天皇誕生日を迎えるにあたって

今、6年担任をしていたら、これくらい話すだろうことをまとめてみた。
校長なら、もちろん、もっと端的にまとめて話すだろう。(ただし、通常の全校朝会3分ではなく、少しだけ長くして話すだろうが)

子供の前に立っている先生は、せめて前日までには祝日について少しでもいいから語ってほしい。


(ここから)
1 2月23日は天皇誕生日
国民の祝日は1年に16あります。(すべて言えますか)16ある祝日のうち、令和になってから、日にちの変わったものがあります。どの祝日でしょうか。
明日2月23日天皇誕生日です。2月11日は「日本」という国の誕生日でしたが、明日、23日は我が国「日本」の中心にいらっしゃる天皇陛下の誕生日です。
令和になるまで現在の上皇陛下が125代目の天皇陛下でしたので、12月23日が天皇誕生日でした。(クリスマスイブの前の日でしたね)
令和元年は5月1日から始まりましたので、その前の2月23日は平日、令和になってからの12月23日も平日でしたので、令和元年という年は天皇誕生日が休みにならない特別な年でした。
明日、2月23日は126代目の天皇陛下の誕生日です。まずはこの日を日本の国民としてしっかりと覚えましょう。

2 お誕生日を祝う歌
普通ならここで、「ハッピー・バース・デー陛下♬」と歌いたいところですが、やはり、天皇誕生日にふさわしい曲を最後に紹介するので、みんなで歌ってお祝いしませんか。

3 天皇陛下のおことば
ところで、皆さんは誕生日をどのように祝ってもらっていますか。また、家族の誕生日をどのように祝いますか。
お父さんやお母さんからプレゼントやメッセージをもらいますよね。普通は誕生日の人がいただく方になります。当たり前っていえば当たり前だよね。
では、天皇陛下はどうか。
天皇陛下は、必ず、誕生日になるとそのタイミングに合わせ、国民にメッセージを送ってくださいます。今年のメッセージはまだなので、昨年のメッセージの一部を紹介しましょう。

私は,昨年の5月1日に皇位を継承いたしました。平成の時代には,皇太子として,上皇陛下のお近くで様々なことを学ばせていただき,準備をしてまいりましたが,剣璽等承継の儀,即位後朝見の儀に際しては,これから先,我が身が担う重責に思いを致し,身の引き締まる思いがし,厳粛な気持ちになりました。(中略)日本国及び日本国民統合の象徴としての私の道は始まってまだ間もないですが,たくさんの方々からいただいた祝福の気持ちを糧に,上皇陛下のこれまでの歩みに深く思いを致し,また,歴代の天皇のなさりようを心にとどめ,研鑽さんを積み,常に国民を思い,国民に寄り添いながら,象徴としての責務を果たすべくなお一層努めてまいりたいと思っております。(引用終わり)

この「常に国民を思い、国民に寄り添いながら」というのが、歴代天皇が受け継いできたことなのです。
歴代の天皇は、我々国民のことを「大御宝(おおみたから)」と呼び、我が子のように大切にしてくださってきました。漢字を見てください。宝だけだって価値があるのに、その宝に「大」「御」という漢字が使われていることから「とてもとても大切な宝」という意味になります。現代では、このような表現はほとんど使いませんが、今でもなお、その考え方が受け継がれていることが、天皇陛下のメッセージから読み取ることができます。
日本の国民としては本当に有難いことです。そのことに感謝し、天皇誕生日を前に、今日は先生から2つのお話をします。

4 「公共の秩序」に対するゆるぎない信頼感
これは、知人から聞いた話です。東日本大震災後、米軍の女性パイロットは、救援物資をヘリコプターで被災地に届ける際、着地がとても恐ろしかったそうです。なぜなら、どこの国でもヘリコプターに人がワーッと殺到して大混乱が起き、奪い合いになって身の危険を感じることがよくあったからだそうです。そう、あれくらいの被害があると、外国では略奪や暴動は普通に起きるそうです。
ところが、日本人では違った。覚悟して着地すると、近づいてきたのは代表者の老人男性一人。その男性は丁寧にお礼を述べ、バケツリレーにように搬入していいかと許可をとって整列し、救援物資を運び始めたそうです。しばらくすると、途中で、「もうこれでけっこうです」とその男性が言うので、パイロットは「なぜですか」とたずねると、「私たちはもう十分です。同じように被災されている方たちが待つ他の避難所に届けてあげてください」と言ったそうです。そのパイロットは、礼儀を重んじ、利他の心で行動する日本人の姿に感動し、生涯忘れないと知人に語ったそうです。
大きな災害によって、私たち日本人の冷静な対応や自分のことより人のことを優先させる公の心が世界にも知られるところになりました。日本人にとっては当たり前のことかもしれませんが、外国人にして見たら、当たり前ではなく、なぜ、日本人はそんなことができるのか、という問いにつながります。
なぜだと思いますか。ある方が教えてくれましたのでよく聞いてくださいね。
それは、日本の社会の根底に流れている「公共の秩序」に対するゆるぎない信頼感が国民の間に広く共有されているからだそうです。
要は、みんなが集まる公共の場では、落ち着いた状態が保たれるんだってことを日本人の誰もが無意識に確信してるってことなんです。これってすごいことだと思いませんか。でもね、まだ、疑問に思うんです。

なぜ、日本ではそういうことが可能なのか
それは、古代以来、国家と社会を支える秩序が長く維持され、且つ、断絶し破壊され尽くした経験がないからです。
要は、国が壊されることなく日本という国が長く続いてきたからなのです。
外国は、他の国から独立して新しい国をつくったり、革命によって新しい国になったりと、他の国はいつ自分の国が壊れるかわからない状態を繰り返して来ています。そういう状態で安心なんてできますか。できるはずがないですよね。
ところが、日本では、他の国のように国が壊されるってことを奇跡的にまぬがれることができました。壊されたという経験をしていない。私たちにとっては当たり前のことかもしれませんが、世界から見たら奇跡みたいものです。
これは、どう考えてもこれまでの日本人であるご先祖様たちが努力してつないできてくださったお蔭です。そして、天皇と国民が一体となって国作りを進めてきた結果です。
さて、公共の秩序が保たれている日本の魅力、これを一言で表現することができるんです。
それは、電車の中で寝られることです。
びっくりしましたか。えって思いましたか。
そりゃ、たまにスリもいてお金を取られてしまう人もいますよ。先生の母もスリにあったことあるんだから。でも、それはまれなことで、皆さんも普段、お財布の入った鞄を持ちながら眠っている人をたくさん見たことがあるでしょう。それは、無意識のうちに安心してるからです。
国を壊されたことがないから、無意識のうちに今いる場所が安全であり、安心できるところであると信頼しているんです、自分の国に。だから、電車という公共の場で寝ることができる。こんな日本の社会を超高度信頼社会、なんて表現する人もいるくらいです。
天皇と国民が共に歩んできた国「日本」が続いてきたことが、電車の中で寝られることにつながっているなんて、すごいと思いませんか。

5 「利他心」は日本の国民性
2つ目は、今の話と関連しています。先ほどのエピソードの中に利他の心という言葉が出てきました。自分のことよりも他の人を助けようとする心のことです。
ある方は言います。日本人の利他の心は世界でも最高のレベルにあると。
外国でも一部のエリートや聖職者などは崇高な利他心で行動する姿を見るそうですが、こと一般国民まで高いレベルの利他心を持っているという点では、我が国は世界でも群を抜いているのではないか、というのです。そして、利他心は、日本の国民性ではないかと。
イラクでの日本の自衛隊が行った支援活動を紹介します。
外国の場合は、イラク人作業者に作業を命ずると、彼らだけを働かせるのですが、日本では幹部自衛官でも、彼らと一緒になって、ともに汗を流したそうです。宿営地の鉄条網整備の際には、日本人2、3人とイラク人7、8人がチームをつくり、有刺鉄線で服はボロボロ、体中、血だらけ汗だらけになりながら作業を続ける。昼食は分け合い、休み時間には会話本を指指しながら、仕事の段取りについて話し合う。いったん意気に感じると、とことん尽くすのがアラブの流儀。終わりの時間の17時を過ぎてもまだ隊員と一緒にブルドーザーに乗って働いているイラク人の作業者もいたそうです。
イラクでは約30か国の軍隊が支援活動を展開しましたが、その中でも日本の自衛隊の活動は、現地の住民たちからも高く評価され、支援期間が終わりに近づくと、150人ものデモ隊が詰めかけ、「日本の支援に感謝する」「帰らないで」と叫んだとのことです。この前代未聞のデモにイギリス・アメリカ・オランダの部隊も驚いて、矢継ぎ早の問い合わせがきたそうです。
このエピソードで興味深いのは、自衛隊員たちの持つ利他心が、イラク人作業者たちの利他心に火をつけたことです。利他心は伝染するのだということがこのエピソードからわかります。

もう一人、利他心に満ちた方を紹介します。
126代の天皇陛下です。
陛下の皇太子殿下時代のエピソードを一つ。
陛下は、国連「水と衛生に関する諮問員会」の名誉総裁をお務めになられています。
ある時、日本のジャーナリスト(記者)が、水問題の海外の専門家に「海外での殿下(即位する前)の評価はどうか」と質問したそうです。すると、「どうしてそんな質問をするのか。それは愚問というものだ。殿下の高い評価は言わずもがな。日本人だけが知らないのでは」と、やり込められたそうです。
陛下が水問題に関心を寄せられるようになったのは、三十年以上も前、昭和62年にご訪問されたネパールのボカラで多くの女性や子供たちが水瓶を持って行列を作っている光景をご覧になってからだそうです。
「水汲みをするのに一体どのくらい時間がかかるのだろうか。女性や子供が多いな。本当に大変だな」とのご感想から、水問題が環境、衛生、教育など様々な面で人類全体の大きな課題となっているとの認識を深めていかれました。
陛下が名誉総裁をお務めになる諮問委員会の尾田氏は次のように語っています。
「殿下からあれをやろう、これをやろうといわれるわけではないのですが、殿下とお話をさせていただく中で、皆の胸の中にある意欲や想いがかき立てられていく、という感じなのです」と。
殿下の「世界で水不足に苦しむ人々をなんとかしたい」という利他心によって、彼らの「胸中」にある意欲や想いがかき立てられ、彼ら自身の利他心に火がついて、「我々はもっともっと頑張らねばならない」と意欲を燃やしたのでしょう。
ある共同体の中心に共同体全体の幸福をひたすら祈っている方がいて、その利他心が周囲の人々に伝染して、それぞれが自分の持ち場で共同体の幸福のために尽くす。これはまさしく日本の国そのものではないでしょうか。
阪神淡路大震災に際しても、東日本大震災に際しても、日本人のお互いを思いやり、助け合う姿は、世界中の人々を驚かせ、感動させました。
日本人の利他心の強さは世界でもずば抜けたレベルですが、その源も天皇がひらすら民の幸せを祈る伝統が、国民の心に影響を与えたものだと考えられます。
陛下がこれまで水問題を通じて人々の幸せを願われるお姿は、まさしく天皇が126代にもわたって続けられてきた祈りそのものなのです。この人類史上の奇跡ともいうべき天皇の伝統を、我々はもっと意識すべきではないでしょうか。

アインシュタインがこんな言葉を残しています。

近代日本の発展ほど世界を驚かされたものはない。一系の天皇を戴いていることが、今日の日本をあらしめたのである。私はこのような尊い国が世界に一ヵ所ぐらいなくてはならないと考えていた。我々は神に感謝する。我々に日本という尊い国をつくっておいてくれたことを。

そう、天皇と共に歩んできた日本という国は尊いのです。
だからこそ、まず、我々日本人が我が国の成り立ちや天皇中心に歩んできた我が国がどういう国なのかを知る。
さらには、天皇陛下が次の代へ次の代へとバトンをつないでいくことこそが、日本が続いていくことにつながるのですから、私たち国民としても、できることはしなければならないなあと思うのです。

6 一般参賀
さて、こんな事実を知ってしまうと、日本国民としては、天皇陛下の誕生日をお祝いしたくなるわけですが、方法としては一般参賀というものがあります。
この一般参賀、昭和23年から始まった皇室行事で、一般の人が皇居(天皇のお住まい)に入り、天皇をはじめ皇室に向けてお祝いの気持ちを示すことができる唯一の機会なんです。毎年、1月2日天皇誕生日に行われています。
例えば、一つ前の天皇、今の上皇陛下ですが、平成30年12月23日、85歳の誕生日を祝う一般参賀は、平成に入ってから最多となる8万2850人の方が訪れました。さらに、平成最後の31年1月2日、なんと、新年の一般参賀では15万4800人もの国民が訪れたのです。上皇陛下が天皇としてどのように国民と共に歩まれてきたがこの数字に表れています。
先ほど、一般参賀は1月2日と天皇誕生日に行われるという話をしましたが、御即位後に行われるという例外もあります。5月1日に御即位し、3日後の5月4日に行われた御即位後の初めての一般参賀、なんとこれまた14万もの国民が訪れたとのこと。平成時の御即位後は11万人だったそうですから、国民の関心も高くなっているのでしょう。
では、明日の天皇誕生日の一般参賀はできるかというと、実はできません。皆さんもご存じのようにコロナの影響で中止となっています。さぞかし、天皇陛下も残念だと思っていることでしょう。だからこそ、今いる場所で、天皇陛下の誕生日をできる方法で祝いたいのです。

7 君が代で祝う
一般参賀が中止でも、私たち国民はどんな形であれ、お祝いすることができます。
そこで、先生から最後に提案です。
「君が代」を歌いたいのです。皆さん、歌詞はご存じですよね。

きみがよは ちよにやちよに さざれいしの
いわおとなりて こけのむすまで


32文字の世界一短い国歌です。
君が代の出だしはもともと「わが君は」でしたので「私の尊敬するあなた、千年も万年も長生きしてください。小さな石が大きな岩となって苔が生えるまほど長い間」という意味で、長寿を祝う歌でした。
ちなみに、この歌詞は、1100年以上も前に作られた『古今和歌集』に収められていた和歌ですし、曲は聖徳太子の時代の頃から代々、雅楽を伝えてきた家柄の方であり、歌詞、曲ともに日本の国と同様、歴史の重みがあります。
この君が代は、これまでの日本の長い歴史の中で、国の繁栄を祈るきわめて平和的な歌なのです。この歌を歌うことは、天皇中心の国「日本」がいつまでも続きますように、という気持ちをあらわすことと同じことなんです。
前回の建国記念の日同様、天皇誕生日を「ただのお休み」ですますのではなく、日本人なのですから、祝日の意味を考え、それぞれができる方法で祝いたいものです。

最後に、よかったら、みんなで「君が代」を歌ってお祝いしませんか。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?