映画『ミューズは溺れない』淺雄望~多様な生を模索する美術部の青春~
画像(C)カブフィルム
万田邦敏監督や大九明子監督のもとで助監督など映画制作を学んだ期待の新鋭、淺雄望監督の初の長編作品。高校の美術部に所属する3人の女子高生を中心に多様な生き方を模索し、葛藤する瑞々しい青春映画。
出演している女の子たちがとにかくいい。人を好きになったことがない朔子(上原実矩)は、親友の栄美(森田想)に彼女が思いを寄せる野球部の男の子が朔子のことを好きなようだと告げられても、どう感情を表していいか分からない。栄美はそんな曖昧な態度をとり続ける朔子のことを分からないと言う。美術部の活動で港で船のスケッチをしていたとき、朔子は誤って海に落ちてしまう。この海へダイブする姿が映画の始まりを告げる。そんな朔子が溺れた様子を同じ美術部の西原(若杉凩)は絵にして、絵画コンクールの賞を獲ってしまう。その絵の才能で注目される西原への悔しさとコンプレックス、溺れているところを絵にされた恥ずかしさで、朔子は落ち込んでしまう。そんなとき、西原は次の作品を朔子をモデルにして描きたいと申し出る。「馬鹿にしないでよ」と反発する朔子だったが、西原は朔子のことを秘かに好きなのだった。そんな西原に対して、栄美は「レズビアンなの?」と単純に枠組みに入れて納得しようとする。「わたしの気持ちなんて分かるわけがない」と自己否定感を抱えつつ、絵を描くことだけが自分を救ってくれると言う西原。次第にそんな西原に親近感を寄せていく朔子。恋愛できない女の子と同性愛で悩む女の子、そしてノーマルで友達を枠組みに入れて理解しようとする3人の女の子の物語だ。やや図式的な3人の役割設定だが、演じる女の子たちが初々しくて好感が持てる。
学園祭の準備中にボヤ騒ぎを起こしてしまうSF研究会の男女の学生とともに先生から逃げ回り、雨の中の校庭で走っていく朔子と西原は、どこか相米慎二の青春映画の傑作『台風クラブ』を思い出す。夜の雨と校舎、そして高校生たちの躍動。モデルにして絵を描く者とモデルにされて見つめられる者。その視線の交錯に恋愛感情が絡んでいて生々しい。少年のようなショートヘアの西原を演じる若杉凩のまっすぐな目線と佇まいがいい。自分で自分をどうしていいか分からない悩める朔子を演じる上原実矩も飾らない等身大がいい。
朔子の父(川瀬陽太)と再婚相手の女性との間に子供ができ、次第に家の中で自分の居場所を見失っていく朔子。そんな家は宅地開発のために取り壊されることになっており、引っ越しの片付け最中に朔子は、古い鳩時計などいろんなものを解体して、方舟を作り出す。絵を描くことを諦めようとしていた朔子は、方舟の美術制作に夢中になっていく。解体してバラバラして、そこから新たに再生すること。創作することで居場所を見つける西原と朔子は、部屋で一緒に方舟を製作する。方舟づくりの部屋と海辺のイメージがカットバックされながら、二人はこの狭い世界から大いなる海へと漕ぎ出そうとする。家の解体を見守る朔子の横に西原がやって来て、手をつなぎなら様子を見守る。解体と再生。他人と違っててもいい。人とは違う自らを美術制作を通じて肯定しようとする二人。ラストは、SF研究会の同級生たちと映画作りの話になり、西原と朔子は完成した方舟を二人で浜辺で一緒に押しながら、仲間たちのもとへと向かう。なかなか重くて前に進まないながらも、なんとか二人で方舟を押していく姿に、「ガンバレよ。負けるなよ」と声をかけたくなる。淺雄望の次回作も是非観てみたいと思った。
2021年製作/82分/G/日本
配給:カブフィルム
監督・脚本・編集:淺雄望
撮影監督:大沢佳子
照明:松隅信一
録音:川口陽一
美術:栗田志穂
音楽:古屋沙樹
音楽プロデューサー:菊地智敦
キャスト:上原実矩、若杉凩、森田想、川瀬陽太、広澤草、新海ひろ子、渚まな美、桐島コルグ、佐久間祥朗、奥田智美、菊池正和、河野孝則