二階堂くんのショートショートまとめ(1)


たらはかにさんの主催の『毎週ショートショートnote』 に参加させて頂いたときの物語をまとめました。
毎週ショートショートnoteには500字前後で投稿していますが、こちらはその原文で800文字前後になります。一話読み切りで、全て同じ登場人物です。

主人公:山本サヤカ
サヤカの同僚:二階堂くん
ストーリー:山本さんと二階堂くんの日常
      ときどき不思議な現象あり(笑)
      年齢は25歳前後、普通の会社員

※今後、少しだけ編集したりイラスト載せたりするかもしれません



【レトルト三角関係】-1- 


同僚の二階堂くんは細身でクセっ毛で地味なタイプ。そして一言多い厄介者。だけど妙に横顔が綺麗なのだ。その二階堂くんが今私の隣にいる。


10分前


私は元彼と待ち合わせているカフェに到着した。
店内を見渡すと、彼は窓際の四人掛けテーブルに座っていた。見たことのない黒いジャケットを着て、こちらに手を振っている。
私は注文用カウンターの前を通り過ぎて、彼の向かい側に座った。そして適当に近況報告したあと、ショルダーバックから本を取り出し彼に渡した。

「これ返すね、前に借りてた本。あと…私が貸したお金だけど返さなくていいから、忘れて。じゃ、元気でね」

「サヤカ、話したいことがあるんだ」

「なに?」

「俺の事もう嫌いになった?」

彼のすがるような目つきに胸がズキっとする。いつもこのパターンだ。彼の自由奔放を許してお金貸して、都合のいいように利用されて。そんな自分が嫌になってくる。だけど、また許してしまう悪循環。

「嫌いじゃないけど……。」
(この流れはマズい、断らなきゃ)

返事に困り身動きできないでいると、背後から聞き覚えのある声がした。

「サヤカ、遅いから迎えに来た」

突然、男性が現れて私の右側に立った。ボア付きのグレーのパーカー、クセのある前髪が目元を隠している。どこかで見覚えのある横顔だった。私の脳裏にある人物が思い浮かんだ。スーツ姿で適当にヘアセットした同僚の二階堂くんだ。

「この人誰?」

元彼は驚いて二階堂くんと私を交互に見た。私が「会社の同僚」と答えるより先に二階堂くんが口を開いた。

「察しが悪いな、見ればわかるでしょ」

二階堂くんは投げやりな口調で答えながら、私の隣に座った。私はどうしていいかわからず、苦笑いするしかなかった。三人の間に何秒か気まずい空気が流れる。元彼は口をへの字にして、コーヒーの載ったトレイを持って立ち上がった。

「そっか、わかった。俺帰るわ」

元彼の姿が見えなくなった途端、緊張感から解放されて肩の力が抜けた。

「二階堂くん!いつからここにいたの?」

「最初から。偶然なんだけど」

「やだ、最悪、全部聞いてたの?」

二階堂くんは目を合わすことなく、パーカーの紐を引っ張りながら答えた。

「うん、まあ。すぐ後ろの席だったし」

「恥ずかしい…。でもありがとう、おかげで助かった。さっき一瞬だけ三角関係になってドキドキした」

「即席のレトルト三角関係だったな」

「あはは、確かにレトルトだね」

「でもさ、中身は長時間煮込んだヤツだから、食べてみない?」




【突然の猫ミーム】-2-


心臓がドクンと鳴った。
私は言葉の真意を確かめたくて、隣にいる二階堂くんをそっと見た。綺麗な横顔。目元が前髪で隠れて表情がよくわからない。


二階堂くんと私は同じ部署で、一年前ある企画を二人で担当してから仲良くなった。友達のような仲良くではなく、仕事の合間にほんの少しプライベートな話をする程度。なので、休みの日に普段着で会うなんて今日がはじめてだった。


「おまたせしました。焼きたての猫クッキーです」

店員が二階堂くんの前に木製のトレーを置いた。ブラックコーヒーと大きめの猫クッキーが2枚載っている。焼きたてクッキーの香ばしい香りが漂う。二階堂くんは立ち上がると、テーブルを挟んだ向かい側の席へ座り直した。

「山本さん、一匹どうぞ」

「ありがとう」

私は温かい猫クッキーを両手で受け取った。型枠で作られた猫の顔を眺める。

(食べてみない?ってクッキーのことだったのかな。いやいや違うでしょ。どう聞き返せばいい?私のこと好きとか?絶対無理!違ってたら明日会社で顔合わせられない。それに私は二階堂くんのことを同僚としか思ってないのに、聞いたところでどうするの?だけど、このままスルーもできない、どうしよう)

「…さん?ヤ・マ・モ・トさん?」

二階堂くんに呼ばれて思考の沼から抜け出した。

「はっ…?!なに?」

「さっきからクッキーゆらして。なにしてんの?」

(正直に言えるわけがない)
「ね…猫の…猫ミームの動きをクッキーで表現したかったの、はは。」

私は本心を悟られないように無理やり笑顔を作って見せた。自分でも頬が引きつってるのがわかる。

「ふーん。山本さんの頭の中、猫ミームでバズってるんだ」

二階堂くんは少しだけ目を細めてニヤニヤしながら、猫クッキーを唇に軽く押し当てた。そして猫ミームのように猫クッキーに語らせた。

「開封後はお早めにお召し上がりください」




【お返し断捨離】-3-


結局、二階堂くんに何も聞けないまま数日が過ぎた。
会社でいつも通り接してるけど、ふとした瞬間に思い出して意識してしまう。今までただの同僚だったのに「食べてみない?」の一言で、私は男の二階堂くんを開封してしまったのだ。



「雨降ってる…」

私は会社の自動ドアを出たところで立ち往生した。重たい空と、しばらく止みそうにない雨。指先が冷たくなってコートのポケットに手を突っ込んだ。

しばらくすると前方から、ビニール傘をさした二階堂くんが歩いてきた。紺色のスーツにチェックのネクタイ。背中にはノートパソコンを入れた黒いリュック。髪は雨と湿気のせいで、いつもよりクセっ毛が強く出ている。どうやら営業帰りらしい。

「山本さん、今帰り?」

「そうなんだけど、傘忘れちゃって」

「この傘あげるよ」

私は二階堂くんが差し出そうとする傘を手のひらで静止した。

「いや、悪いよ」

「俺が帰る頃には止んでると思うし。それにこの傘、先月山本さんからもらったやつだから」

「そうだっけ?」

「俺が困ってたら『家にビニール傘何本もあるし、ちょうど断捨離しようと思ってた』ってくれたじゃん」

「あ~、あれね」

二階堂くんは私に傘を押し付けた。二階堂くんの体温が傘の柄を通して伝わってきた。

「はい、お返し断捨離。じゃ、俺仕事あるから、また明日」


私は帰宅し、水滴が落ちる傘を玄関の傘立てに入れた。ふと見ると傘の柄のところにシールが貼ってあった。無機質なビニール傘で微笑むクマ。私は思わずふふっと笑う。きっと二階堂くんが貼ったものだろう。

部屋着に着替え、肩まである髪をシュシュでまとめた。それからビールを飲んで適当に夕食を済ませると、二階堂くんからラインが入った。

『おつ。山本のパソコンにデータ送ったから、明日チェックしといて。それと、ときめきのある傘は捨てるなよ』




【三日月ファストパス】-4-


『おつ。今から気分転換しない?』

帰宅途中、同僚の二階堂くんからラインが来た。きっと仕事のミスで落ち込んでる私のことを心配してのことだ。

『OK』

と返信した。

二階堂くんと待ち合わせて向かった先は、二階建てのインドカレー専門店だった。私と二階堂くんは温かいチャイティーをマグカップに入れてもらい店の屋上へ向かった。

屋上には屋根がなく、今日みたいな晴天の日には星空を見渡せる。床は人工芝で、カフェのようにテーブルとイスが並んでいた。10人くらいで満席になりそうな小さなスペースだ。アジア風のランプが各テーブルを照らし、赤いブランケットが椅子の背もたれに用意してあった。

私たちは川辺を見下ろせるカウンターに座る。他には誰もいない。

今日の出来事を話しながら、マグカップを手のひらで包んで指先を温める。失敗でザワついた気持ちが、徐々に落ち着いてきた。

なんとなく夜空を見上げると、ぼんやりと光る三日月。儚くて今にも消えてしまいそうだった。私は思わずスマホをかざして三日月の写真を撮った。保存された画像を確認してみると、期待はずれの豆電球のような月が映っていた。

「はぁ…残念。遠すぎるみたい」

「スマホじゃ無理だよ」

二階堂くんは左手でネクタイを緩めると立ち上がった。椅子に掛けてあったブランケットの端を両手で持つと、ふわりと空中で広げた。白檀の香りとエキゾチックな柄が現れる。

「どうぞ」

「ありがとう」

私はブランケットを受け取って膝に掛けた。二階堂くんは後ろに三歩下がった。

「なにしてるの?」

「山本さん30秒だけ、三日月だけを見てて」

私は疑問に思いながら言われた通り三日月を眺める。すると背後から歌声が聞こえてきた。

「A Whole New World~♪」

(アラジンの曲だ。二階堂くんが歌ってるの?!)

私は二階堂くんの歌声をはじめて聴いた。普段話してる声と違い、ハスキーで透明感があった。今まで何回かカラオケの話になったことがあるが、二階堂くんは「カラオケ無理苦手」だったはず。

それなのになぜ?

一般人にしては不自然なくらい上手かった。歌の世界へ引き込まれて、魔法の絨毯で夜空を飛ぶシーンと現実の三日月が重なって見えた。約束の30秒はあっという間に過ぎてしまった。

「どう?三日月までの距離近くなった?」

「うん、うん、すごく!もう一度聞きたいな」

「いいよ。次の三日月の夜にね」




【桜回線】-5-


「歩いても歩いてもソ迷ヨシノ…」

私は今、夜の公園で迷子になっている。
ついさっきまで会社の同僚たちと夜桜の下でお酒を飲んでいたのに、公衆トイレを出たあと迷って戻れなくなった。

桜で有名なこの公園。敷地面積が広く遊具やジョギングコースもある。今は桜が満開の時期で、家族、カップル、学生など大勢の人が花見を楽しんでいた。

私は歩きながら同僚を探す。酔いが回って頭がふわふわしてきた。

(公園で迷子なんてありえない、私なにやってるんだろ。バッグは置いてきちゃったし、ハンカチしかないし、どうしよう)

しばらく歩くと提灯の明かりが届かない薄暗い場所に会社員らしきグループを発見した。

(あれかもしれない)

そう思って近づくと、スーツ姿の男がござから立ち上がり、携帯で話をしながらこちらを見た。男の顔を確認しようと目を凝らしたが、ぼやぼやしてハッキリ見えない。

どこかおかしい。

顔も背景も膜が貼ったように輪郭が曖昧で…。ねっとりとした視線だけ感じる、怖い。ふいに背後からトントンと肩を叩かれた。

「山本さん」

振り返ると二階堂くんが立っていた。ワイシャツの一番上のボタンを外してネクタイを緩め、スーツのジャケットは脇に抱えていた。

「二階堂くん!」

私は心底ほっとして思わずハグしそうになった。二階堂くんは私を見下ろして深呼吸したあと、呆れたような表情で言った。

「やっと見つけた。ここ回線が込み合ってるから危険だよ」

「回線?スマホ繋がらないの?」

「スマホの回線じゃなくて桜回線。桜っていろんな人の思念が集まりやすいんだよ。思念という回線があちこちから集結して桜のサーバーに繋がってんの。山本さん、それに干渉してるよ」

「ん?は…話の内容がぜんぜん理解できない。飲み過ぎて頭が、」

言い終わる前に二階堂くんが私の手を握った。

「いいから早く、ここから離れよう」

二階堂くんに手を引かれて10秒ほど歩くと、急に景色が鮮明になった。と同時に現在地をすぐに把握できた。私は夢でも見ていたのだろうか?

「さっきまで迷ってたのに。どういうこと?」

「さあね。今度から夜桜に油断すんなよ」