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私はお姫様なんかじゃない。

おじいさんとおばあさんが言っていた。私は竹の中にいたのだと。
竹林を歩いていると落ち着くのはそのせいか。
琴を奏でる。竹に響く音がする。それだけで幸せになれた。
月。この村から見える。
このうちの、ごはんが好きだ。おばあさんの手作り。魚の煮つけ。
一日中、琴を弾くときもある。竹たちがしーんと響き渡らせる、気配がする。野うさぎも遊びにくる。うさぎたちは、音が好きみたい。
いや、そうだったらいいなと思うのである。
ずっとここにいたいなあ、なんて。
おじいさんが、「お竹、もっと外に出て広い世界を知るといいよ。」といってくる。でも、私にはこの竹林でさえ、広すぎた。
鹿の鳴く声が聴こえた。
秋だなあ。
おばあさんは心配性で、夜になると、「いつまで弾いてるの、寝ないとだめよ。」といいにくる。そうすると、鈴虫の声に包まれて、遠くの木霊に思いを馳せているうちに、眠りが訪れる。

こんなところに、ひっそりと暮らすのが、ずっと昔の、私の夢だったのかも。ねえ、お月さま。

最近、来訪者が訪ねてくるようになった。なんだか、おしゃれなかっこうをして、きらきらした人だ。

「あのう、きみは誰だ?」
「名前は?」
「どこからきたのですか。」

おずおずときいてくる。
なんだか、泣きそうになった。涙があふれて、とまらなかった。

気づいたら、もうその人はいなくなっていた。
「帰ってもらったよ。帝だって。」
おじいさんが言った。

おじいさんにもおばあさんにも、なにも言われなかった。

月が呼んでいる。なんてきれいなんだろう。
この場所は。
帰りたくない。帰りたくない。
なんでか、そう思った。そんな夜をひとり、過ごしていたら、そのまま眠らずに、月は沈み、朝がきた。

本を読むのも好き。
いろんな不思議なものが出てくる。伝説の生き物や、この世にはないような宝物。ふざけた世界。絵空事。
うちにいながら、いろんな冒険ができるのだ。
だれも邪魔しないで。だらだらと徒然なるままに過ごすから。

おばあさんが、美しい着物を買ってきた。
「あなたに似合うと思ったの。」
私は、綺麗なものが大好きだ。
ありがとう、おばあさん。

中国にあるという、どこにもない場所、二度目はいけないところ「桃源郷」の話を読み終わったころ、あの方がまたいらした。

「僕と結婚してください」
「?」
「私は、ここにいたいので、えっと、おじいさんとおばあさんがいるので。」
あわててなんとか答えた。
帝は偉い人らしいので、丁寧に答えなければ。

「きみと暮らすためなら、なんでもする。」
「それでは、どこにもないところからの、おみやげをもってきてくださるかしら。」
言ってしまった。
私のこの小さなおうちを邪魔されたくなかった。ふざけたことを。

「どこにもないところからのおみやげか。素敵だね。僕ならもってこれるきがするよ。」
それを聞いて、はっとした。この人なら、一緒にいてもいいかもしれない。

季節が寒くなってきて、いろいろ忘れた頃、一通の手紙が届いた。
「どこにもないところからの手紙です。
   君のことが好きだ。
だから邪魔をさせてもらった。さようなら。ありがとうね。かぐや姫。」

かぐや姫。
素敵な名前、かもしれない。

そして、月に帰る日が来た。そろそろ、おじいさん、おばあさんともお別れらしい。

「月は綺麗な、きれいなところで、うさぎさんがお餅をついているのよ。」
おばあさんが言った。ほほえんで。
おじいさんは、ずっと泣いていた。おじいさんは長生きできるきのこ取りの名人だったのだが、それを全部捨ててしまったらしい。

さようなら。
ずっとここにいたかったなんて、もう願わない。

「おじいさん、おばあさん、大好き。」
手紙を書いて、琴の上に置いておいた。

満月の夜、うさぎさんが本当に迎えにきた。
「やっと気が済んだの。かぐや姫。待ちくたびれたよ。やれやれ。」
「めっちゃ楽しかった。ホームステイ。また行きたいな。」

帰るときは、いつも一人きりだ。それでも、おじいさん、おばあさんに笑顔で手を振った。最期は、おじいさんも少し笑っていた。

今夜はお餅パーティーだ。みんなでてこいこい!