不仲な姉弟
「だーかーらー!!!!!私じゃないって言ってるでしょうが!!?アンタが犯人なんだろアンタが!!!!いい加減にしねぇと厚生労働省に訴えるぞ!!!!!??」
「なんで俺のせいにすんだよ!?ア"ァっ!?ってか厚生労働省がこんなアホなことに関わる訳ねぇだろこのバカ姉!!!」
4月某日。午後2時半。私と弟による醜い姉弟喧嘩は、今まさにデッドヒートを迎えていた。
「厚生労働省はいいからさ、うん。結局のところ、勝手にヤクル〇を飲んだのはどっちなの?」
「「コイツだよ!!!!!!」」
あくまで穏やかに尋ねる父への返事として、一斉に相手を指さす私と弟。もはや疲れきった様子の父の顔に、更に困り眉が追加された。
・・・
話の発端は30分前に遡る。
その時私たちはキッチン横のリビングにてダラダラしていた。
具体的には私はゲームに、弟はテレビアニメの鑑賞を満喫していた。
父は仕事のため自室にこもり(父は翻訳家なのだ)、母は会社勤めなので今日はまだ帰ってきていない。
そんな昼下がり。
のんびりと冷えてるプリンを食べつつ某無人島開発ゲームに勤しんでいた私の、穏やかにすぎていた時間は、キッチンに向かった父の困惑した声で破られた。
「ちょっと。どっちか勝手におやつ用のヤル○ト飲んだ?シンクに容器ころがってるんだけれど……」
父の声には少しの怒りも含まれていた。それもそのはず。おやつのヤク○トは1日1本、午後3時にのみ飲む事が許されている。
私たちのどちらかに、契約破りの禁を犯した者がいる。父が一番嫌いなのは約束を破ることだ。以前仕事相手が原稿の提出日を父に無断で早めていたことがあったらしく、会話記録などを日常的にしている父はその相手をとことん追い詰めて裁判直前までいったことがあった。
当時の、まるで般若のような父を思い出す。
普通に恐ろしい。あの理論的で一方的な詰み将棋の餌食になるのはごめんだ。
「私飲んでないから。そいつでしょ」
即、弟を売る。
「はあ?俺だって飲んでねぇし」
弟、やはり反撃するか。飲んでたお茶のコップをダンっと机に置いて、ギロっとこちらを睨みつける。
認めないならこちらは理論で攻めたてるのみ……!!
「大体私が飲んだならバレないようにちゃんとゴミ始末するわよ。シンクに置きっぱなしとかアホじゃないの?」
「よく言うぜ……この間父さんが寝ぼけてるのいいことに秘蔵コレクションのゲーム持ってったこと、カセット落ちてたから俺知ってんだぞ」
「はあ?それとこれとは別問題でしょ!?」
「え、待って父さんそれ初耳」
「ってか、普段から変な石ころとかよくわかんない葉っぱとか、自分の部屋のゴミすら捨ててないアンタが犯人に決まってるでしょ!こんなバレバレな証拠残してさ!」
「ゴミじゃねえし!あれは月の石と縄文時代の栗の葉の化石だ!」
「どっちもゴミよ!」
「え、父さんのコレクションだと思うんだけどそれ……?ちょ、2人ともなんで勝手に」
「アンタが飲んだんでしょ!!」
「そんなに言うなら証拠だせよ!!!!」
「あの……ねえ、2人とも」
「「絶対お前が飲んだんだろ!!」」
ということを30分ばかし続けているのである。
・・・
だいぶ言い争っていた。父は途中でなんどか止めようとしたが、その度に我々の勢いに飲まれてしまい、今は黙り込んでいる。
「そもそも、私今日キッチンに入ってないし」
「俺だってそうだよ!ずっとテレビ見てたもん!」
未だガヤガヤと音を立てているテレビを見やる。今は弟がみていたアニメ番組は終わり、『〇〇と✕✕は実は不仲営業だった!!?』などというすこぶるどうでもいいニュースが流れていた。黙ってテレビを消す父。
「つか父さん、なんで俺たちのどっちかがヤク○ト飲んだってわかんのさ」
突如、弟が話題を父に振った。話をそらす気か、とも思ったが確かにそこは気になる。
「そだね。もしかしたら昨日のやつかもしれないよ?乾かしてた容器が何かの拍子に落ちたとかさ。シンクに落ちてたってだけじゃ、今日のんだって理由にならないと思う」
弟に便乗して私も質問する。父は私たちの顔を一瞥したあと。
「簡単な事だよ。シンクにヤク○トの容器が落ちてる。中にはまだ湿り気がある。それに昨日の容器はお昼ご飯を作った時に父さんが捨てた。と言うことは、今日のうちに──それもお昼ご飯の後から2時の間に、誰かが飲んだに違いないんだ」
反論のしようも無い、完璧な論理で黙らせてきた。
ってかまあ、普通に考えればそうだわな。
「それに、今2人の言い合いを聞いてていくつか矛盾点を見つけた」
その言葉に困惑する我々に対してにこり、と笑う父。まずは、と呟いて弟の方を見る。ビクッと弟は身を竦ませた。
「確か今日はキッチンに入ってない、そうだったな?」
「う、うん。そうだけど……」
「じゃあ……なんでさっきテレビを見ていた時にお茶を飲んでたのかな?」
あっ、と言いつつ弟の顔が青くなる。
そうだ。最初私が告発した時……。
──飲んでたお茶のコップをダンっと机に置いて、ギロっとこちらを睨みつける。
そういや飲んでた!
「キッチンには、入ったんだね?なんで嘘をついたのかな?」
「えっと、それ、それは……」
……ここで反論できないなら、弟が1番の容疑者で確定する。
オロオロする弟を見ていた私だったが……次の瞬間、父の言葉に顔を強ばらせた。
「ちなみに。お姉ちゃんの方も嘘をついたね。ゲームをしながらプリン、食べてたでしょ。お昼ご飯を作る時には確かに冷蔵庫にあった君のプリンが消えてる。言い逃れは出来ないよ」
──のんびりと冷えてるプリンを食べつつ某無人島開発ゲームに勤しんで……
しまった
「い、いやぁ〜あはは!あの時の『キッチンに入ってない』って言うのは売り言葉に買い言葉と言いますか……」
「そ、そうだよ!勢いだよ勢い!!」
「んー、じゃあ2人ともキッチンに入ったのは認めるけど、ヤク〇トは飲んでないんだね?」
「「もちろん!!」」
2人同時に、大きく頷く。
それを見た父は、そっかぁ、と呟く。穏やかになった声色に、ほっと息をつく。良かった、上手く追求を逃れたみたいだ。
「んー、でも2人共怪しいからなぁ…うん。じゃあ、こうしよう。もうヤク〇ト買わないから。そうすればこんな事にならないもんね」
…………。
「「な、なんですとーーーー!!!?」」
超爆弾発言。
こ、コイツ……!?穏やかな顔をして、そんなことを言い切るなんて………!!
「ちょ、ちょっと待ってよ!!」
「待たない。今まで2人ともヤク○トが好きだから買ってたけど、それが原因で嘘ついてまで飲もうとしたり、相手に罪をなすりつけようってなるならいっそ、ね」
ダメだ、父の言うことがグサグサ刺さる。こういう時の反論は良くない。逆に父の気持ちを固めてしまう……!
「ね、姉ちゃんだよ!姉ちゃんがやったんだから俺を巻き込むなよ!」
アホ!!反論したら逆効果だっちゅうに!
ほら、父さんの目見ろよ!?決意固めちゃってるだろ!!?あーっ!もうっ!いっそ私が犯人だって言った方がいいのか!!?
……………。
………………ん?
…………………………………………あっ
……………もしかしたら、こう言えば……上手くいくかもしれない!
失敗したら破滅。でも。
やるしかない!!!
「…………うん。そうだよ。私が飲んだんだ」
「ほーら言った通りじゃんっ!……え?」
弟は目を丸くしてこちらを見た。対する父も、さすがにこの展開は読めていなかったのか、私の真意を推量るように目を合わせてくる。私は続けた。
「だってそれ、今日の分だもん」
「……どういうことだい」
父は静かに問う。
「だーかーらー!私は今日の分のヤク〇トを先に飲んだだけなんだって!」
「じゃあ、なんで必死にそのことを隠そうとしたんだい?」
「そっ、それは……あ、あれだよっ!お父さん怒ると怖いから、怒られたくなかったってだけ!!!」
「そうか……じゃあ、自分だけ2本飲もうと思ったから隠してた、とかではないんだね?」
ギクッ
「そ、そそそそそんな訳ないじゃん!!ほ、ほらもう飲まないから、今日!ね、これで一件落着でしょ!?」
「………………」
沈黙する父。
私の頬に冷や汗が垂れる。
長いような時間は、ほんの数秒だった。
父がふっと笑みを浮かべる。
「分かった。そういう事にしとこうか」
う ま く い っ た
ナイス私。グッジョブ言い訳。
「じゃあ今日はもうお姉ちゃんはヤク〇ト飲んだらダメだからね」
「うっ……はぁい……」
「大丈夫!俺が監視しとくからさ!姉ちゃん食い意地張ってるから、冷蔵庫に近づいた瞬間チョップして成敗してやる!!」
「はぁ!?あんた調子に乗りなさんなよ!?国土交通省の餌食になるわよ!?」
「いや、さっきから思っていたけどお姉ちゃんの中で省庁はどうなってるんだい……。
うーん、姉弟仲が悪いのは嫌なんだけどね……まあ、監視役としては信頼できるか」
じゃ、頼んだよ。と言って父はリビングから立ち去って、2階へと上がる。
父の部屋の扉が開く音がして、バタンと音が響いた。
・・・
「上手く、いったね」
弟が感極まったように呟いた。その顔に1発デコピンを入れる。
「イテッ!?」
「ほんっとアンタ、私に感謝してよね。やんなっちゃうよ尻拭いさせられてさ!」
「ご、ごめん……でもお互いにバレてたら大変だったでしょ?」
こいつめ……言うことが癪に障るなぁ……。
「ほら、次はもっと上手く隠しなよ。言ったでしょ、ゴミ箱の底の方に押し込んだら父さんたちには見えないって!」
「だって汚いんだもん……」
「もんって何!?寒気がするんだけど!!!?」
ワーワー言いつつも、しょうがないから今回の事件の発端になった容器を回収する。
そしてゴミ箱の底まで手を突っ込んで──
カツン
先にその場に居座っていた容器と、同じところに放置する。それは、まだ少し湿り気を帯びていた──これは【私が】のみ終わってすすいだ後、あまり時間が経っていない容器だ。
「でも、本当に上手くいったよね!まさか父さん、俺たちがグルになって【2人とも勝手に1本ずつ飲んでた】なーんて思ってなかったし!」
それを聞いて、ゴミ箱から手を引き抜いた私はほくそ笑んだ。
そう、最初から父は固定観念に囚われていたのだ。
【この姉弟は自分本位のことしかしない、相手を落とすのに必死なのだ】と。
実際はご覧の通り、私たちは自分【達】の利のために手を組む最高の共犯者だ。
不仲の振りをしていたのも、ここで手を組んでいることを悟らせないため。
そもそも今回の犯行は、2人ともの協力がなければ成り立たなかったのだ。
どちらもキッチンの隣のリビングにずっと居た。なのに、キッチンにどちらかが向かったことに気づかないことがあろうか、いやそんなことは無い。
だからお互いに「自分は飲んでいないから相手が飲んだんだ」と主張するばかりで、「コイツがキッチンに入るのを見た」なんて決定的なことを言うことは無かったのだ。
ただ、やはり嘘をついたところからボロは出てしまったが。
冷蔵庫から1本、ヤクル〇トを取り出しつつ反省する。
「ま、今日のところは大人しく1本だけにしておいた方がいいわね。下手に容器増えてたら疑われるし。ほら、半分こするわよ」
「えー!?でも俺の分って父さん言ってたじゃん!」
「だーれのおかげで事なきを得たと思ってんのよ。あんたを庇ってやったんだから迷惑料よ迷惑料」
「へーい……」
不服な様子ではあったが、大人しくコップに注ぎ分ける弟。
いつも喧嘩ばっかりで寄ると触ると爆発するような私たちが、今はヤク〇トを半分こし合っているだなんて、両親たちには想像もつかないだろう。
(【不仲な姉弟】だからって、別にずっと喧嘩してるわけでもなければ、手を組んだり分け合ったりしない訳でもないのにね)
弟から手渡されたコップを受け取り、一気に中身を流し込む。
散々叫び疲れた喉にヤクルトの冷たさがしみ渡る。
共犯者と飲む祝杯は、乳酸菌特有の甘酸っぱさと、父に嘘をついた背徳感という最高のスパイスが効いていた。
~終~