三題噺 「わたしを芝浜につれていって(仮題)」【ショートショート】
文章修行に薦められた「三題噺」を書いてみました。
三題噺(さんだいばなし)とは、落語の形態の一つで、寄席で演じる際に観客に適当な言葉・題目を出させ、そうして出された題目3つを折り込んで即興で演じる落語である。三題話、三題咄とも呼ぶ。
三つのお題は由緒正しい「酔漢」「財布」「芝浜」です。
「芝浜? ・・・ああ、虎さんが産まれたところか」
「せんぱい、芝浜は葛飾にはないよ。港区だよ」
本樫はあきれ顔でそう言った。
「あと、『虎』じゃなくて『寅』だから」
(おまえ、これ映画になったらそのネタわかんなくなるぞ)
「大丈夫だよ、ならないから」
「モノローグにツッ込むんじゃねぇよ。エスパーかお前」
「えへへ」
「・・・それで、その栄養取りすぎた寅さんみたいな人が、酔っ払って行き倒れていたのを拾って来た、と」
「だって、財布がなくて、帰れないっていうから」
俺はためいきと一緒にこう返した。
「おまえ、なんでも拾ってくるもんじゃないよ。元のところに返してらっしゃい」
「そんなぁ、ちゃんと面倒見るから」
「おっほっほ、お二人とも仲が宜しいですねぇ」
その後、おっさんに仔細を問いただしたものの要領を得ない。
結局、道が良くわからないと言うから送って行くことになった。
金渡すだけでいいだろうって?
以前に似たような形で金貸して、後からそいつがあちこち同じ手口で金をせびっているって聞いて嫌な思いをしたことがあるからな。
かといって、本当に困っていたかと思えば本樫がずっと気にするだろう。
・・・・・
「ぼくにもね、友達がいるんです。もうずっと一緒にいる。出身地はみんなばらばらで、全員が揃ったのは・・・そう、この国だった」
「へぇ、みなさん仲いいんですね」
なんて話をしているうちに目的地に着いた。
「・・・ここが本芝公園。落語の『芝浜』の舞台になった場所・・・の名残だな」
だが、おっさんは呆然としていた。
「そんな・・・前に来たときは海だったのに」
「いつの話だよ、それ」
「別の公園の記憶違いじゃないのかな? この辺、公園いっぱいあるし」
「芝浦公園かな? あるいは南埠頭公園・・・だと、ちょっと歩くな」
おれは本樫の方を見た。
「大丈夫だよ。なんか今日はすっごく調子いいんだ」
・・・・・
結局、芝浦南埠頭公園まで来たが、捜し物は見つからなかった。
「財布、見つからなかったね」
俺は、言おうかどうしようか迷ったが、しばらく考えてやっぱり言うことにした。
「いや、見つけた。というか、財布は最初からそこにある」
おれは、おっさんが肩からたすき掛けにしている布を指差した。
「え? 財布? この中に???」
「中っていうか、それが財布な。もともと『財布』はその名の通り、『財』をいれて持ち歩く布のことだから」
「だって、何も入ってなさそうに見えるし。てっきりパスポートでも入れているものかと・・・もしかして、お金も持ってたの?」
「いえ、確かにこの国の通貨はあいにく手持ちがないんですが・・・」
「ここなら通じるかも知れない」
おっさんはニコニコしながらそういうと、肩に掛けた袋を外し、その中に手を突っ込んだ。
「えっ、おじさん携帯持ってたの? だったら最初からそれ使えばいいのに」
だが、おっさんが取り出したのは携帯電話では無かった。もちろん、スマホでもない。
「ほ・・・ほら貝?」
おっさんはそのスマートなホラ貝に口を付けると高らかに吹き鳴らす・・・かと思いきやボソボソと話し始めた。
「もしもし〜、ボクだよボク・・・・えっ、違うよ〜。とくしゅさぎ? なにそれ? ちがうよ〜」
・・・・・
「・・・連絡が付いたよ。迎えに来てくれるって」
それから数分、おれ達は公園の東京湾を望む側でぼんやりと海を見ていた。と言っても、視界の先のほとんどはお台場だが。
まぁ、東京湾につながる方向を見ていた。
「あっ、あれかな?」
本樫が指差す。小さな船が近づいてくる。古い型の木造船だ。
一枚の帆が付いているが、それが風をはらんでもいないのに、小舟はするすると水面を滑るように埠頭に近づいてきた。
櫂はあるようだが誰かがそれを漕いでいる様子はない。
乗っていたのは6人。やたらと綺麗な女性が一人、やたらとガタイのいい壮年の男性が一人、あとは似た感じのおっさんが二人に、これまた似た感じの爺さんが二人だ。
その中の、片手に釣り竿を持ったおっさんが、孫を見るような目でおれ達に話しかけてきた。
「優しい子たちよ、ありがとう。私達の仲間が世話になったね」
「ぃ、いいえ、大したことはしてませんから」
「これ、つまらないものだけど・・・」
おっさんは、本樫に手に持っていた箱を差し出した。
「君には役に立つと思う。持っているだけで役に立つから、私達が行ってしまっても大丈夫だから」
「あ、ありがとうございます」
「こちらこそ、ありがとう」「ありがとなぁ」「「ありがたや、ありがたや」」「ありがとね」「・・・・」
「ありがとう、多謝。祝你幸福」
彼らは口々に感謝を述べ、船に乗り込むと去って行った。
孤帆の遠影が碧い空に溶けるまで、おれ達はしばらく呆然と立ち尽くしていたが、やがてどちらからともなく顔を見合わせた。
本樫の手には赤いひもがかかった漆塗りの小箱。
「どうする? 開けてみる?」
おれは答えた。
「よそう、夢オチになるといけねぇ」
おわり
以下、蛇足ですが箱を空けた場合の世界線を。
箱を開けると、中には紙が一枚入っていた。
あの7人を描いた絵姿だ。
詩? みたいなものが書いてある。
永き世の 遠の眠りの みな目ざめ 波乗り船の 音のよきかな
「回文、だね」
「おっさんじいさんのブロマイドとか誰得だよ。せめてお姉さんをセンターにしろよ」
おわり