2024_11
こんにちは、僕です。
自己分析ってのは自分を知ろうとする試みではなく予め世間に用意されたワードからなんか自分っぽい物語を選ぶことなんですね、知りませんでした。
あと自己啓発も広い目で見て人生を良い方向にしよう変えようってことじゃなくて、あくまで奴隷でい続けるための自己暗示的な役割なんすね
もしくは自分でいるためには自己啓発本に記されていることを実行しなければいけないという本末転倒
以前お友達に嫌われる勇気勧められたから渋々読んでなんか受け入れられなかったのそれか?
上の人がいくらでも解釈変えてなんか色々都合のいいこと言えそうだなって思いました〇
まだまだ食い扶持探してるよー
面接の問答の途中で「あ、こいつダメだな」って雰囲気はやっぱり漏れてて、その後もまあコミュニケーションをする訳ですが型落ちポンコツロボットに「まだやれます><」って言わせてるシーンと重なって嫌なんですよね
私の自認は型落ちポンコツロボットではないので
漏れてる臭いの強い人程惰性で何にも興味なさそうor本気で競争に負けた者は死ぬべきだと思ってそうてのはストレスが来てるだけ
これまで学校で就活対策とかしなかったの?とか、いつから就活してるの?とか、これまで何社受けてきたの?なんて聞かれた時にはまるでこちらが犯罪者にでもなったのではないかって気持ちになりますね
事実落ちてるってことは金無し犯罪者コースも全然あり得る訳ですが
ところで自分の体験?経験?をある程度物語らせられるのだが、それは何か技術的に習得しなければ語ってはいけないのだろうか?
それは日々の行動が計画的なことの積み重ねでしかないということか?
全てコントロールできると思っているということか?
自分から退屈に突っ込む生き方してなくて偶然の体験そのものを楽しむので分からないっすね
ちょっと違うかも
自分は置かれた環境の中で自分なりの楽しみ方や、やりがい的なものをどれだけ小さくても見出すことは可能だと思ってて、でも社会はある一点だけを注目して「これがやりたい!」と言わなければならないことに違和があるとかそんな感じ(お仕事のお話ね)
故にガチャなど存在しないんですけどね
無論インターンシップというものが真に労働体験なのだとしたら自分もちょっとは出せるだろうけどそれはないかなって
そんな曖昧なもので判断できるかバカ。だからはっきりわかる部分だけ聞いてんだよボケってお言葉をいただきそうですがまあもう少し魂的な部分を見ようとしても良いのではないかと(無論ハズレはどちらもあるわけですが)
この表現正しいのか知らんけど哲学って言うんですかね?
まあともかく何かが既にできる人なんてほんの一握りしかいないんだし自分はやる気とかコミュ力よりそういう部分の方が大事じゃないかなと
しかしまあ↓のような規定なんかもお国が作ってるし自分も質問する側に回ったら退屈なものになってしまうのかな
思想抜き宗教抜き人生観抜きの人って何が残るの?って言われたらコミュニケーション力とかやる気に収束するのは分からなくもない
ん~でも禁止しているからといって選考対象側から出すのは特に問題とされていないし、仮に受験者側が話題に出てしまったので選考に持ち込まれてしまったから落とすというわけでもないだろうしその規定どうなん?という感じではある
(知ってしまった以上、それのみを省いて選考することは不可能という立場でもある。だって意思決定なんて突き詰めればなんとなくだし)
“思想・信条や宗教、支持する政党、人生観などは、信教の自由、思想・信条の自由など、憲法で保障されている個人の自由権に属することがらです。それを採用選考に持ち込むことは、基本的人権を侵すことであり、厳に慎むべきことです。思想・信条、宗教などについて直接質問する場合のほか、形を変えた質問を行い、これらのことを把握しようとする企業がありますが、絶対に行うべきではありません。”
だそうです
脱線しましたが、ともかく仮に?体裁上?そういうものだとしても自分の心にないことを発し続けるのは自分を蝕むものとして呪いになると考えてる
そもそもitという分野が自己を商品と見なして価値を高める行動のみ行えというのが社会からの要請であり、生き方のベクトルが真逆なんじゃないかと
別の分野へ就職した方がいいんじゃないかと考えた次第
しかしどこの分野もそうなのか?
そんな時に出た本が
未来世界を哲学する第二巻-働き方と暮らし方の哲学-
全四章4人の物書きによる働き方、生き方に関する寄稿
中でも今の状況と関係あったのは1,3章
1章は最も必要なものだけの人生と題して、プラトンの最も必要な物だけの国家と奢侈(しゃし)国家から始まり現代のベーシックインカムの是非とFIREに移る
BI否定派は働くことなしに賃金をばらまくことは善き生き方の追求を断念した木偶を大量に生み出すことになると批判する
これは生存としての生と善き生を切り離せないという立場をとる
しかしこれは善き生の押しつけという見方もできてしまう
BI肯定派は国が生存のみを保証し善き生の追求は個々人が自由にできるという
当然労働から解放され仕事は遊びに近くなる
このような考えはアナキズム支持者に多く、そもそも人は自然に助け合っているし協力することは本能なのだという
本当にそうだろうか?
BIの対極にfireとかノマドとかもあるけど今の社会で成功するには、あるいは労働から解放されたらとどのつまり社会関係資本が必要で、それは単に基準とする次元の変化・増加でしかない、てかどっちもない
私生活に対するコントロールの可能性は拡大の一途を辿り、苦悩しかないがあえて徹底の道をいくことで人間の適当さが表出し丼勘定になっていくと予測している
(正直難しい部分多い!)
ちなみに私は社会的な関係や承認的なものが欲しくてぽまえの会社を受けましたと言ったら落ちた経験があります
3章はプラットフォーム経済の生き方読み方抗し方
プラットフォームが行うおススメやネットと繋がっていることで何を行うにも判断が「どのような評価を得ているか」に依存していることって良くないよね
プラットフォームの特徴として、提供する企業からしたらそこへの参加者は労働者と消費者という分類ではなく共にユーザーである。
それともう一点、プラットフォームにおける情報は質や内容よりもどれだけ注目されたかのみが重要となる
これは誰かのつけたレーティングの平均が価値となる評価経済とも言い換えられる
このようなプラットフォーム資本主義は労働者も消費者も評価に応じてユーザーとしてのふるまい方が支配される
著者はここからレビューやレーティングを介した出会いを超える方法を提案している
ただ待つ!-怠惰や無為が不意の出会いを準備してくれてるらしい
まあというより多孔的な自己を保持しつつなにかに縋りつかないよう生きるのどう?って感じ
個人的には単に待つのではなく電車なり歩いたりで動きつつ何か自分なりにものを観測すれば自分だけの物語は勝手に生まれてくるものなんじゃないかなと
体験の安定?均一化志向?みたいのって最近のゲーム製作もなんかそんな雰囲気ありそう
攻略が出回りすぎてる方に問題があるかもね
あんま繋がってないかも
でもまあ自分は評価経済に乗っかることとか自分の「価値を高め続けるべき」みたいな命令にやっぱり違和感があったり無理してるでしょって思う訳でそこに踏ん切りがついた?とか背中押されたとかそんな感じ
適度に何かに縛られてたり枠組み与えられてる方が返って人は生き生きすると思ってるのでBIは導入しない方がいい(というか労働と承認はセットで存在する方が良い)と思った次第
価値を高めなければいけないよね()って市場にそもそも興味はあるが競争する気のない人間が入ろうとしてたのだから弾かれて至極当然だったのかもしれない
必要な時に必要な量の知識を用意できたらそれでよくないすか?とどうしても思ってしまう
何故なら仕事が生き甲斐になるかは不確定で断言できないので
比較競争ではなく日常の微細な変化を十分楽しめるよねってのはたまたま見た↓でも言ってた
そしてなぜか私も武道を経験していた
話題1なんとか教(仮)について
基本的にこれに書いてあることに同意
てか逃げてる人間の取り繕った文章見たくないから大元の文章読んでない
お休みしたいけど仕事場で他人に言う度胸もないし、かといって辛さの中で生きるとか普通?から外れるみたいな決心もできなくて宗教的理由っていうなんか誰も触れてこなそうなものに縋るためにそれっぽいものを作った感じだよね
コミュニケーション断絶のための道具
小手先の知恵でコミュニティの中で楽な地位につこうっていう馬鹿が何も考慮せず作ったの最高って感じだと思います
まあただ宗教の始まりってこんなもんなのかな?という感覚もありどうとでもなれという部分もある
他人の生き方にとやかく言うのって良くないんだろうけど自分は絶対関わりたくない人の一つ
話題2今月の読書会
今月の選書は神探偵イエスキリストのなんとか
聖書を基に、イエス君の身辺で起こった事件を4つの短編としてまとめたもの
ま〜、そんなに面白くなかったかなってのが正直な所
各章の最後に、ここの記述は〇〇書nページに~的なtipsがついており、じゃあ書いてるお前なんなの?となる
別に探偵っていうか全てを見通してるイエスがスーパー助言したり死人生きかえらせたりと、やりたい放題してる(聖書ままらしい)から読み進める程に退屈になった
ただまあ肯定的な解釈を一つ持ってくるとするなら、これを書くにあたって著者はキリスト教への理解が深まったことで信仰パワー的な何かは大層深まったのではないでしょうか
キリスト教としての善行に教えを広めることもあるとすれば尚更
あとメインの雑談もあったのでメンバーについて改めて何かあったらその時加筆
なんか全員肯定的な読み方してた
でもまあ楽しめなかったの事実だし、それを口にして後は適当に過ごして終わりでした〇
選書が悪いというかなんというか話しづらいものであるのは共通認識だったらしくてとりあえず一安心
次回の選書どうするかの話で金無いしそんな本読むのもなーって時期なので短くてそこそこ良いと感じた中脇初枝の魚のようにを提案したら、なんか賞を取ってたらしくてそこに食いついてた。
色々なお本ちゃんで〇〇が参照されてるから読まなきゃ、みたいなスタンスで読書を進めている人だったのでなんかそうなのねって感覚が残りました。
最新の・話題の本を読んでみんなで消化しましょうって会でもあるまいに提案されたものが軒並み尖っていると感じられたらしくて大層笑っていらした
そんなこんなで6つの提案がなされてこの会では機械的にダイスを振ってランダムで決まったものが-死の瞬間 人はなぜ好奇心を抱くのか-です
春日武彦はロマンティックな狂気は存在するかを以前読んだのですが、読後の著者紹介で出版物多すぎてこいつ医者じゃなくて物書きじゃんとちょっと残念になったことを覚えているのでまたマイナスなイメージになってしまうかも
中身はちゃんと面白かったんだけどなんかやるせない感じ
ちな提案された6つは以下
①殺戮に至る病
②本心
③魚のように
④死の瞬間 人はなぜ好奇心を抱くのか
⑤K 三木 卓
⑥鏡の国
今月はなんか文量多くなったのでここまでにして早めに投稿します
11月中は勝手に加筆したりする