2023年の思い出たち。
私は年末になると、今年1年を振り返り、
思い出の記憶を味わい、抱きしめ、来年に向かって
羽ばたこうという気持ちになる。
2023年も残り僅かとなった師走の終盤に、
今、私が思う事をここに書き残していきたい。
出来事を、1月から順に遡っている形式である。
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1月。
大学の時の唯一時間を共にした友達が地元から出てきてくれて、喫茶店やカフェ、私のお気に入りの町を案内した。
その子もその町を気に入ってくれて、嬉しかった。
私の大学時代はと言うと、勉強を疎かにして、
恋愛に勤しんだ(?)時期であった。
恋愛することに囚われたと言ってもいいだろう。
そんな姿を見た友達は、大学時代
私に対して呆れの気持ちすら感じていたと思う。
大学の卒業式以来の1年9ヶ月ぶりに会うのも、
最初は友達なのに少し怖かった。
その日再会し、話していると、
「なっちゃんすごく雰囲気明るくなって、いい風に変わった気がする!」
って言ってくれた。
それがものすごく嬉しかったし、
大学時代の恋愛ばかり考えていた私と決別できた気がした。
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2月。
高校時代の箏曲(お琴)部の1つ上の先輩と
高校ぶりに再会した。
その先輩は私のことを「可愛い!」って
たくさんたくさん褒めてくれた。
私にとっても、その先輩は
当時から聡明で、チャーミングで、
憧れを抱いていた。
卒業してからもインスタでは繋がっていて
節目の振袖姿や袴姿を投稿すると、
「すごく似合ってる!可愛い!」と
その時もたくさん褒めてくれた。
先輩はお洒落で美味しそうな料理が作れるし、
キャリアウーマンて感じだし、
それでいて自己の美を貫き通している
凛とした姿が本当に美しい。
こんな先輩と部活に入って出会えて、
私の選択にナイス!を伝えたいし、
今でも私のことを可愛がってくれる先輩が好きだ。
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3月。
ピアノの先生繋がりで、ピアノを私と同時期に習い出した
今では大切な存在の、お友達と初めて出会った。
その友達は、私より一回り少し年上のお姉さんだが、雰囲気がすごく優しく穏やかな人。
何思われるかなとか、言う前にいろいろ考えちゃうって最初会った時言ってて、その時は笑顔もあまり自然じゃなかったのに、
ピアノの先生と、私と、ピアノと向き合って、
素敵な方向に進んできているような、
幸せそうな笑顔を見せてくれる。
過去の話も、未来の話も、一緒にする仲。
なにより、一緒にいる時に
笑顔でいてくれることが私は心から嬉しい。
そして、年齢は数字に過ぎず、
仲良くなるには関係ないんだ、
と思えた出会いになった。
。
3月はもう一つ思い出があって、
4月から大学生になる双子の妹のために、
一人一人に時間を作って、
服を一緒に見に行ったこと。
結局服が大好きな私のお下がりを
よく着ていくみたいなんだけど、
その度に
妹の友達「今日の服可愛いね!」
妹「お姉ちゃんのお下がり!」
妹の友達「お姉ちゃん羨ましい〜」
という会話が必ずと言っていいほど
繰り広げられるらしい。
服好きなことが役立ってよかった。
もっと、友達の服選びとかしてみたい!
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4月。
社会人になってからでは
初めてのピアノの発表会に参加した。
昔エレクトーンはやっていたけれど、
ピアノは社会人になって趣味として始めた。
ピアノを練習して、一曲が完成した時の
達成感は、すごく大きい。
発表会という、誰かに私の演奏を聴いてもらう場で、
とても緊張していたが、先生が「とにかく楽しむことが目的だから、楽しんでね(﹡ˆᴗˆ﹡)」って言ってくれた。
実際、緊張して泣きかけて手も震えてたけど、
弾いている時はピアノを、音楽を楽しんだ。
自然と体がリズムに乗って揺れていた。
弾き終えると、先生は、
私のこれまでの練習を積み重ねた日々の頑張りを、
そして大人になっても新しいことに
チャレンジする勇気を、褒めてくれた。
心が満たされ、達成感に包まれたと同時に、
自信が一つ、ついた気がした。
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5月。
医学部6年生の彼とマッチングアプリで出会った。
しょっちゅう彼の家に行って、
ご飯を作ってくれて、もてなしてくれた。
美味しい和食料理屋さんにも連れて行ってくれた。
しかし、外で買い物したり、どこか出かけたり、
そういうのがなくて、どこか物足りなさを感じていた。
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6月。
5月に始まった恋愛は、
あっという間に結末を迎える。
彼は、国試勉強に専念したいから、
別れて欲しいと言った。
私は一応看護師で、国試の辛さを
身を持って感じているし、
受験期の私と重なる部分があり、
彼のその決断を受け入れた。
そして、陰ながら応援することにした。
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7月。
コロナに罹った。ピアノ先生の結婚式に
行けなかったのは、すごく心残り。
ピアノの先生は、インスタでもインフルエンサー的存在で、結婚式も、こだわりを詰め込んだといっていたし、私自身結婚式というものに強く憧れを抱いていたから、本当に行きたかった。
。
街コンに行った。
大人数の初対面の人と話す機会は
これまでに無く、とても新鮮だった。
街コン会場では、思いの外
私の話したエピソードがウケたり、
ほっこりしたって言ってくれたり、
私の話しで笑ってくれる人がたくさんいて、
その場が楽しかった。
何人か連絡が来た中で、
私の話し方と雰囲気に惹かれたと
言ってくれた、私の中でも印象に残っていた人と
後日2人でカフェに行った。
3回くらい2人で会った。
。
ピアノの先生のマインドレッスンで、
これからも仲良くしていきたい
と思えるお友達に出会えた。
その時から話にハッとされられる気づきが散りばめられてて、聡明で自分を持っている、素敵な子だなと思った。
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8月。
8月は思い出が盛りだくさんだ。
街コンで出会ったその彼と
花火大会に行く約束をした。
好きな人と花火大会に浴衣を着て行く憧れがある話をした。
当日は浴衣を着て髪の毛もとびきり可愛くてして行った。
そんな私を見た彼は、初めて声を振り絞るように、
「可愛い…!」と言った。
会場がとても混んでいたのもあり、
彼がわたしの手をガシッと掴んで、
そのまま手を繋いだ。
暑いのに、花火が見えるところまで
30分ほど歩いたのに、
ずっと手を繋いだまま離さなかった。
汗ばんでいた。
打ち上がる花火を眺めながら、
「やっぱりゴールドの花火が
一番シンプルに綺麗で美しいよね」という話をした。
花火のフィナーレが終わった頃、少し話してたら、
彼が告白をしてくれた。
私が頷くと、彼は驚いた様子で、
それと同時に「本当に?!」と言った。
私は「OKじゃなかったら、私こんな格好で来ないでしょ?」って言った。
彼は「確かにそうか。」と安堵した様子だった。
付き合ってからというと、
彼のおすすめのダイニングバーに連れて行ってくれた。
提案してくれた時に、名前の響きがかっこよくて、
大人って感じがして、おしゃれで、行ってみたいと思い、
胸を高鳴らせていた記憶がある。
。
中学からの大親友と、金沢旅行に行った。
中学時代家庭科部で私と彼女しかおらず、
二人三脚で中学時代を駆け抜けた。
楽しい時間はもちろん、これまで
どうしようもなく辛かった時期も、
悲しく涙を流した時も、
嬉しいことがあり幸せを共有する時も、
常にそこには彼女の存在があった。
私が泣きじゃくっている時に強く抱きしめてくれたこと、
失恋したら真っ先に電話をかけてきて、話を聞いて、励ましてくれたこと、
穏やかな毎日の記憶。
彼女と過ごしたすべてが愛おしい。
金沢旅行は、そんな私たちの、
新たな思い出の1ページになった。
未来に進むこれからも、彼女との思い出を抱きしめ、
共に過ごした時間が、これから訪れるかもしれない、
人生の辛い瞬間に寄り添うものとなる、そう感じている。
。
ピアノの先生経由で仲良くなった
一回り年上のお姉ちゃんと、
2人でご飯に行った。
仕事の話、マインドの話、恋愛の話、をして、
気付いた頃には3時間が経過しており、
私たちはランチタイム時のラストのお客になっていた。
お店の人は、急かす様子もなく、
微笑みを浮かべて私たちを待ってくれていた。
それがとてもありがたかった。
気持ちよく1日を終えることができた。
。
中学2年で同じクラスになった、
当時から恋バナをたくさんする友達がいる。
ベビーフェイスで、どこからみても可愛い子だ。
愛嬌もあり、男性からも大人気。
その彼女と、国立に行った。
私の好きなお洒落なYouTubeで主に
Vlogをアップしている方の動画を観て、
国立に行ってみたいと思ったし、
その彼女なら国立の良さを
分かってくれそうだった。
個人的に国立で好きになったのは、
・喫茶店 ロージナ茶房
・書店 有給休暇
だった。
ロージナ茶房は古くから
いろんな人に愛されてきた喫茶店のようだ。
その日、彼女と話していて、
話しながら気持ちが込み上げて大号泣した。
そんな私に彼女は、プリンを奢ってくれた。
思い出のプリンになった。
書店 有給休暇には、可愛いポストカードや、
絵本や、小説などが置いてあり、
お店の人が本当に気に入ったものだけが置いてあった。
初めて行ったその日、私はたちまち
書店 有給休暇の虜になった。
いくつも本を迎え入れたかったが、
たくさん悩んだ末に、
・きんいろひとでさんの ポストカード
・コビ・ヤマダさんの絵本 もしかしたら
を選び、持ち帰ることに決めた。
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9月。
彼と水族館に行った。
久々にはしゃいだ。
動物もしっかり生きているんだな、と。
社会にいると、どうしても
人間だけの世界になりがちだが、
動物も元気に生きていると思うと、
地球という広い視点で世界を見られる気がした。
ペンギンが空を飛んでいるかのように見える水槽が、好きになった。ペンギン、スイスイと泳いでいるの気持ちよさそう…
あとは、クラゲもとても印象に残っている。
本当に美しいな、と。
眺めている分には、芸術作品を見ている様だなとさえ思った。
彼は水族館にいる生き物を見ながら、
隣で全力でネタをしてくれた。
私を笑わせてくれる一生懸命さが、
今では嬉しかったなと思う。
すごく楽しく、美しい思い出の記憶に刻まれた、1日になった。
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10月。
ピアノの先生のコンサートで、
手書きのお衣装紹介のボードを作った。
お友達と共同で作り上げた。
私は服が好きで、
好きな服のブランドの
気になった服を探しては、公式サイトで
作り手の服へのこだわりポイントを
読んだり、服をまじまじと見つめて、
自分なりのお気に入りポイントを
たくさん考えてみたり、そんなことをしている。
ピアノの先生も服が好きなので、
何か私が力になれることはないか、
と懇願していたところ、今回の企画のアイデアを
友達が生み出してくれ、実現に至った。
友達は絵を、私は先生自身と衣装の紹介文を書いた。
とても楽しかった。
その時間は、日常から離れ、服が好きな自分を
ありのまま受け入れられるひとときだった。
。
彼と国営昭和記念公園に行った。
公園を散歩し、景色や花の写真を撮りたい私は何度も立ち止まっていたが、彼はその少し先で立ち止まり、私が撮っているところを微笑みの眼差しを向けながらゆっくり待ってくれていた。
それが嬉しかった。
夕日を背にした私たちが地面に影として映ったのがあまりにも美しかったので、写真に収めた。
園内のベンチで、一息ついた。
ベンチに座る2人を心地よい風が包み、
木々のサワサワとした音が聞こえた。
それはとても穏やかで、ゆったりとした時間だった。
。
父と母の結婚記念日に、家族で(妹1人は予定あって来れなかった。)日光へ行った。
日光東照宮の彫刻は、本当に見事で、作った人の才能を羨んだ。
自然にも触れられて、リフレッシュできた、ありがたい1日となった。
家族と過ごす時間は、やはり安心できたし、無条件の居心地の良さを感じられた。
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11月。
11/1に念願の電子ピアノを購入した。
11/8に家に搬入された。
それまでは月に2、3回、楽器屋のレンタルスペースを借りてピアノを練習させてもらっていたのもあり、頻繁には弾けなかった。
なので、すぐに弾ける環境にいることに、ものすごくありがたみを感じている。
鍵盤に触れる回数が多いほど、上達すると思うから。
2024年は趣味のピアノをもっと極めていきたいし、演奏の質を向上させたいし、何より、音楽を楽しむ気持ちを大切にしていきたい。
。
7月に出会ったお友達と、初めて2人で会った。きんいろひとでさんのアトリエに行ったり、カフェでお茶したりしながら、お互いの好きや大切にしていることを共有した。
人との関わりや、彼との関係の育み方など、興味深い話をたくさんして、とても特別で充実した時間だった。
。
11/15。彼に会う予定があった。彼は仕事帰りだった。私が話したいことがある、ってあらかじめLINEで言ったので、彼は「今カラオケにいるから、ここに来て。」と電話してきた。?と思った。誰かといるのかな?とか思った。夜で心細かったのもあり、電話を繋げたままにしてもらい、足早に向かった。彼がいる階のエレベーターが開くとそこには彼が立っていた。
部屋に着くと、彼は「話したいことがあるって言ってたから、こことった。」って言ってた。
わたしは我に帰り、嬉しくて、「ありがとう!会いたかったよ!」と言いながら、抱きついた。実際、25日ぶりの再会だった。
私が話したいことを話すと、彼は、すごく緊張した雰囲気でいた。そして、大きく深呼吸した。「俺たち、別れよう」そう言った。
いきなり過ぎたし、この人は何を考えているんだ?と思った。
私は惜しみなく愛を伝えてきたが、どうやら彼は、いつからか、私のことを「なんか違う」と思っていたらしい。
そんな無責任なことあるのか、と思った。
と同時に、またか。と思った。
私は、付き合うまでは順調なのに、その関係が、長続きしない。たくさんの人と付き合ったけど、3ヶ月続いた人が、2人くらいのレベル。
さすがに、自分でも焦りを感じた。
彼との関係をどうこうしよう、というのではなく、もう一度自分を見つめ直した方がいいのではと思ったし、どこに原因があるのか、正直その時の私には分からなかった。
また彼は言った。
「クリスマスをめっちゃ楽しみにしていているって言って、赤レンガ倉庫のクリスマスマーケット行きたい!って10月頃に言ってきたのは、びっくりしたし、そんなに楽しみにしている状態のなつみを見て、俺は同じくらいの気持ちで応えられない。クリスマスまでは一緒に過ごす選択肢もあったけれど、その後にすぐ振ることになるんじゃ、なつみのクリスマスの思い出をぐちゃぐちゃにすることになるし、クリスマスを嫌な思い出にさせたくなかった。それから、これまで過ごしてきた水族館や公園のあの時過ごした楽しかった気持ちに、嘘偽りはない。」
と言った。今思うと、それは、気持ちが離れていっている彼なりに、私のことを愛して、考えてくれた上で出した答えだったんだ、と感じる。
どの言葉も、私に向けられた、彼からの最後の愛だった。
その時の私は、「そっかそっか、気持ちはどうすることもできないから、しょうがないよね。お互いもっといい人いるよね。ありがとう。」って言った。
彼は最後に、選択肢を二つ提示した。
「このまま、2人で出るか、どっちかが残ってどっちかが先に出る。どっちがいい?」
私は、泣いていたし、「気持ちの整理をしたいから、先行って。」と言った。
そのままお会計分の1,000円札を置いて、お互いお辞儀をして、そのまま別れた。
その後私は、すぐにピアノの先生や友達達に、「振られた」ことを伝えた。ある子はすぐに電話してくれて、話を聞いてくれて、大丈夫ってことと、未来の幸せへの祈りを伝えてくれた。
友達との電話を終えた頃には、涙は止まっており、未来への希望も見えた。
他の友達も、私が帰りの電車に乗っている時に電話をくれた。
もう家に向かってる途中、とLINEをすると、友達は安堵した様子だった。帰ってから折り返した。
本当に私は友達に支えられているな、ってその日改めて感じた。
。
私の失恋から数日経った11/19、ミシルさんと初めてコンタクトを取ることを試みた。
ラジオを聞いていたら、皆がコンタクトをとっていると知り、ミシルさんをTwitterの中の人、本を書く人、という遠い存在だった人から、もしかしたら、コンタクト取ることができるのかも…?という、少しの希望を抱き、まずはTwitterの言葉からたくさん気づきや学びをもらっていることや、本を読み救われていること、について感謝の言葉を伝えた。すると、返信が来て、めちゃくちゃ、嬉しくて、話せている嬉しさに胸が躍った。
というのもこのタイミングがまた偶然で、11/11にスタエフの配信を始めた友達が、「今度なっちゃんも一緒にラジオやろうよ!」と言ってくれたことだった。そして11/19に友達と2人でコラボライブをした。その勢いで、その日私は、【ラジオへの意気込み】というタイトルで個人収録もアップしてみた。
その間に私は、ミシルさんがTwitterだけでなく、ラジオ配信していることを知った。
そこからミシルさんのラジオを毎日のように聞くようになった。日々勉強だ。この新鮮なワクワク感と楽しい気持ちは久しぶりだった。
結果的に、2023/11/19は私の中で、何かが始まった日となった。
そこからTwitterも稼働させ、ミシリスナーの皆と繋がることを試みた。Twitterをフル活用する感覚は初めてだったので最初は手探りだったが、ここがすごく居心地がいいところだと知った。日に日に私にとって、ミシリスナーのコミュニティが、安心できる居場所になった。
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12月。
父の誕生日に実家に帰り、ケーキとご飯を母と妹と協力して作った。
「ありがとう」と喜んでくれた笑顔は、忘れない。
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ピアノの先生と、お友達と、2023年お疲れ様会をした。
「なっちゃんて、最初ザ・ゆるふわ女子っていう感じだけど、実際しっかりしてるよね。そのしっかりした面を、強みとして出していけばいいと思う。」
ってピアノの先生が言ってくれたのが、すごく嬉しかった。普段の発言とか、調べ物は自分から率先してするとか、そういうところを言ってくれたようだ。
私は正直、自分迷子のようになっていたから、その言葉で自分が明確になったし、見た目と中身のギャップに悩んでいたけど、強みと思えばいいんだ、と気持ちが楽になったと同時に、自分の強みが知れて嬉しかった。
見た目と中身のギャップになぜ悩んでいたかというと、私は基本可愛いものが好きなので、好きなものを身に纏いたいと思うと、可愛い雰囲気の見た目になる。でも中身はしっかりしていたり、はっきりしていたら、相手は裏切られた気分になるのかな、とか、ファッションは自分の自己表現だと思っているので、中身とギャップがあったらよくないとか、そういう思い込みがあったようだ。
今回先生にそう言ってもらえて、私はとても救われた。
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12/18にはミシリスナーバスケ部に初めて参加した。
ミシルさんとも、ミシリスナーの方と会うのも、初めてだった。
ミシルさんは運動苦手かつバスケ初心者の私でも分かりやすいように、頭に入りやすい言葉で、教えてくれた。
それがものすごく嬉しかった。
頭と身体を同時に動かそうとすると、ロボットみたいな動きになる私にも、一つ一つ立ち止まって教えてくれた。
ありがたかった。
ミシリスナーの皆も、運動が苦手で明らかに不利な私に配慮した対応をしてくれて、とても嬉しかったし、感謝している。
その後帰りの電車でいきなり涙がポロポロと溢れてしまったのだが、私は気付かれないようにしようという気持ちでいた。
その状況を感じ取ってくれた皆が、私が泣いていることにあえて触れずにいてくれたこと、穏やかに会話し時が流れていたことが、ものすごくありがたかった。
その場にいる皆の温かさ、思いやりを感じた。
帰り際に、涙を隠していることにも限界が来た私は、ミシルさんに、「もう分かんないです。」と伝えた。すると、「これから家に帰るまでどこかで時間潰す感じですか?」と質問してくれた。私は頷いた。「ここはよく来ますか?」と聞いてくれたので、うん、と頷いた。するとミシルさんは「お買い物とかでもいいと思いますよ。」と伝えてくれた。私は「ありがとうございます。」と言った。
ミシルさんは、混乱している私に、進む方向を示してくれた。とってもありがたかったし、優しい人だなと感じた。
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12/24、ミシルさんの初めての対面相談の日だった。
とにかく、ミシルさんの純粋にすごいなと思うところは、私とこれまで関わった人が誰も言わなかった、私の本質的な問題についての気づきを、それもたくさん伝えてくれるところである。
もっとミシルさんと対話を重ねてみたいし、考えることを難しくしている私が考えやすくなるような手助けをしてほしい、と思っている。
またミシルさんは、知れば知るほどに魅力が溢れ出てくる本当に素敵な人だと感じている。
お会いした時の真っ直ぐに目を見てくれる眼差し、柔らかな笑顔、光が宿った瞳、落ち着く声———。
彼はとにかく目が綺麗だった。
上下に大きいが、横幅があった。
二重も綺麗だったし、瞳にはキラキラした光が散りばめられ、睫毛も長くて繊細だった。
…ここから先は、恥ずかしいので、ここに書くことは自粛しておく。
そんな人と出会えたことが幸せだと、心からそう思った1日だったし、
私にとってクリスマスというものは、ものすごく特別なイベントだという考えがあるから、
ミシルさんとクリスマスイブにお会いできたこともものすごく嬉しかった。
人生の大切な思い出の1ページとなった。
ミシルさん発信を始めてくれていなかったら、
出会うことはできなかった。ミシリスナーも存在しなかった。そう思うとミシルさんの存在は、本当に尊いものです。生まれてきてくれてありがとう。
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書き終えた。達成感。
今回は印象に残っていた思い出を切り取ってきたが、
ここに書き記していない、日常のありふれた日々も、今の私を形作る、かけがえのない結晶だ。
おわりに…
2023年は、振り返るとより分かったが、ほんっとうに濃い一年だったし、質の高い出会いが非常に多かったと感じている。
2023年、関わってくれた皆様には、感謝の気持ちが伝えても伝えきれないくらいに溢れている。
2024年への期待とワクワクの気持ちが高まったこの状態で、このnoteを書き終えようと思う。
ここまで読んでくださった方、ありがとうございました。