【三日月ファストパス】645文字④

『おつ。今から気分転換しない?』

帰宅途中、同僚の二階堂くんからラインが来た。きっと仕事のミスで落ち込んでる私のことを心配してのことだ。

『OK』

と返信した。
二階堂くんと待ち合わせて向かった先は、二階建てのインドカレー専門店だった。私と二階堂くんは温かいチャイティーをマグカップに入れてもらい店の屋上へ向かった。

屋上には屋根がなくカフェのようにテーブルとイスが並んでいた。私たちは川辺を見下ろせるカウンターに座る。他には誰もいない。

今日の出来事を話しながら、なんとなく夜空を見上げると、ぼんやりと光る三日月を見つけた。私はスマホをかざして三日月の写真を撮った。保存された画像を確認してみると、期待はずれの豆電球のような月が映っていた。

「はぁ…残念。遠すぎるみたい」

「スマホじゃ無理だよ」

二階堂くんはネクタイを緩めると立ち上がって三歩後ろに下がった。

「なにしてるの?」

「山本さん30秒だけ、三日月だけを見てて」

私は言われた通り三日月を眺める。すると後ろから歌声が聞こえてきた。

「A Whole New World~♪」

(アラジンの曲だ。二階堂くんが歌ってるの?!)

普段話してる声と違い、ハスキーで透明感があった。それに一般人にしては不自然なくらい上手かった。歌の世界へ引き込まれて、魔法の絨毯で夜空を飛ぶシーンと現実の三日月が重なって見えた。約束の30秒はあっという間に過ぎてしまった。

「どう?三日月までの距離近くなった?」

「うん、うん、すごく!もう一度聞きたいな」

「いいよ。次の三日月の夜にね」

今回のお題は楽勝かなと思ってたけど、いざ書いたらめちゃくちゃ苦戦した(汗)ファストパスが難しかった💧
二階堂くんが歌うことで、空想と現実が重なり合って、三日月を近くに感じるわけです。歌は想像の中で時間と空間を短縮するファストパスなんです。ちょっと苦しい設定でした。