「じゃぁ、またね!」
私は、故郷が嫌いだった。
義務教育の9年間
私はとても息苦しかった。
どうして?
わからない。
思春期特有の『何か』だったのかもしれない。
自分でもよくわからなくて
だから私は、それを全て故郷のせいにした。
遠くのどこかへ、行ってしまいたかった。
念願叶って、私とはこれっぽっちも縁の無い
知り合いも誰もいない遠くの大学へ進学した。
だけど
『20歳の私』は『30歳の私』からしてみたら
あまりにもちっぽけな石ころに躓いてしまった。
まるで想像もしていなかった姿で転びながら
卒業証書を辛うじてつかみ取り
大学院も
就職も
全て諦めて故郷へ戻った。
アパートを引き払ったその日
住み慣れた街は桜が満開に咲いていた。
はらはらと静かに散り落ちていく花びらを眺めながら
私はきっと、4年間の夢を見ていたのだ
そんな事を思った。
故郷につくと小雨が降る寂れたバス停で
祖父と叔父が私を待っていた。
「ラーメンでも食ってくか」
祖父が言った。
4年ぶりに食べた故郷のラーメンは
記憶のそれよりもしょっぱくて
とても悲しくさみしい味がした。
………………………………
大学を卒業してから9年。
30歳になる私は、心身の不調に悩み
週1~2回、地元の温泉に通い始めた。
どこにでも『面倒見のいい奥さん』
という存在が必ずいるものだけれど
私が通っている温泉施設にも
やはりそんな奥さんがいて
丁寧にいろんな事を教えてくれる。
初めてその温泉施設へ行った日。
脱衣場で身体を拭いていると
「初めてかね?」
とその奥さんに話しかけれた。
「あ、いえ…この施設は初めてですが
上にある△△温泉には
子どもの頃祖父に連れられてよく…」
「あれ、そうかね!ここの人?」
「出目は…ここですね」
「そうかねぇ!」
「アトピーがまた出てきちゃって
子どもの頃は温泉よく来てたから
こんな風じゃなかったんだけど…」
「ここはね、入ると肌ツルツルになるに!!
きっとすぐよくなるわ!!」
豪快に、優しく
笑いながら奥さんはそう言い、
回数券やお得なイベント情報まで教えてくれた。
帰り際に
「じゃぁ、またね!」
と、手をふり笑顔で挨拶をしてくれた。
じゃぁまたね
なんて
いつぶりに言われただろう。
「はい、また!」
気がつくと、私も笑顔でそう返事をしていた。
………………………………
私は、故郷が嫌いだった。
だけど
思いがけない優しさに触れた時
懐かしい香りの湯船に浸かった時
都会では感じることのなかった
そのひとつひとつのあたたかさに
『あぁ、そうだったな』
と納得し、安心している私がいる。
受け入れることに9年かかってしまった。
故郷に帰って来たのだということ。
そして
本当は故郷を愛しているのだということ。
温泉帰りにラーメン屋へ入った。
故郷のラーメンは
あたたかくて優しい味がした。
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