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ミステリとパズルな話

本記事はペンシルパズル Advent Calendar 2021/18日目の記事として書かせて頂きました。よろしくお願いします。


1.はじめに

私は推理小説が好きです。中でも本格ミステリと呼ばれる小説が好きです。本格ミステリとは簡単に言うと「ミステリ」な部分がメインテーマである小説です。本格ミステリの定義は、パズルにおける「理詰め」と同じくらい個人的で繊細な案件なので、ここで詳しくは触れません。
イギリスのミステリ作家コリン・デクスターは、クロスワードのカギ作りのチャンピオンとしても知られていて、クロスワードと本格ミステリの共通点を論じたエッセイを書いたこともあるそうです。この記事では、私も数理系パズルと本格ミステリ、中でもフーダニットと呼ばれるミステリとの共通点や違いを考えていきたいと思います。フーダニットとは「Who done it?」つまり「誰がそれを行ったのか」をメインに置いたミステリのことです。

2.ルールと混沌

「失礼します。報告に参りました」
「ああ、君か。報告書はそこに置いておいてくれればいい。3、4、5…」
「それが、ちょっと困ったことになっていまして。報告のついでに少し助言を頂きたいのですが」
「それは構わんが、ちょっと待ってくれ。14、15、16…」
「何をなさっているんですか」
「黒マスを数えている」
「はあ。黒マスですか」
「今日は何日だ」
「11月28日です」
「28日と言えばヤジリンに決まっているだろう」
「ヤジリン。何でしょう。ゲームですか」
「ペンシルパズルだよ。よし、数え終わった。君もやるかね」
「いえ。私は勤務中ですので」
「私もだ」
「……」
「今日の船橋の事件だろう」
「ええ。容疑者は3人。3人とも捜査には協力的なのですが、証言の整理が困難を極めています。犯行の起きたときに自分がどこにいたか、3人ともわからないと言うのです」
「現場は妙な建物らしいな」
「船橋市の郊外にある、通称迷路タワーと呼ばれる建物です。1階は5×5の25部屋、2階は6×6の36部屋と上に行くにつれフロア面積が大きくなっています。その6階で一瀬という外務省の職員が射殺されました」
「最近流行りの様式だな」
「そうなのですか。私は初めて見ました。そこで今日、迷路を利用したパズル早解きイベントがありまして、事件はその最中に起こったようです」
「被害者と同時に迷路に入っていた3人が容疑者というわけか」
「はい。4人が同時にスタートして、各部屋にあるパズルを解きながら2時間ほどかけて迷路を一周するイベントとのことです。自分がスタートした部屋に戻ってきたらゴールです。各部屋には最大四方向に扉があり、全部屋同じタイミングで1分おきに5秒しか扉は開きません。その1分で部屋に置かれたパズルを解いて次の部屋に進むんですね。普通に進行されれば全員が全部の部屋を一周して、同時に入り口の部屋に帰ってこられる仕組みになっているそうです。これが6階の図です」

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「下の色のついた部屋で被害者が見つかったんだな」
「はい。3人のゴール後にフロアの管理スタッフが参加者の1人がまだ部屋にとどまり続けていることに気づき、様子を見に行ったところで倒れていた一瀬が発見されました」
「参加者が部屋にとどまり続けているとスタッフにはわかるのか」
「ええ。迷路と言っても、全員が確実に全部屋を回って帰れるように、参加者の移動はコンピューターが把握して扉の開閉が制御されているのだそうです。だから扉が開いたあとに同じ部屋にい続けた場合はエラーとして出ます」
「ならば移動の記録を見れば犯人はすぐにわかるはずだろう」
「我々が記録を見ようとしたときにはもう消されていました。犯人によるハッキングでしょう。ただ、スタッフがエラーを確認したときはまだ正常に動作していて、被害者以外の3人の移動にエラーは出ていなかったという証言は取れています」
「そのスタッフはイベント中に参加者の移動の様子は見ていないんだな」
「他の階も掛け持ちで管理しているうえめったにエラーも出ないので、通常は参加者の移動をリアルタイムで監視することはないそうです」
「犯人もそれを知っていたようだな」
「そうでしょうね」
「一瀬はどこに倒れていたのかね」

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「部屋の左側の扉のすぐ前です。被害者は扉のすぐ前で、正面から撃たれていました。体を動かされたような跡は部屋になく、被害者の足跡も残っていません。扉が開き、この部屋に入ってすぐ撃たれたものと思われます」
「この赤い×印が撃った場所だな」
「はい。サイレンサー付きの銃が落ちていました。付近の床に微量な硝煙反応が出ましたので、右の扉の前で撃ったことは間違いありません。左の扉から被害者がこの部屋に入ったときに、向かい側から入ってきた犯人に撃たれた、といったところでしょうか」
「……」
「ここからが本題です。3人の移動について証言を私がまとめました。途中でどちらの方向に誰を見たか、いつごろ誰と同じに部屋に入ったかを半日かけて詳細に聞いたので、ぜひこれをもとに4人のルートの再現を…」
「いや。それは必要ない」
「えっ。これを読んでもらっての助言をうかがいに来たのですが」
「必要ない。代わりに質問を3つさせてくれ」
「かまいませんが、まずこれを読んで頂けると…」
「1つ目。扉の開閉は制御されているといったが、進むと全部屋を回れないルートに入ってしまう方向の扉は開かない、という理解でいいんだな」
「はい。必ず全員が全部屋を回れるようになっているそうです。開かない扉はロックされていて無理やり開けることもできません。」
「2つ目。4人はそれぞれ別の部屋からスタートしたようだが、スタートの部屋から最初に進んだ方向は間違いないのかね」
「はい。本人の証言だけではなく、スタートの部屋の通路側で見送りをした複数人にも確認をしたので間違いありません」
「3つ目。あの位置で銃を撃った後、扉が開いているうちに右ではなく上の扉から出ることはできると思うか」
「それは無理だと思います。一部屋は学校の教室ほどの広さがあります。入ってきた被害者を視認する。銃を構えて撃つ。上の扉から出る。これを5秒間で行うのは無理です。部屋に入ってとどまらずにすぐ次の部屋に入った場合は、移動のエラーが残りますよ。スタッフは被害者以外にエラーはなかったと言っていました」
「なるほど。少し考えさせてくれ」
「犯人のルートを特定するためにも、まず私の半日の努力の結晶を読んでもらうわけにはいきませんか……」
「わかったよ」
「ありがとうございます!ではこれを」
「それは必要ないといっただろう。そうではなく、犯人がわかった」
「えっ。どういうことですか。今までの情報だけで犯人と被害者が通り出会ったルートがわかったのですか。そんな。私の聴取した証言で狭めていかないと、可能性は膨大に…」
理詰めだよ」
「はい?理詰め…?」
「これは理詰めのパズルだ。あいまいな記憶やうその混じった証言などより確かなもの。それが理詰めだ」

3.読者への挑戦

本格ミステリ、特にフーダニットには途中で「読者への挑戦」という作者からのメッセージが入ることがあります。エラリー・クイーンが始めたアイディアですが、日本の作品にも入ってるものがいくつかあります。
フーダニットの問題編はパズルで言えば、ルールと盤面の説明です。場所や人物がルールとして設定され、記述されたそれぞれの動きが解くべき盤面となります。ルールがあり、その中で唯一の解がある混沌を作る。私がパズルとミステリが似ていると思うところです。

フーダニットはたしかに「犯人を当てる」ミステリではあるのですが、実際に犯人を当てても特に嬉しいということはありません。これは「理詰めです」と書いてあるパズルを仮定で解けても別に嬉しくないのと似ています。
理詰めのパズルは解盤面自体ににさほど価値はなく、解いていく過程の論理に楽しさがあります。本格ミステリも同じで、犯人の名前を当てることよりも、それを特定する論理に評価の重点が置かれます。
しかし、パズルと本格ミステリでは大きな違いが一つあります。それが探偵の存在です。

4.ただ一つの解

「はあ。その理詰め、によると犯人は誰なのですか」
「焦らないで聞きたまえ。一瀬と二宮は道中で同じ部屋に入ることがあると思うかね」
「私の作ったこの報告書によると、二宮は被害者である一瀬と同じ部屋に入ったことはないと言っています。しかし二宮が犯人だった場合、正直に言うわけはないでしょうから嘘の可能性もあります」
「その報告書はいったん置いておくんだ。同時に同じ部屋に入る可能性はあるかと聞いている」
「あるんじゃないですか。自由に動けるんだから会うこともあるでしょう」

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「これを見たまえ。緑が一瀬が奇数回の移動の時に行ける部屋で、赤は二宮が奇数回の移動で行ける部屋だ」
「これは……。重なりませんね。一瀬と二宮が同時に同じ部屋に入ることはないんだ。ひょっとして、この図からすると一瀬と四谷も同じ部屋に入ることはできないということですか」
「ああ。そうだ」
「三条は…同じ部屋に入れますよね。では犯人は三条だ!こんな簡単に犯人が分かるなんて。ありがとうございます!三条のやつを絞り上げてきます!」
「待ちなさい。まだ話は終わっていない」
「犯人がわかったらもういいですよ。理詰めの話は今度聞きに来ます」
「三条は犯人ではない」
「えっ。どうしてですか。三条以外に同じ部屋に入れた奴はいないんじゃ」
「これに君が思う三条のルートを書いて見たまえ。適当で構わん。私も書く」
「どうしてそんなことを。パズルをやってる場合じゃないんですよ。書けと言われれば書きますが、私はまだ彼の証言を整理できていないので適当に書きますよ」
「それでいい。これにさらに進んだ向きを書きこむとこうなる」

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「はあ。しかし本当に適当に書いただけなので、実際のルートとは違うでしょうね。これでなにがわかるんですか」
「外周に注目したまえ。どちらのルートも必ず外周の壁沿いは反時計回りになっているだろう」
「そういえばそうですね。たまたまですか」
「これは有向ループの外周はすべて同じ向きになるという定理によるものだ。たまたまではない。三条が最初の部屋で左側の扉から出たのなら、必ず外周沿いの部屋は反時計回りに通ることになる」
「つまり、下の壁沿いの殺害のあった部屋に三条が右側の扉から入ることは不可能ということですか」
「ああ。一瀬は部屋に入ったところで撃たれている。左か上の扉からしか入ることができない三条があの位置で撃つことはできない」
「そうすると犯人がいないくなってしまいますが」
「殺人は実際に起きたんだ。犯人はいるさ。いなくなってしまうならその前提が間違っていたということだ」
「前提……」
「同じ部屋に同時に入れた三条が犯人でないならば、一瀬と犯人はあの部屋に同時に入ってはいないというのが論理の帰結だ。銃撃は二人が同時に部屋に入ったときに起きたのではない。一瀬が部屋に入ったとき、犯人はその部屋から出ていくところだったと考えるしかないだろう」
「そうか。犯人は扉が開いて部屋を出る直前に、入ってくる一瀬に気付きその場で銃を撃ってすぐ部屋を出たんですね。ということは犯人は下の壁沿いのあの部屋で右側の扉から出られる人物……」
「そうだ。最初の扉を左に進み、一瀬が入るタイミングであの部屋を出られる人物。犯人は二宮だ。銃の入手や硝煙反応を消すための手袋などの処理、ハッキングの手際の良さも考えると、まず間違いなく組織的な犯行で二宮はただの実行犯だろう。たっぷり絞ってやるといい」
「ありがとうございます。パズルが役に立つこともあるんですね」
「何事も理詰めだよ。君も肝に銘じておきたまえ」
理詰めってすごいですね。ところで先ほどのヤジリンというパズルも、やはり理詰めで解かれたのですか」
「……」
「……。余計なことを言いましたか」
「いいから早く二宮のところに行ってきたまえ」

5.探偵

ミステリには解決編があります。私はそこがパズルとの最大の違いだと思っています。パズルに秘められた論理は、解く過程で自分が明かしていくほかはありません。ミステリの場合はそれを探偵(役)が代わりに行ってくれます。本格ミステリの一番の盛り上がりどころは、探偵が事件をいかに解き明かしたかを説明する場面です。トリックが薄めだったり犯行そのものが地味な事件でも探偵の推理の開示に魅力があれば、がぜん面白い小説になります。日常の謎系なども本格ミステリの人気のジャンルの一つです。

私はパズルにもそれがあっていいと思っています。超絶難度の大域手筋の解説はもちろん名探偵のそれです。しかし特殊な問題だけではなく普通の問題でも、自分の作意をうまく開示する解説があれば、そこに需要はあるのではないでしょうか。単に私がパズルの解説を読むのが好きなだけ、というのもありますが、パズルの世界にもミステリの名探偵のように自作パズルを面白く解説する文化が生まれたらいいなと思います。

長い記事になってしましましたが、読んで下さってありがとうございます。
箇条書きの推理クイズ形式ではなく会話文による小話形式にしたのは、「探偵による推理の開示」式の解説の面白さを伝えたかったからです。たくさん空いてるから、と何となく申し込んだアドベントカレンダーでしたが、書く方でも楽しい企画ですね。来年からはきっと名探偵によるパズルの解説が増えると思うので(?)読む方で楽しませて頂きたいと思います。

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