【一方通行風呂】951文字 ⑲
山本サヤカと出会ったのは高3の夏休みだった。
当時の僕は人間関係に疲れて、現実から逃げるように図書館へ通っていた。サヤカは別の高校に通っていて、塾の夏期講習の前に図書館へ寄るのが日課だった。
最初は顔見知り程度だったけど、自習室で僕がペンケースを落としたことがきっかけで話すようになった。
天気の話、本の感想、お互いの学校のこと。
なんてことない会話を続けているうちに、サヤカは僕に興味を持つようになった。だけど僕は人と深く関わることが怖くて、感情にブレーキをかけていた。
「二階堂くんと一緒にいると一方通行風呂みたい」
「なにそれ?」
「入浴中はあたたかいけど湯上りは寒い。もう一度入って温まるんだけど上がるとまた寒い。その繰り返し。進展がないっていうか、気持ちが一方通行なの」
一方通行になるのは僕が本心を見せてないせいだ。見せたところで理解できないし、気味が悪いと思われるだけだ。
物に宿る思念を読む能力
周囲の人間から忌み嫌われる能力
夏休み最終日。
その日は豪雨で朝から自習室を利用していたのは僕とサヤカだけだった。いつものように二人で会話しながら宿題をこなす。しばらくするとサヤカが言った。
「自習室静か過ぎない?二階堂くん、なにか歌って」
「なにかって…」
「適当になんでもいいから」
僕は登下校中に聞いていた流行の曲を歌った。サヤカが嬉しそうに微笑む。2番目のサビにきたとき、周りの本が動き無数に宙を舞った。僕の歌声に思念が共鳴してしまったのだ。本に宿った強力な思念が黒い影となってサヤカを奪って消えた。一瞬の出来事だった。
鼓動が早くなり手が震える。サヤカを失うかもしれない恐怖が襲いかかる。
思念は宿った物から離れられない。館内のどこかにいるはずだ。僕はサヤカを奪った思念を探した。夜は警備員に見つからないようトイレに隠れ、深夜も探し続けた。無意識に涙が溢れてくる。
知らないうちにサヤカは
誰よりも大切な人になってたんだ
明け方になり、本の挿絵に閉じ込められたサヤカを発見した。僕はサヤカの呪縛を解いて抱きかかえ、検索コーナーの長椅子に寝かせた。サヤカは頬に涙のあとを残して眠っていた。
「ごめん…僕のせいで…」
僕はサヤカの涙を手で拭った。
「僕のことは忘れたほうがいい。カノン、サヤカの記憶を預かってほしい。さよならサヤカ」
前回の【天ぷら不眠】で山本さんが記憶を取り戻すシーン。
謎のまま放置できないわね💧と思いまして、今回は二階堂くん視点のお話を書いてみました。
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#二階堂くんのショートショート 気付けば四か月続いております。そして次回20話です✨同じ主人公でどこまで話を続けられるか試してみたい、そんな軽い気持ちで始めたんですけど、満足しました。大満足!!キリがいいので20話で終了予定です。