「関西で最も撮影が速い」と言われるフリーのカメラマンは、こんなふうに業界をサヴァイブしてきた。
ぼくは勤め人なので、フリーランスで活動している方々の仕事のスタイルにとても興味があります。どうやって、仕事を獲得したり、スケジュールを管理したり、自分がやりたいことを実現しているんだろうと。エディターでライターの村井貴臣(むらいたかおみ)くんに、そのあたりのことを突っ込んで聞くこともあるのですが、生々しいお金の話が絡んでいるせいか、はっきりとは教えてくれません。
やっぱり友人や知人からそんな話を聞くことは永遠に無理かと思っていたのですが、よく仕事でご一緒するカメラマンの大森泉さんに、「お話を聞かせてください。それを、noteに書かせてください」と何度もお願いしてみたところ、最初はめちゃくちゃ嫌がっていましたのですが、なんとか粘り続けたら承諾いただきましたので、その話をご紹介したいと思います。SNSで流れてくる夢と希望にあふれる話ばかりではなく、めちゃくちゃ生々しい話なので、フリーランスをめざす方々にとって参考になることも多いかもしれません。
■広告撮影の基礎と、仕事をミスらないコツ。
ーーーぼくは勤め人なので、フリーランスの人がどんなふうにこの業界を生き抜いてきたのかというお話にとても興味があります。大森さんは20年近くカメラマンとして業界をサヴァイブしてきたので……(質問の途中で)。
大森泉さん(以下、大森で表記)ぜんぜん、サヴァイブできてませんよ(真顔)。
ーーーでも、長く続けてきたっていうことは、そこに何かしらのコツというか、振り返ってみれば「あれがよかった」と気付くことも多いかと思うんです。それは、今まさにフリーランスになった方の参考になるような気がします。
大森 いや、何も語れるような話は無いですよ(やっぱり、真顔)。
ーーーじゃあ……大森さんのキャリアを振り返るところから話をしませんか? ご自分でも無意識に大切にしてきたことが見えるかもしれませんし。
大森 いいですよ。
ーーー最初は、フリーじゃなくて企業のカメラマンとしてキャリアをスタートされたんですよね?
大森 そうです。大学の時からカメラマンを志望していたので、カメラマンを募集していた企業に入社したのが始まりですね。その会社は、制作プロダクションとかマスコミ系ではなくて一般の企業でした。
ーーーということは、その会社の商品を撮影するためのカメラマン?
大森 本来はそうなんですが、仕事の大半は撮影ディレクターですね、多少はシャッターを切る仕事もあったんですが。当時はまだフィルムの時代だったので、外部のカメラマンが撮影してきた素材フィルムを整理して、制作チームの要望に応じてその素材を渡すとか。あとは、撮影のときの立ち会いもありましたね。
ーーーじゃあ、撮影の細かい技術というより、コマーシャル撮影や制作の流れについて学んだというか。
大森 そうですね。まったく初めての経験だったので、「こんなふうに広告は作るんだ」っていう感じですかね。広告撮影については、勤めていた会社と長いお付き合いがあった、当時で70歳ぐらいのカメラマンの方がいまして、その人のアシスタントをしながら学んだ感じでしょうか。
ーーーでも、シャッターを切れないフラストレーションは無かったのですか?
大森 うーん、多少はあったかもしれないですけど……。ただ入社当時は、会社の人にすごく気に入ってもらって、どんどん出世したので辞めるに辞められないというか。それ以上にね、今でいうパワハラが当たり前の会社というか。まぁ、昔のことですし、中小企業の会社には多いと思うんですが、いわゆるワンマン経営者で、社員や外部スタッフの全員が、社長の機嫌を損ねないように仕事をしている状態で。そっちの方が、ちょっと……。
ーーー確かにそれは、辛いですよね(笑)。でも、よく70歳のカメラマンは、その社長の仕事を続けていましたね?
大森 今思うと、かなり上手だったんですよ。長い付き合いだから、どこが社長の地雷かを心得ているというか、どういう振る舞い方をすれば事無きを得られるかを熟知していたんですよ。もちろん、撮影技術は無くてはいけないと思いますが、それ以上に、仕事を出してくれる人の機嫌を損ねないのが大事なんだなって学びましたよ。
ーーーなかなかフリーランスの入門書などでは語られない話ですが、それはめちゃくちゃわかります。ただ、わかっていてもすぐにできるかっていうと別の話ですけどね。
大森 そうだと思いますね。だから私も、結局は2年でそこの会社を辞めて、次はマガジンや広告を作っていた制作会社に転職をしたんですよ。そこでは、数人在籍しているカメラマンの一人として、本当にがむしゃらに働きましたよ。
ーーーその会社では主に、どんなお仕事をメインにされていたんですか?
大森 私が入社した頃に、制作だけではなく出版もするようになったんですよ、自社で。グルメ系や育児・家事系の雑誌を3冊ぐらい掛け持ちで担当していましたね。いま、例えばKADOKAWAさんの雑誌「関西ウォーカー」は1冊で、最低でも10人以上のカメラマンが関わっていますよね? それを数人で3冊分やるんですから、文字通り朝から晩まで働く感じなんです。
ーーーじゃあ、大変な面もある中で、かなり充実しながら仕事に取り組めたんですね。
大森 そうですね。それぞれの裁量に任せてくれる環境だったんで、かなり自由に撮影をしていましたよ。例えば、料理を撮影するときは「画角一杯に料理を撮った方が迫力が出る」と思ったので、画角の対角線上に料理を置いて撮影をしたり。あと、Webと違って紙媒体は、見開きいっぱいを使って撮影ができるので、わざわざ遠くの方からカメラを構えて、“森の中にポツンと佇む隠れ家レストラン”みたいな撮影もしたことがあります。
ーーーでも、前職では広告撮影が主だったのに、すぐにマガジンの撮影に慣れることができたのですか?
大森 いえ、やっぱり現場で学ぶことが多かったですよ。広告の撮影と違って、取材撮影は時間という制限がありますよね。だから、撮影に使える機材も最小限に絞る必要があります。あと、スタジオで撮影できるワケではないので、それぞれの環境でどれだけベストな撮影をするかを瞬時に考えるとか。迷っている間に、時間が経っちゃうので。
ーーーだから、大森さんは“関西でいちばん撮影が速いカメラマン”と言われているんですね。
大森 他の人と比べたことがないのでわかりませんが、ライターさんや編集の方からはよくそう言われますね(笑)。ただ、さっきの“現場の空気を読む”という話で言うと、お店の人がじっくり撮ってほしいっていう雰囲気だったら何度も試行錯誤しながら撮影しますよ。お店の人から嫌われてしまうと、後々の作業に影響が出ますからね。
ーーーそのあたりでも、最初に入社した会社での学びが活きているんですね。
大森 仕事ごとに内容は違うので、その場ごとに少しずつアレンジするというか、どういう方法がベストなのかを考えながら仕事をしていますよね。
■はからずも、20代でフリーランスに。
ーーー結局、その制作会社も2年ほどで退職されてフリーランスになると。
大森 野心や希望に燃えて飛び出したというより、仕方なくという感じでしたね。そのときはすでに家族もいたので、一瞬だけ別の業種に就こうかと考えたこともありましたけど、社会人になってからはコレしかしていないんでね。20年くらい前に、フリーランスになったんですよ。
ーーー最初は、営業もされたんですか?
大森 やりましたよ、あまり成果には繋がらなかったですけど。飛び込みじゃなくて、知り合いに紹介してもらった出版社や制作会社に作品集を持って。でも、あまりにも反応がなかったので、それ以来、営業は一切やらなくなりました。向いてないんでしょうね。
ーーー営業せずにどうやって仕事を?
大森 フリーになった直後は、2社目の会社から仕事を外注という立場で引き受けていました。あと、最初に勤めた会社では、外部のカメラマンと色々知り合ったので、「なにか、仕事ありませんかー」っていう感じで直接電話したりしていましたよ。それで、社会人スポーツやマガジン、あと前職の繋がりで広告の撮影もやりました。
ーーージャンルに関係なく、なんでも引き受ける?
大森 そうですね。フリーになってからは、スケジュール以外の理由で、仕事を断ったことはないですね。例えば、今もたまにブライダルのお仕事をやらせてもらっているんですが……数時間立ちっぱなしで、決められた撮影を着実にこなすのは年齢的に大変なんですけど、今のところは受けていますね。
ーーーどんな仕事も受けてくれるっていうのは、仕事を発注する側とすれば安心ですよね。じゃあ、フリーになってからは順調に仕事を増やしながら?
大森 どうなんでしょう。毎年、「本当にこのままで大丈夫かな」っていう不安な気持ちで仕事をやってますけどね(笑)。ただ、少しずつ仕事を相談してくださる方々が増えてきたので収入も安定してきました。
ーーー収入の柱になるお仕事というのができたということですか?
大森 いえ、私の場合は、雑多に色々なことをしていますから。先ほど、お話したようにKADOKAWAや「ぴあ」などの出版社系の仕事もやれば、企業の会報誌や広報誌のようなお仕事もやる。たまに、ブライダルもあれば、実業団チームのプロモーション用の撮影も。だから、これがメインっていうお仕事はなくて、それぞれを満遍なくやっているから逆に安定してきたかもしれません。ひとつに固執すると、それが無くなった時に収入がガタ落ちになりますから。意識してわけじゃないですけど、結果的にそうなったような。
ーーー確かに、1社から50万円じゃなくて、10社から5万円の仕事を受けた方が、万が一のときのダメージは少ないと思います。あと、写真店も経営されていますよね?
大森 はい。こちらは完全に一般のお客様がメインの仕事です。入学式や卒業式、あと七五三の時などにまとまった売り上げになりますね。これはフリーになって、5、6年経った頃にはじめました。個人での仕事が不調なときは、写真店での売り上げで助けられたこともあります。
ーーーやっぱり、長らくフリーランスで活動しようと思うと、複数の収入経路を確保するのが継続するコツなのかもしれませんね。
■技能が無くてはいけない。技能だけでもいけない。
ーーー大森さんのお話を聞いていると、撮影技術だけではなくて、それ以上に人との付き合い方が大切だと感じました。
大森 振り返ってみると、そうかもしれません。カメラマンや制作者の知り合いや、クライアントさんから広がった仕事がほとんどですからね。この前も、10年ぐらい連絡が無かった知り合いから久しぶりに連絡があって仕事になるとか。そういうことの連続で20年ぐらい仕事をしてきた感じです。
ーーーしかも、それは今も大切にされていますよね? ぼくもそうですが、10歳以上、年齢が離れた人ともフラットにお付き合いができるのがすごいと。それだけキャリアがあって、目上だとみんな恐縮しますから。
大森 偉くないからじゃないですか(笑)。それも、意識しているワケじゃなくて、自然とそうなってるだけですよ。確かに、橋本さんや他の制作会社の方で、年の離れた人と仕事をする機会も多いですね。
ーーーとある営業の方やディレクターさんから、カメラマンさんをアテンドしてほしいという時に、「40代ぐらいの人で〜」と説明すると、「いや、もっと若い方で……」って言われることがあるんです。これは多分、年齢が上の人に要望を出しにくいからだと思うんです、その人が。でも、大森さんはその壁をすでに乗り越えてますもんね。
大森 たしかに、私ぐらいの年齢の人にあんまりお願いしづらいと思うんですけど……平気でお願いしてくれるので、嬉しいですよね。
ーーー今、クラウドソーシングなどを使って、仕事を得ているフリーランスの人も多いと思うんです。人との付き合いは、大森さんと比べると、希薄な印象があります。その人がステップアップするためには、何が必要だと思います?
大森 いや、今の状況に満足して、それで生活ができているならそのままで良いんじゃないですか。別に無理して、違うところに行こうとしなくても。とくに、カメラマンはWebの仕事だと、紙媒体と別の力を求められるでしょ? 例えば、紙はレイアウト上の制約があるから、デザインを意識した撮影の技能が求められるとか、媒体に合わせたテクニックが必要です。でも、Webは特別な広告撮影以外は、基本は横位置でそこそこのクオリティーで良い。だから、金額もそれなり。その部分で、サクサクっと仕事をこなして、いくつもの案件をこなす力が必要なんでしょうね。
ーーーWebの場合は、紙媒体ほど高い技量は求められない?
大森 技量が必要ないっていう意味じゃないんですよ。それ以外の力の方が、今のカメラマンには求められているような気がします。だから、カメラマンに求められる力のうち、2割ぐらいが技量じゃないですかね(笑)。あとは、人付き合いとか、上手に現場をまわす力とか、うまいカメラマンって見せる演出力とかね。
ーーーなるほど。でも今、マガジンの仕事がだんだん減ってきているので、新しい鉱脈を見つける時期かなと。大森さんで言うと、人物撮影の実績が多いような気がするので、そのあたりはこれから広げようと?
大森 そうですね。名前は出せませんが、タレントさんではなくて、かなり配慮が必要な方々の撮影をしてきましたから、人物撮影の仕事が増えれば嬉しいですね。これも、今までに学んだスキルで、限られた時間にインタビューカットやポートレートを撮影するっていう力が活かされている仕事だと思います。
ーーーだから、企業の採用サイトやコーポレートサイトの人物撮影は得意なんですね。これまでのお話をまとめると、
▼現場の空気を察知する
▼複数の収入経路を持つ
▼制限をクリアし最短ルートで答えにたどり着く
▼人との縁は大切にする
ーーーっていうことになりますね?
大森 めちゃくちゃ生々しい結論になりましたね(笑)。ただ、何度も言いますけど、プロとして発注された以上は、技能がないと次のご依頼って無いですから。最低限、基礎をしっかりと学んだ上で、そういう部分を大切にすれば、フリーランスでも生き残っていけるかも、っていう感じですね。偉そうなことは言えないですけど。
●インタビューに答えてくれた人 / 大森泉(おおもりいずみ)さん
2005年にフォトグラファーとして独立。広告、マガジン、広報誌、業界誌など、幅広いジャンルの撮影を手掛ける。2010年に写真館「大森カメラ店」をオープン。得意ジャンルは、人物、スポーツ、グルメなど。関西では数少ないスタジオを持つカメラマンとして、“仕事は断らない”をモットーに忙しい日々を送っている。大森泉さんのHPはコチラ。