丸太を切って筏で無人島に行く人。今は冬だからビーチには行けないし、ほら、やっぱりサファリパーク以外に思いつかないわ」
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ここは彼女の家の近く。
路地まで迎えに来た車を工事用の道路パトロールカーと間違えたらしい。
「あ、優香…さん?」
「はい、今日はわざわざ迎えに来ていただいてありがとうございます」
「いえいえ、こんな車ですみません」
「もしかしてサファリパークの車?」
「・・・あーこれね、これは僕の車で日産サファリという車なんです」
「あらやだー、ごめんなさい。ここにサファリって書いてあったから。
あ、たしかにパークとは書いてないわ、うふふ」
「・・・・・」
でもたしかに聞いてたとおり、お人形みたいに可愛らしい子だ。
「寒かったでしょ?乗ってください!」
「はーい」
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サファリパークに着くと、バスに乗り換え、場内を一周。冬は動物たちの動きが鈍いが、ふれあいコーナーでは、たくさんの動物を間近で見ることができる。
キリンは長い首を折り曲げ、優香の手から餌を器用に受け取る。
彼女はキリンに話しかけた。
「あなたのベロは黒くて長いのね。可愛い」
次はラクダのところへ。
そこはラクダ乗り体験ができると書いてある。
「ラクダに乗ってみますか?」
「はーい」「わー思ってたより高ーい。乗り心地もいいのね」
・・・キリンは語る。
「正直、少し負けたと思いました・・・バンビさんは、どうですか?」
バンビも言う。
「いや、想像以上でした。完敗です」
最後にラクダは言った。
「俺たちより長いまつ毛は初めてだ」
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帰りの車の中・・・
「こんなに楽しかったの久しぶりです。私、動物が大好きだから」
彼女は無邪気に話す。
「優香さんは動物の中で何が好きなのかな?」
「うーん・・・マンドリルにテングザルにカバ・・・でもやっぱり犬が一番好きかな、パグとかブルドックとか」
「・・・・・」
「隆男さんは?」と彼女は尋ねた。
「はは、僕はラクダが好きだなぁ。一緒に砂漠を旅できそうだから」
「雰囲気、似てますよね?ラクダに・・・」
たしかにそうかもな、と思って助手席を見ると、ウトウトと気持ち良さそうに揺れる彼女がいた。
「まるでラクダに乗ってるみたいだな」
そう言って隆男はいつもよりやさしくブレーキを踏んだ。
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「で、どうでした?昨日は?」
次の日の昼休み。秀樹がそう尋ねる。
「色々ありがとな。なんてことはないよ。ただ一緒にサファリパークに行っただけだ。楽しかったよ」
「気に入りましたか?」
「そうだなあ。もし目の前の無人島に行くなら、筏だな・・・」
「え?、またその話ですか?で、どうなんです?」
ーーそんなに急かすなよ、秀樹。彼女とはきっと2人で丸太を切って筏を作れる。そして波に揉まれながら一緒に無人島を目指せる人さ。わかるんだ、俺には。
「ま、成り行き任せだよ」
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翌日のこと。
秀樹が言う。
「昨日家に帰ったら、優香さんが来てました」
「あ、あー、そうなの」
動揺が声に現れる。
昨日から優香さんの事を考えては、ため息ばかりついてしまう。早く続きを話してくれ、秀樹よ。
「優香さん、あれからラクダも好きになったんだって言ってました」
「・・・・・」
「なんか隆男さんみたいだって、そればっかり言ってました」
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その夜。
秀樹と里美が、それぞれを強引に連れ出し、駅前の居酒屋で待ち合わせることになった。
隆男は、せっかくならイタ飯でも、とも思ったが急な待ち合わせで、どこも予約は取れなかった。
「じゃあ私たちは帰るから、ごゆっくりね」
里美がそう言うと、秀樹は心配そうに隆男を見て言った。
「・・・2人で筏に乗れると信じています」
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もう終電は無くなったけど、お互いの自宅までは頑張れば歩いて帰れる距離だ。
居酒屋ではサファリパークの話から昔飼ってたペット、好きな音楽や車の話で盛り上がった。
だからもう、帰り道で話すことはそれほど残っていない。
しばらく線路沿いの道を黙って歩いた。
「・・・隆男さん、私ね、サファリパークの帰り道、ラクダに乗ってる夢を見たの」
「気持ちよさそうに寝てたね」
「イヤ、恥ずかしいわ・・・でもね、その夢の中のラクダの顔は隆男さんだったの。うふふ」
その時、小さな雪が舞い降りた。
たぶん初雪だ。
真っ暗な空を見上げ僕は
「明日の朝は積もるかな」と言った。
優香は僕に顔を近づけ、目を見て言った。
「隆男さん、もう積もっているわ、まつ毛の上に」