息子の撮った写真に、写ったもの
息子が4歳の頃、
キッズ用のトイカメラを与えた。
親のスマホを奪って、
写真を撮ることに
夢中だったからだ。
キッズ用カメラは軽量で
コンパクトなので、
息子が自分で持ち運べる。
操作の仕方もいろいろ触って
すぐに覚えてしまった。
息子は「自分のカメラ」を
とても気に入ってくれた。
*
息子にカメラを与えたのは
息子が興味をもったという
理由もあったのだけれど、
本当はわたし自身の
「息子はどんなものを撮りたいのか」
という興味のほうが大きかった。
写真を通して見る、息子の世界。
そこにはどんなものが見えるのか。
息子にはどんな風に
世界が見えているのだろうか。
それを、知りたいと思った。
その役割を、カメラに託した。
*
息子がトイカメラを手に入れて、
はじめに撮ったのは、リビング。
ただ目の前にある光景を撮った。
それから、お気に入りのオモチャ。
ひとつずつ、ていねいに撮る。
そのうちトミカをずらりと並べ、
順番を入れ替えながら撮っていた。
しばらくすると、
わたしや夫を被写体にしたり、
レンズを自分に向けて
「自撮り」を楽しんでいた。
思いがけず、夫婦二人の写真を
よく撮ってくれるのはうれしい。
息子が産まれてから、
すっかり夫とのツーショット写真は
撮らなくなっていたから。
*
息子には、
何を撮れと言ったことはない。
好きなものを好きなように撮らせた。
ピントを合わせることだけ教えて
それ以外のことは、
聞かれない限りは何も教えない。
それは、息子に「いい写真」を
撮ってほしいわけじゃなく、
「好きな写真」を撮ってほしいからだ。
*
ある日の夕暮れどき、
お出かけからの帰り道。
家族三人で歩いていた。
川にまたがる大きな橋を
渡っていたとき、
ふと、息子が言った。
「見て!きれい!お写真撮りたい!」
赤い夕日に染められながら
街には灯りが点りはじめていた。
大きな太陽が、まるで川の底へと
沈んでゆくような光景だった。
こんなに小さい子供でも、
きれいなものを撮りたいと思うのだ。
いまのこの瞬間を、
写真に納めたいと思うのだ。
至極、真っ当なカメラの使い方だ。
シャッターを一度だけ押して、
息子は満足そうに言った。
「おばあちゃんに見せたいな」
その場にいないだれかに、
この景色を見せたい、なんて
そんなことも考えるのか。
ちゃんと「人間」だなあ。
息子の笑顔にそんなことを思った。
息子の撮ったその写真には、
橋の欄干が写りこんでいる。
決してうまくはないけれど、
大人には撮れない写真だ。
そこには、息子にしか撮れない、
「息子の目で見た世界」が
確かに写っていた。