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売上は上がっているのに経営が楽しくない? 『社員の幸せ』と『会社の成長』は両方とれる
夕暮れ時のオフィスに、若い経営者が僕の部屋を訪ねてきた。いつもの自信に満ちた表情とは違う、何かに迷っているような雰囲気だ。
「ナカさん、聞いてください。売上も社員数も増えて、経営は順調なんです。なのになんかしっくりこないんですよね……」
どうやら、会社の目標を達成したのに心から喜べないことに戸惑っているようだ。
「起業した時の仲間が何人かやめてしまって……でも、新しい仲間は増えて、にぎやかなんです。けど、なんか会話に熱が入らないっていうか」
目標を達成してもなんか満たされないんやね。達成して満たされている自分って、どんなふうに想像してた?
「みんなが会社の成長を喜んで、仲間と毎日笑って仕事をしている。そんなイメージでした」
今はそうじゃないんやな。会社を立ち上げたばかりの頃は、みんなでガムシャラに働くこと自体を楽しんでなかった?
「たしかに…みんなで頑張っている時間は、何よりも楽しかったです!」
その時は、みんなとの一体感や、共に何かを成し遂げる喜びが大きかったんやろうね。
「そうです。だから、そんなふうに働ける会社を続けるために売上を伸ばしてきたんです」
めちゃくちゃ分かるで! 僕も昔、みんながよりよく働ける会社にするために、「もっと売上を伸ばそうぜ!」って燃えてたことがあってん。それで、売上は伸びたんやけど、周りは誰も楽しそうじゃない。
そりゃそうなんよな。僕が「今月の売り上げどうなってんねん!」ってメンバーを追い詰めてたんやから。
そのときに、気づいてん。自分も全然幸せやないなって。
「気づいて、どうしたんですか?」
売上を伸ばすためだけの会議とか、社員を激詰めするような発言や行動を全部やめて、待つことにしたんよ。
「え、それで売上は…?」
それがさ、不思議と伸び続けたんよ。今まで必死になってやってた自分なりの確認作業、尻叩き、売上会議はなんやったんやろってなぐらい(笑)。
「え…売上、伸びたんですか?」
そう。僕も絶対落ちると思ってたから、何回も数字を見直したよ(笑)。社員も楽しそうに、いろんな報告や相談に来てくれるようになって、より情報も集まるし。なんだか気持ちが上がってる自分にも気づいたわ。
そんなことがあってから、試行錯誤しながらたどりついた結論が『社員が幸せだから業績は伸びる』ってことだった。
君は、楽しく働きたいし売上も伸ばしたい。それが理想なんよね?
「そんな組織が本当にできるなら。理想ではありますけど…」
じゃあそれを目指そう。会社がもう少し大きくなったら、制度を整えて社員の幸せを考えようと思っている経営者も多い。
でもな。今頑張ったら未来で幸せになれるかなんてわからへんし、保証もできん。それに今がしんどいのって、おもしろくないし、嫌やん。
だからこそ、今この瞬間に、『社員の幸せ』も『会社の成長』も同時に獲りにいけばええんよ。
「この瞬間から…同時に…?」
そう、同時に、全部。
必要なものを、マルっと全部取りに行く。なにかを諦めたり、後回しにしたらあかんよ。人生は時間やから、そんなヒマはないからね。
全部獲る、なんにも諦めない。
ゼンドリ思考で生きていこうや。
売上のために幸せを犠牲にしない
はじめまして。
福岡で、株式会社HAPPYINNOVATEの代表、一般社団法人障がい者雇用支援機構「てとて」の代表理事などを務めるとともに、7人の子育てに奮闘中の中村浩之です。ナカさんと呼ばれています。
2022年まで福岡の老舗通販会社で、創業フェーズから組織作りや事業拡大に力を注いできました。18年間の事業責任者としての経験と、4年間の取締役社長としての奮闘を経て、会社の年商は80億円に達し、従業員数も300人を超える規模にまで成長しました。そして独立し、現在に至っています。
独立後、多くの若手経営者と話をする機会がありました。そこで感じたのは、事業の成長段階にいる経営者ほど、共通の悩みを抱えているということです。
・会社の成長のために全員で努力しているのに、なぜか手応えが感じられない
・売上は伸びたものの、「このままでいいのか」という不安が消えない
彼らはみな、魅力と才能にあふれる素晴らしい経営者です。事業をどう成長させ、社会に貢献し、社員を守るかに真剣に向き合い、頭を悩ませていました。
そんな若い経営者たちに、僕が必ず伝えるのは「社員の幸せを本気で追求すること」。この姿勢こそが、実は会社の成長にもつながるからです。
それは僕が、試行錯誤を重ねる中でたどり着いた、経営哲学のようなものです。
ここ数年、大企業を中心に「幸せな組織作り」への関心が高まり、多くの企業がその実現に向けて動き出しています。この動きには僕も大賛成です。
しかし、まだまだ「幸せ」と「利益」をわけて考える経営者は多いように感じています。
「幸せ」であるためには「必死で働くことが必要」といった考えのもと、幸せな組織作りが進んでいるように見えるのです。
たとえば「3年後に幸せな組織にするために、今年はちょっと無理していこう」といった考えです。この場合はどうしても「いまの幸せ」が犠牲になってしまいます。
僕は、通販会社で社長をしていた頃、1年後に「幸せな組織」が待っているとしても、「今」が辛いままでは意味がないと痛感しました。「幸せ」をトレードオフで考えていては、本当に「幸せな組織」は作れないのです。
本気で幸せな組織作りを目指すなら、経営者の幸せも、社員の幸せも、会社の利益も、幸せに必要なものを全部マルっと獲りにいく。
その考えを、僕は「ゼンドリ思考」と名付けました。「ゼンドリ思考」は、僕が目指す「幸せな組織」の基盤となる考えです。
そしてこの「ゼンドリ思考」は、組織作りのためだけの考えではなく、僕の生き方そのものを表すものです。
今が、おもろいか?
なぜ僕が、全部マルっと獲りにいくと決めているのか。
それは、人生は限られた時間だと知っているから。何かを我慢して過ごす時間を、僕は持っていないからです。
「長い人生、数年くらいの我慢なら大丈夫」という人もいるかもしれません。でも、数年後に自分や大切な人が生きている保証なんて、どこにもないんですよ。
それを強く実感したのは、24歳の時でした。僕は悪性リンパ腫と診断され、治療のための入院生活が突然始まりました。
朝起きて、仕事に行って、クタクタになるまで働いて、寝る。そんな当たり前の日常も、一瞬にして崩れ去りました。
抗がん剤治療で、四六時中吐き気に襲われ、43度を超える熱が続く日々。目から血が出ることもありましたし、髪の毛はぜんぶ抜けました。幻聴や幻覚で眠れない夜が何度もやってきます。覚悟はしていたけど、過酷な毎日でした。
ですが、肉体的なしんどさより辛かったのは、自分のせいで家族が苦しんでいることでした。グッと涙をこらえて僕を励ます両親に、「ごめん」と心の中で謝りながら、2度とこんな顔はさせないと誓いました。
幸い、若くて体力があったこともあり、半年間の治療を終えて退院が決まったのですが、主治医から「5年以内の再発率は80%です」と言われました。
「そんなに再発すんの!?」と思わずツッコんでしまったのを覚えています。
「今日か明日か、何年先かはわからんけど、自分もみんなもいつか死ぬ」という事実を、ガンの告知を受けた時よりも、リアルに感じていました。
そして、治療期間中に、「人生という時間は限られている」と心底実感した僕は、「無駄にできる時間はない。今を楽しもう」と心に決めました。僕と過ごした時間が「楽しかった」と思ってもらえるような人であろうと決めたんです。
その時から、「今が、おもろいか? 一緒にいる人は楽しめているか?」が、僕の人生の最優先事項になったのです。
ところが、です。
社会復帰をして、仕事でマネジメントを任されるようになると、僕は「今を楽しむ」ということを再び忘れていきました。
「今、一緒にいる人が楽しめているか」よりも、「目標をどう達成するか」のほうが気になる毎日になっていたのです。気がついたら、暗い表情をした社員と、眉間にしわを寄せて激詰めする自分が向き合うだけの毎日だったのです。
「今が楽しい」よりも「会社の成長」を優先していた自分に気づいたときは、愕然としました。
「最悪やー、僕はいったいなにをしとるんや」
まさに、喉元過ぎれば熱さを忘れるで「人生は時間だ」と知っていた自分が、社員の人生から「楽しい時間」を奪っていました。
すごく申し訳なく思うと同時に、「こんなに怒鳴り散らす上司がいる会社に毎日よく来てくれてたなあ……」と、感謝の気持ちがあふれました。
社員の幸せと真剣に向き合う
それから僕は、今までのマネジメント方法を全てやめて「社員が幸せに働ける組織」を目指し始めます。
とはいえ、これまでのやり方を変えるのは簡単ではありませんでした。なかなか報告にこないメンバーにイライラしてしまい、声をかけそうになるのをグッとこらえることから始まりました。あと、眉間のしわを伸ばして笑顔を保つことも、最初はキツかった。
やり方を変えたら売上は落ちるだろうと覚悟していましたが、予想以上の成果で着地。「社員が幸せに働く組織」に手応えを感じた僕は、自分の会話の仕方、メールの書き方、ミーティングの進め方など、あらゆるところで改善を始めました。
やり過ぎや失敗もたくさんありましたが、仮説・検証を繰り返すなかで、「社員が幸せな組織は経営もうまくいく」という確信を持って、組織作りができるようになりました。
そうした組織を目指し始めると、社内の空気も社員の行動も変わっていきました。その一つが、来客対応です。ある時から、全スタッフで手作りの”旗”や”ウチワ”を用意して、ゲストを出迎えてくれるようになりました。僕が指示したワケではありません。スタッフが自主的に、ゲストを喜ばせようと準備してくれたのです。
「こんな歓迎受けたことがないです!」とゲストは大興奮。「どうやってこんな組織になったのか」と質問が続いて、なかなか本題に入れない…なんてこともありました。スタッフのおかげで、僕もすばらしい時間を過ごすことができました。
ところが、なんです。
メンバーの変化・成長を嬉しく思う一方で、僕はどこか物足りなさを感じ始めていたんです。
「社員が幸せな組織」を実現できているはずなのに……なんでや…?
モヤモヤっとした気持ちを吹き飛ばそうと、さまざまなジャンルの新規事業に取り組んでみました。
あちらこちらへ駆け回るうち、自分が物足りないと感じる理由がわかってきました。「めっちゃおもろいやん!!」と興奮するような毎日を、過ごせていなかったんです。
僕は、「仲間とおもろいことをする日々が幸せ」という価値観を持っています。なのに、刺激のない日々が続いている。
本来なら、「失敗してもええからやってみようや。おもろいやん」と判断することも、「チームに無理が生じるならやめておこうか」と判断するケースが増えていたことも影響していたと思います。
その結果、社員にとっては働きやすい幸せな組織ができたけど、自分は我慢を求められる組織になっていたのです。
マネジメント方針を変えてしばらくは、新しいことへの挑戦で僕もワクワクして楽しかった。でも、そのやり方に慣れてくると「もの足りなさを我慢する日々」になってしまった。
人生は限られた時間しかないのに、今を我慢して生きるなんて、僕には耐えられません。早急に改善策を打たなければ。
あなたにとっての幸せとは?
僕は、「幸せ」をどのように定義しているのか、あらためて考えてみました。
振り返ってみると、僕は「社員が幸せな組織」の実現が、経営者としての幸せであると考えていました。もちろん幸せには必要なピースですが、それだけでは足りなかった。
では、自分にとっての「幸せとは何か」と考え続けると、
・毎日がおもろくて刺激があること
・家族が幸せであること
・仲間が幸せであること
なんだと整理できました。
そして、その幸せを「いまこの瞬間に感じていること」が、必要だと自覚しました。
自分の幸せをしっかりと自覚したことで、自分なりの幸せの組織の作り方も、明確になりました。
社員の幸せも経営者の幸せも、すべていま、獲りにいく経営をする。
そのためにも、僕は「ゼンドリ思考」で生きる。
それが僕の幸せな生き方なんです。
そんな僕の生き方や組織の作り方に関心を持ってくれた方へ。
「ゼンドリ思考」の実践で、最も重要で真っ先にやらなければいけないのが、自分にとっての「幸せとは何か」を明確にすることです。
あなたにとって「本当の幸せ」とは何でしょうか?
限られた時間の中で、「いま」も楽しく生きるために、あなたはどんな選択をしますか?
次回に続きます。
編集協力/コルクラボギルド(文・栗原京子、編集・頼母木俊輔)